2007年05月08日

笹塚日記 目黒考二

 購入して7年も寝かせた本書をようやく読みきった。面白い。ただただ面白い。この本(日記)くらいただ〈面白い〉と言えば済む本はないのではないか。例えばの話、この本を読書感想文の宿題用に選んだら、それこそアホらしい気分になる。「読めばわかる」とでも書いておけばいいではないか。そういう気分になる。

 それなのに7年も積ん読にしておく自分にこんな事をいう資格はないかもしれないが、おそらく今回のように一気に読まなかったのが寝かしてしまった最大の理由だ。普通の日記でももう少しは年間行事やら季節の移り変わりが感じられるからなんらかの区切りというものがあるわけだが、この日記に限っては区切りはいっさいない。区切りがないということは、逆にどこから読んでもいいしどこでやめてもいいという事だ。だからのんびりジックリ読んでると、浮気ごころがおこって別の本が割り込んでくる。そうして見事に置き去られる。

 では本当は面白くないのではないかと疑う人もいるかもしれない。そもそも著者自身がこんな日記のどこが面白いかさっぱりわからないとあとがきで書いているくらいだ。ということはだ。あれほどの多読家である著者がこの日記を本当の意味で読んではいないことがわかる。せいぜいゲラのチェックをするくらいだろう。それは読書とは言えない。

 そもそも客観的に自分の日記を読むことは難しい。しかし、もしそれが可能なら、あの著者のことだ。その面白さにまっさきに気づくだろう。だってまったくもって面白いんだから。その面白さを一言で言えば、1年365日を変わらずに〈本の雑誌〉社に寝泊まりしてひたすら本を読むという生き方そのものの面白さだ。仕事は読書の合間にやっている。仕事の合間に読書をするのではない。著者の生き方を見ると、仕事は読書生活を継続するための方便としか思えない。

 その方便を維持するために壮絶な日常が待ちかまえている。仕事を終えた夕刻から読書を開始し、深夜もしくは明け方までに平均2〜3冊の本を読了する日々だ。疲れて眠くなったらそのままダウンする。寝るのは背が倒れてベッドに早変わりする備え付けのソファと完備された布団セットだ。

 週末はきっちりと競馬場通いを怠らない。読書と仕事とギャンブルとが著者の中で見事に渾然一体となっている。麻雀の誘いも過密スケジュールになんとか押し込み、足らぬ頭数集めまでマメにやり遂げる。当然ながら自宅に帰るのは2週間に1回程度。それも着替えを取りに帰るといった感じだ。家族にとっては、とてもじゃないがやってられない夫であり見事に不在の父親だろう。しかし一読者としては、著者の見事な生き方が続いてほしいと願ってしまう。

 どんなところが面白いのかの一端をうまく示せればいいのだが、ここという切り取り方は難しい。著者は、読書することと批評家として原稿を書くことと「本の雑誌」発行人としての仕事をする事以外はまるで浮世離れしている。新しいパソコンを用意してもらい、初めてのメールに悪戦苦闘した挙げ句、面倒くさいのでほぼ誰にもアドレスを教えないくせに、メールが来ないのが寂しいというあきれた感慨をいだく。

 かと思うと、年始に年賀状ではなく寒中見舞いを出そうとする話を一年前同様に蒸し返す。寒中見舞いのタイムリミットが大寒か立春かという疑問に対して、一年前は立春だと独り合点していたが、一年後に大寒だと知れてしまう。用意したハガキをどうするかで逡巡するところが何とも〈のほほん〉としている。

 毎日毎日読了する本のほとんどが内容や善し悪しについて言及される事はない。だから本書には書評としての利用価値はあまりない。しかし、有名無名にかかわらず話題作であるかないかにかかわらず、次々と本が読了されたあかしとしてタイトルがリストアップされていくのをながめるだけで、自ら積ん読だらけの本好きには麻薬のようにこたえられない快楽と言っていい。

 当然ながら笹塚駅前の紀伊國屋書店、はたまた新宿や神保町の書店に足を伸ばしては新刊本を漁る記述も、本好き・書店好きにとっての快楽であることには間違いない。しかし〈トマス・ハリス「ハンニバル」を見かけるも読む時間がとれそうにないから断念する〉などという記述を見つけたときは、読みたい新刊を買わない選択がこの著者にあるんだと思ってビックリした。

 〈本の雑誌〉でおなじみのメンバーたちののんきで気の置けないやりとりがかいま見られるのも楽しい。椎名誠がわざわざ旅行先から電話をかけてきて、これから三人麻雀をするからルールを教えてくれだの、チンチロリンはどうやるんだったけなどと聞いてくるのもおかしいが、それに著者が懇切丁寧に説明している場面は愉快だ。

 椎名誠が沢野ひとしに「お前の作品が全面広告で出ていた」と告げると、当の沢野は記憶にない。広告を見ると確かに自分の作品だった。忘れていたらしい。だがのんきなのは彼ばかりではない。著者も椎名誠の新刊を店頭で見かけ、いったい誰が解説を書いてるかと興味をもつとなんと自分が解説を書いていた。す、凄すぎる!

 この日記は、近頃出版された4冊目の「笹塚日記 ご隠居篇」で完結した。完結理由は、笹塚にある〈本の雑誌社〉での寝泊まり人生を切り上げて町田の自宅に引き上げてしまったからだが、はていかなる事情からそういう展開になったのだろうか。本人いわく「なんの発見もなければ、新しい出来事も出てこない」はずの〈笹塚日記〉だが、僕が〈本の雑誌〉での連載を読んでいた頃からすでに予想外の展開になってくるのだ。

 というのも社に泊まり込み生活であるからには食生活自体は笹塚周辺のコンビニやファーストフードや弁当屋、それに店屋物に限られて、やはり本人いわく「食生活も徹底して貧しい」。しかしそこが驚異的に面白い。同じ店屋物をとり続けて栄養バランスもへったくれもないのだが、著者は基本的にはメニューを考えるのが面倒なので、前日頼んだもので問題なければ同じものを頼むらしい。飽きれば違うものに変えるわけだ。だから読了本のタイトル以上に、著者が毎日何を食べたかの記述に読者は関心があったりする。注文した店屋物に思わずニヤニヤと笑みを浮かべてしまう。

 しかしこんな食生活していたらいずれ体調を悪くするのではと心配していたのは僕だけではないだろう。本人も実は指摘されて心配になったらしい。そこの経緯はたぶん続続編の「親子丼篇」あたりで判明するだろうが、なんと社で自炊を始めてしまうのだ。「新しい出来事も出てこない」などと自嘲する著者の言葉はまったくの見当違いということになる。

 最後に「徹底して貧しい」食生活がいかなるものか僕の独自調査による集計結果を挙げておこう。以下が「笹塚日記」の食事ベストテンだ。括弧内の数字は出現回数。

楓林のワンタンめん(14)
珈琲館のツナサンドとコーヒー(12)
楓林のもやしそば(11)
大吉の天ざる(9)
大吉の肉豆腐定食(9)
大吉の冷しおばけそば(8)
楓林のタンメン(7)
楓林の冷し中華(7)
長春館のチゲ鍋定食(6)
ドトールのレタスドッグとアイス・カフェラテ(4)


 ちなみに「大吉」は社屋向かい側にあるそば屋だそうで、中華料理の「楓林」と並んで注文先の常連だ。気になる「冷しおばけそば」というのは、冷しきつねそばと冷したぬきそばとを合体させた「大吉」独自メニューだそうだ。

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posted by アスラン at 06:49| Comment(5) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
笹塚も内田百閧フエッセイでは、狸の出そうなど田舎として書かれていましたが・・・。変われば変わるものですね。笹塚の紀伊国屋には時々行きます。京王線の笹塚駅売店も利用した事があります。にもかかわらず、この本を(も かなw)読む気にならないのは何故でしょうかw 知っている地名、店名などが出てきて面白い筈なのにね。
今年は仕事が思いの外忙しく、余り本を読めていません。去年の3/5も読めれば良いとしなくてはならない様です。(涙
Posted by rago at 2007年05月08日 20:29
 お忙しいようですね。
GW中はそれでもゆっくり読書にふけることができたでしょうか?

 笹塚は一度も下車したことがないので土地勘はさっぱりですが、内藤新宿一帯も渋民村も、明治・大正の文学の中のそれとは隔世の感があります。

 「この本を読む気にならない」というragoさんの率直な感想は当然だろうなとしかいいようがありません。何しろ〈本の雑誌〉自体が文学というジャンルを徹底的に無視するもしくは他の娯楽小説と一列に扱い、娯楽としての「面白さ」を最優先するような雑誌なので、本誌を読んでもragoさんの趣味にあうような本はなかなか出現しないでしょう。それに目黒さんの本の好みとも全然合わないかもしれません。

 そんなことより「も かなw」の方に、わたくし引っかかっております。毎度毎度雑多な本を読んでは紹介とも印象とも分析ともつかないような駄文を掲載するたびに、「あら?またつまらない本だわ」と思われてしまったのかなと、ゆうべコメントを読んでは涙がこぼれてしまいました。

 いや、単に子供に添い寝しながら、薄暗がりの部屋の中でケータイからコメントを読むうちにアクビと一緒になにやら涙がでたというのが本当のところですが…w
Posted by エラリー at 2007年05月09日 12:36
間違った。さっそく訂正。

>内藤新宿一帯も渋民村も

内藤新宿一帯も渋谷村も

でした。独歩先生に怒られてしまう。
Posted by エラリー at 2007年05月09日 14:13
大変失礼な書き込みをしました。(も かな?)には自嘲の思いが込められていたのです。誤解を招く書き方をしまして、申し訳ございませんでした。以前感想を書かれていた「靖国問題」を扱った本も未だ手にしていませんし、「悪党芭蕉」も気になりつつも未読です。
「確率とデタラメの世界 偶然の数学はどのように進化したか」「ハイゼンベルクの顕微鏡 不確定性原理は超えられるか 」「フーコーの振り子 科学を勝利に導いた世紀の大実験」 等々、こういった本を読むことが出来るエラリーさんを羨ましく思っています。エラリーさんの読書範囲の広さを羨望の眼差しでみつめながら、引き替えレセプターの少ない自分を持てあましてもいます。
笹塚は身近すぎて読む気にならないというのが、本音です。出版社も彼のあたりの彼処だと見当がつきますし・・・。
浅慮な表現をしまして、本当に申し訳なかったです。
Posted by rago at 2007年05月09日 20:19
 丁重なお言葉いたみいります。

 ですが、冗談半分どころか冗談3分の2ぐらいで茶々を入れたつもりでしたので、ragoさんに「申し訳なかった」と言われると、こちらこそ本当に申し訳ないと恐縮しております。

 素直に「も かな?」ってどういう意味ですかと聞けばいいところを、江戸っ子の諧謔趣味でつい〈つっこみ〉を入れてしまいました(汗)。

なるほど、笹塚は身近すぎるんですねぇ。納得です。
Posted by エラリー at 2007年05月10日 12:44
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