2007年06月04日

星新一 一〇〇一話をつくった人 最相葉月

 本書の前半では本名の「星親一」が、ペンネームである「星新一」として生まれ代わり、新たな人生を生きる(生きざるを得なかった)波乱の半生が描かれる。波乱と言っても山あり谷ありのドラマティックな半生ではない。一瞬のうちに地獄に呑み込まれるたぐいのそれである。

 星新一が戦前は全国的な知名度を誇った星製薬の御曹司であったことを迂濶にも僕は知らなかった。なにしろ星製薬は戦後まもなく組織そのものが無くなってしまったからだ。そして今はなき星製薬と、あの星薬科大学とは同じグループの経営であり、その総帥であったのが父の星一(はじめ)だった。

 しかも星一の妻・精は、森鴎外の妹で女性翻訳家の草分けである小金井喜美子の娘だった。星新一の出自は御曹司というだけでなく、日本文学のパイオニアの血を受け継ぐサラブレッドでもあった。

 しかしこう書くと、星新一がまがいなりにも文筆業を生業としたのは血筋であるかのように思われるかもしれないが、例えば漱石や啄木などあまたの文学者とは違って、成りたくて選びとった人生ではなかった。それは本書でも引用されているが、本人がエッセイで「なりたくてなったわけではない。それしかなかった」と書いている。

 親一がまだモラトリアムな時期にある頃から、星製薬は星一のワンマンで理想主義的な経営で破綻同然の状況だった。ワンマン故に戦後の新薬開発に遅れをとったというのが一つの大きな要因ではあったが、実のところ戦前から戦後にかけて他の大手製薬会社が結託して、登り調子だった星製薬に政治的な圧力をかけたことが、後々倒産に追い込まれる最大の原因だったようだ。

 なによりも星一は戦後に立て直しを図るために渡米して、かの地で急死する。そして残されたのは借金にまみれてニッチもサッチもいかなくなっていた会社と、星一のワンマンに言いなりで打開策を持たない高齢の取締役たちだけだった。

 親一は父の後継者として社長となるが、群がるように集まる債権者たちの前でただただ素人としての無能を露呈してしまう。さらには父が日頃から力添えをお願いしていた人物を顧問にしたことから、会社経営の方針は親一の手を離れていき、やがては社長の座も一年余りで譲らざるをえなくなる。

 後年、星新一は「自分が会社を潰した」と語っているが、それは半分は当たっているが半分は不可抗力としか言いようがない状況だった。しかし、その短い社長時代に親一は親しい人間にだまされ裏切られ、人間関係に疲れ果てる。その不信は、一見するとそうは見えなくとも作品に確実に影響している。詳しくは実際の作品(「ボッコちゃん」)を読んだ感想として詳しく書くつもりだ。

 ここで言えるのは、どろどろとした人間関係(残虐シーンや性描写)を描く事を彼が徹底して避けたのは、ただ単に御曹司の生まれから来る育ちのよさに起因するものではなかったということだ。本書でも存分に描かれているが、親一本人は人好きのする好青年であると同時に、物事の善悪にこだわらず誰にでも言いたい放題に言ってしまえる人間だった。モラルにとらわれることなく時に相手をドキッとさせる発言をしても、不思議に嫌みではなく周囲に敵を作らない独特の雰囲気をもっていた。

 社長であって社長でない時期に、親一は日本初のSF同人誌「宇宙塵」に参加。これが作家・星新一の第一歩となる。SFは当時まったく世間に知られていない状況だった。戦後ようやく市民権を得つつあった推理小説の一ジャンルとして、ミステリー雑誌(江戸川乱歩主宰の「宝石」など)に間借りさせてもらうような時代だった。SFというだけでは理解されないため、ミステリーだとかファンタジー・幻想小説・怪奇小説などにジャンル分けされたりもした。

 日本における〈SFのパイオニア〉の役割を担わされた星新一だが、ショートショートという独自の形式にこだわったのは、実は文章があまり得意ではないという事情による。子供の頃から作文は早書きで短い文章をブツブツと簡潔に書き、余計な心理描写は一切ない。もっと思った事を書けと担任から盛んに注意された。

 SFを書き出した頃から編み出した創作法は星新一ならではだ。様々なアイディアを思いついてはメモを取り日頃から収集しておく。ときに袋に入れて何枚か取り出しては組み合わせて意外性のある展開やオチを考える。しかも文章は推敲しやすいように、見開き一枚の紙に小さな字で全体を見渡せるように書く。

 あの「ボッコちゃん」のオリジナル原稿の写真が本書の巻頭に掲載されているが、元原稿は星製薬のロゴが入った用紙(便せん?)だった。それを見渡してはなんどもなんども推敲し、次に清書したら、それが完成稿だった。これがどんなに独自なことかは、作家でない素人でも簡単にわかる。

 とにかく気の利いたアイディアを出すことにかけては飛び抜けた天性を持っていて、それが1001話もの短編を生涯に残すことにつながった。本書の後半ではショートショートを積み上げていって1000話を越える作品を残す事に固執した星新一の悲劇と苦悩が描かれている。

 悲劇とは何か。日本のSFをほぼ一人で牽引していた頃にはSFというジャンルそのものがなかなか理解されず、その無理解は作家・星新一への無理解へとつながる。文学としては徹底的に無視されるか、江藤淳のようにSFへの知識がないために作家も作品も批評対象にならないと貶められた。

 さらに皮肉なことにSFが世間に認知されるにつれて、SFファンは星新一から離れていく。星新一でSFの面白さを知ったファンは、もっと本格的な作品を求めるようになった。彼らは小松左京や筒井康隆の作品に熱狂するようになり、星新一はすでに過去の人になっていた。

 しかし本当に皮肉と言えるのはここからだ。SFファンから支持されなくなった頃から星新一は爆発的に読まれるようになるのだ。ここらへんの事情は僕にはよくわかる。ちょうどこの頃に中学生となり、爆発的に読まれるようになった読者の一人として僕もまた星新一のショートショートの虜になっていたからだ。

 僕は星新一をSFとして読んだ記憶はあまりない。あの当時の新しい読者はみんなSFを読んでるという意識はなかったはずだ。ただただ面白いというのが中学生・高校生が星新一を読んだ理由だ。分かりやすく読みやすい文体で、作品一つ一つが短い。本格的な読書体験がまだない中学生にはとっては格好の入門書と言えた。粋で大人びた設定と意外な結末、さらには和田誠や真鍋博が描いたポップなイラストが入った表紙に、うぶな僕らはいっぺんに惹きつけられた。

 なのに売れれば売れるほど、星新一は文学としての評価やSF作品としての評価とは無縁になっていく。唯一、直木賞にノミネートされた事が一度だけあるが結局取れなかった。何故とれなかったのだろう。僕にはショートショートという形式ゆえの悲劇だという気がしてならない。

 僕とほぼ同年代の著者があとがきに書いていることに思わずうなずいた。中学生の頃あれほど熱中したのに、その後の著者も僕も手のひらを返すように星新一の読者ではなくなった。以後、僕は30年近く読み返す事も読み継ぐ事もなかった。さらに言えば、当時読んだ内容をほとんど憶えていない。ただゲラゲラとひたすら楽しく熱中して読んだという記憶以外は…。

 著者・最相葉月は25年ぶりに星新一を再読して唖然とした。こんなことを〈あのころ〉にすでに書いていたのかと。僕にとっての〈あのころ〉とは、大阪万博に熱中して自分の〈未来〉はまさにこういうものになるのだと、「人類の進歩と調和」というテーマを疑いもせずに信じていた頃だった。そして僕にとって星新一のショートショートは、くちあたりのいい愉快な未来の姿を描いているとずっと思いこんでいた。

 この評伝を読んで、あの当時思いもしなかった星新一自身の人となりを知り、無性に作品を読みたくなった。彼が描いた未来の本当の姿を知りたくなった。古本屋で「ボッコちゃん」を購入した。1冊120円だった。

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posted by アスラン at 03:56| Comment(0) | TrackBack(2) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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