2005年06月21日

電車男 中野独人

 まさに「遅すぎる」と言われそうだが、相変わらず流行のただなかで反応するのは僕の趣味じゃないって事。それと2ちゃんねるでいつでも読めると周りに指摘されたが、出版された本で読んでみたかったんです、ハイ。

 本の一工夫とは、本編に無数に出てくる芸術的な構成の絵文字(アスキーアートって言うんですか。これもあとで知りました、ハイ)が、きちんと整えられて印刷されるのではなく、なるべくPCのモニタで見た感じになるように心がけたところだそうだ。

 旧弊な体質の出版界でも「Deep Love」などの成功で、電子書籍という媒体を無視できなくなった。そこへきて本作のメガヒットだ。どうしても出版という形にこだわるのは、メディアの存亡をかけた出版社の大きなチャレンジだろう。

 論議はともかく慣れ親しんだ媒体(書籍)で安心して読めるのはうれしいし、なんといっても行きつ戻りつ横断的にスレッドを見返せるのは本ならではだ。「電車男」は読み飛ばすものだという意見があるならそれも結構。でもあとでPC版には画像なども挿入されていると知り、ちょっぴり後悔したことも確かだ。

2ちゃんねらーでもない僕は、スレッド版を飛び交う耳慣れない用語にとまどいながらよちよち歩きで読み進んだ。これは真っ当な読者は引くんじゃないかなぁという言葉遣いがぞろぞろぞろぞろ。

 「もちつけ」「もまいら」「毒男」などなど。

 ちょっとした古典逍遥という気分だった。読み解くのではなく読み流すのだ。ひたすら流れに乗ることに意識を集中しなければ言葉の海に溺れてしまう…。

 そこで僕は「電車男」について何も知らないのに今更ながら気づいた。ストーリーの骨格も知らないし、強いて言えば「電車男」の相手の女性が「エルメス」と言う事しか知らない。やっぱりエルメス好きの派手な女性なんだろうなぁと思ってた。油断してた。

そこで相手の女性から「電車男」にティーカップのペアが送られてくる。

 「H E R M E S」と書いてあるんですけど、これって高いのかなぁ。

まさに油断してたのだ、僕は。
この一言で、僕は頭のてっぺんから次にくるみんなの絶叫にシンクロした。

 キタ、キタ、キタ、キタ〜〜

 冒頭から「電車男」の不器用な告白に息を潜めてまとわりつく不特定多数の妙な連帯感は感じていた。彼らのあうんの呼吸に乗れないなら最後まで楽しめないだろう、そうも感じていた。

 そう思った矢先の衝撃。彼らの連帯感に吸収された瞬間だった。
そういう事だったのかぁ、「エルメス」。

読書仲間が

「言語感覚、妙な連帯感、アスキーアートが独特なので、2ちゃんねらーじゃない人にも読まれるって不思議だ」

って言ってたけれど、おそらくはほとんどの読者もそこに惹かれたのだと思う。

 2ちゃんねらーであるなしに関わらず、意識するしないに関わらず、単純な恋愛物語を味わい深くさせているのが、それらの文体。

 そう!まさしく文体なんだ、あれは。あれがなければ核となる話はつまらない。
 だから映画は失敗すると予想しとこう。

P.S.
 読了後も分からなかったのが実は「毒男」の意味。自分を卑下する彼ら特有の謙譲表現なのかと思った。ようやくわかった。「独男」の読み替えなんだ。そ、そうか〜、これだ。妙な連帯感の正体は…。
(2005/04/07読了)


本
ところで僕の予想は甘かった。「電車男」は第2の「セカチュウ」になるべく驀進中だ。映画はこの時点で100万人動員。マンガも朗読もすべてヒットしている。ドラマ化も進行中だ。
やはりまたしてもキーワードは「純愛」なのかぁ。
posted by アスラン at 02:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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