待ちわびた新作「宴の始末」が印刷され装丁を終え物流に乗り店頭に並ぶと、製本部も印刷部も運ちゃんも書店員も読者も編集長も、最後に担当も胸騒ぎを抑えられない(嘘だけど)。
「どこかで聞いた事のある題名ではなかったか?」
そして。
そして宴が始まる。
自らの失われた記憶をむさぼり求めるように、堰を切った人々の怨念が、妖怪が、魅入られた人々が、京極堂ゆかりの輩が一堂に介する。その宴のエネルギーたるやすさまじい。
そして。
そして宴は信じがたいような結末を迎える。
突如として、おそらく著者の見えざる手によって、京極堂自身も知らざる手によってすべての人々の記憶が突如として甦るのだ。
あとは「始末」だけだ。いつものことだが「宴の始末」はどこか物寂しい。
京極堂の手際も、探偵の傍若無人も、木場のヒューマニズムも今回に限っては虚しい。
そして。
そして何だろう?
再び担当は不安である。関口先生の事だろうか?
だがしかし、京極堂は案ずるに及ばないと約してくれた。ならばこの胸の不安はなんだろう。
多々良先生が何か語っている…。
「あああぁ、塗仏〜」
塗仏とは一体なんだったのだ。そのとき著者の目が、口元が怪しく嗤う。
(2005/04/23読了)




塗仏読みましたが確かにいっぱい謎みたいなもやもやが残りました。
塗仏とはなんだったのか・・・?
すべて解決しなくてもいいんですけどね。謎は謎のままっていうのも妖怪話らしいと言えば言える。
つまり塗仏がまさにそういう曖昧な存在なんですね、きっと。