2012年07月20日

ダンス・ダンス・ダンス 村上春樹(2004年11月2日読了)

 「ねじまき鳥」で始めて「カフカ」にジャンプして、「風の歌」にターンして「ダンス」へとスキップした。このデタラメなステップは主人公の「僕」そのものを暗示してると言えなくもない。

 村上春樹フリークなら「ハードボイルド」を読まなきゃとか、「羊」はどうしたとか言われそうだが、なんと言われようとまだ未読の長編がある事以上の幸せがあるだろうか。春樹作品には始まりもなければ終わりもない。あるのはセンチメンタルに生きる「僕」だけだ。だったらどこから読んでもいいはずではないか。

 「僕」が、五反田君に「ピーク後のビーチボーイズもいい」と語るように、僕(作中ではなく、今これを書いている僕)は、ミスドに駆逐されてしまって今は無きダンキンドーナツが作品の中に存在する事に感動する。ビーチボーイズには感動しないのにだ。

 やがては、村上春樹作品とて漱石や鴎外の同様におごそかな全集に収められ、「ビーチボーイズ」にも「ダンキンドーナツ」にも注が振られていく。そのとき、村上春樹の描く風俗もカルチャーも風化し、次々とただの記号となっていくだろう。でも「僕」も、「僕」のセンチメンタルも、そして僕もしくは私、彼、彼女のセンチメンタルは永遠に続くだろう。
(2005/6/2初出)
posted by アスラン at 19:29| Comment(2) | TrackBack(1) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
好きな作家の記事がふと目に止まったので投稿させて頂きます。

僕の抱いた感想なんですけれど、彼の作品はどれでも、何度読んでも面白いです。

そして、あなたが言う、春樹作品には始まりもなければ終わりもない。あるのはセンチメンタルに生きる「僕」だけだ。だったらどこから読んでもいいはずだ。というのは彼の本を良く読む僕の感想とほぼ同じものです。

読者にさまざまな感想を持たせながらも、1つの強い共通の印象も持たせるというのは、作者自身、強く言いたいメッセージが」あるからなんだと思います。
Posted by Y川 at 2005年06月02日 20:34
Y川さん、コメントどうもありがとう。

村上春樹フリークの方に共感してもらえると心強いです。
一般にはセンチメンタルというのは批判の対象と見なされるのだけれど、春樹作品は積極的にセンチメンタルを活用して強いメッセージを発信していますね。

ページにリンクも張ってくれてありがとう。これからもごひいきに。
Posted by アスラン at 2005年06月03日 04:06
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