2007年06月23日

笹塚日記 親子丼篇 目黒考二

 さて「笹塚日記」の第2弾だ。〈親子丼篇〉というサブタイトルがついているが、これは笹塚にある本の雑誌社・社屋に寝泊まりしてひたすら本を読み、店屋物やファストフードや弁当を食らい、週末は競馬場がよいを続ける著者が、ついに自炊に踏み切るターニングポイントを含む日記だからだ。

 本の雑誌社編集部金子氏の話では「食いしん坊篇」というのを自分は推したが、結局は著者が一時期親子丼作りにはまったことから決まった。いつものように、日記は何ごともないように、はた目からみたら独特で本人にとってはいたって退屈な日常(2000年6月〜2002年5月)を簡潔に切り取っていく。

 神田神保町に新刊を物色に出た著者は、すずらん通りの洋食屋「キッチン南海」で昼食(P.7)。僕が高校生の頃から必ず立ち寄る店なので、雑誌に掲載された時に興味深く読んだのをよく覚えている。でも著者は油ギトギトのフライのボリュームの多さに全部食べられず、もう立ち寄っちゃいけないんだったと一くさりする。思えばこれが自炊生活に入る予兆だったんだな。それにしても、僕もあと十年もしたら立ち寄っちゃいけないんだと一くさりするんだろうか。来週もさっそく〈ひらめフライ&ショウガ焼き定食〉を食べるつもりなんだけど。

 この日記はほとんど社会の風景ともいうべき記述は見あたらない。そういう意味では永井荷風や谷崎潤一郎などの日記のようには、世相をうつす文献としての価値はほとんどない。強いて言えば、この頃の競馬のレース名などが断片的に分かるぐらいか。でも例えば2000年6月の記述で、皇太后陛下崩御により競馬開催が急遽取り止めになったとある(P.11)。でも著者のコメントは、行く算段がムダになったくやしさのみだ。

 7月に入ると急にカロリーの記入に凝る(P.18)。どうやって調べているのかと当たりをつけたら、案の定カロリーブックを見ているらしい。あれは便利だな。僕もいろいろと調べてみて、カレーやどんぶりものが飛び抜けてカロリーが高いのに考えさせられた。ファストフードのバーガー類もそうだ。マクドナルドで食べて安心なのは、意外にもマックシェイクぐらいだ。あれは乳脂肪が高そうなのに意外にも一杯のカロリーは掛け値無しに低い。じゃ、一体中身はなんなんだ?

 8月は「めぼしい新刊がない、夏枯れだ」と嘆く。思わず納得。夏は社会全体の生産性が落ちるのかもしれない。特に出版や映画は手抜きだ。映画好きの僕は夏休みにめいっぱい映画が見られると勇んで映画館に通い詰めるのだが、行ってみるとつまらない映画ばかりやっている。本も面白い本が出ない。売れないのかもしれない。

 著者のような〈本読み名人〉を手こずらせる新刊がまれに出現する。E.アニー・プルー「アコーディオンの罪」がなかなか読み進まないと弱音を吐いている(P.24,25)。二日かけても進まず、ついには読了したかどうかもその後の記述がなく不明。

 ところで前から気になっていたのだが、著者はあれだけの分量を読んで全部憶えているのだろうか。と思ったらようやくわかった。憶えてない(P.38)。人からパトリシア・ハイスミスの著作の粗筋を聞かれ、困って北上次郎「面白本ベスト100」を見ると、載っているのに驚いている(北上は著者の別名義のペンネームだ)。

 そしていよいよ来た。Xデーだ!
2000年11月14日深夜に腹痛が止まらないで翌日医者に駆け込む。尿管結石と判明するも経過観察となる(P.58)。これが自炊の本当のキッカケなんだと思ったら、その後は何事もなかったかのようにいつもの生活に戻っている。一体なんなんだ。

 P.68でベーカリーリスボンが初登場。と言ってもこのブログを読んでいる人には何のことか分からないか。なぜか僕の記憶によーく残っているのは、この後の日記の常連となるパン屋だからだ。雑誌掲載時に毎号毎号読んでいた時に、僕の脳に刷り込まれていたようだ。とうに忘れていたのに、ここに来てニューロンが発火しました。そしてその後の記述(例えばP.90)を読んで、「なぜベーカリーリスボンが気になるか」を思い出した。著者はピザトーストを買ってきては編集部にあるトースターでチンして食べる。掲載当時、あまりに美味しそうでたまらなかったからだ。

 話は前後するが、著者は2000年11月に2階から4階に仕事場を引っ越している。病院に駆け込んだのを気に一線から退く決意をした訳ではなく、本の雑誌・発行人の立場を退く事は病気に関係なく決まっていたらしい。らしいというのは日記本文にはそういう生臭い記述がほとんどないからだ。しかしこれが自炊生活へと著者を向かわせる流れを作ったようにも思える。一端は編集部のトースターでベーカリーリスポンのピザトーストをチンする件だ。編集部はさらに1階に引っ越してしまい、遠くなったこともあり、著者は自分用に電子レンジを買ってしまう。もう自炊まであと一歩というところか。

 ところで今回から、欄外で編集部金子と営業部杉江と著者による日記の内容を検証する鼎談がスタートした。そこでは日記に書かれない著者の素行が暴露される。例えば社屋のエレベーターの話が面白い。社屋の構造から、一階は玄関から半一階の位置にあり、地下は玄関から半地下にある。それぞれにエレベーターがとまる。4階に上がるのに著者は当然のようにエレベーターを使うのだが、まず半地下に降りる。あれはなんですかという指摘に、著者は当たり前のごとく答える。「のぼりの階段は嫌い」。

 これなどは笑えるが、笹塚の街を歩き回る著者の格好については素行というより奇行に近く、本の雑誌社員がことごとく糾弾している。著者の言い分は、会社は一年中泊まりこんでいるので自宅同然。なので笹塚自体が勤務先というより自宅周辺という事になる。街着感覚で外に出るらしい。P123で再び怒られているが、日記には「パジャマのズボンにTシャツ」という記述がある。首にタオルを巻いているスタイルもたびたび目撃されているようだ。それは社員一丸となって説教するわなあ。

 ようやく2001年10月10日、ついに自炊を決意(P.152〜153)。9月に大腸ポリープを摘出したらしい。8月分まるまる日記がないので、何かあったなとは思ったが、医者に駆け込んでから1年ほど経ってからの話だったか。決意したその日に料理本5冊買い、しかし〈ふらふらと〉とんかつ定食を食べてしまうところがいじらしいというか、いじましいと言おうか。いや著者らしい。

 自炊内容もいろいろと書きたいところだが、それはまた次の「うたた寝篇」の読後感想にまわそう。

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posted by アスラン at 04:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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