今回は禅という扱いにくいが興味をそそられる題材で、いつものように不可解な殺人が起こる。やはりいつものように作家の関口が過剰に巻き込まれ周辺のおなじみが順繰りに狂言回しを披露する。
相変わらず京極堂は立ち上がらない。いや今回に限っては特に関わりたがらない。相手が禅僧たちだからだ。言葉で考える事を排除しただひたすら座す。禅の本質からすれば言葉で憑き物を落とす自分の存在など如何ばかりか。
つまりはこういう事だ。毎回終盤になって快刀乱魔のオオナタを振るう主人公に誰しもちょっとはやっかみを入れたくなるだろう。コイツは博学で知れてるが苦手だとか失敗という言葉を持ち合わせているんだろうか。
著者は言う。当然あります。京極堂と言えど生身の人間。苦手もあれば失敗もする。だから畏れる。何を。言葉を超えたものを。それが禅だ、と。
日本版「薔薇の名前」として仏教の不可解さを見事に取り出した手際を言う人はきっと多いに違いないが、僕が感心するのは毎回「悩める人」を設定する著者が律義にも京極堂を悩ませるという難問にチャレンジした事だ。お見事!
いや、あの探偵を悩ます事が本当の難問かも。
(2005年1月23日読了)




自分のは内容がかるーくて恥ずかしいです・・・。
記事違いのコメントですが、立川の図書館ご利用なんですね。私もそうです。
この間初めて予約をしてみました。順番が来たらメールで連絡をくれるシステムは便利ですね!
おぉ、立川図書館仲間がいましたね。握手しましょう。
ホント、重宝して利用しています。