2014年07月17日

2014年7月の新刊

なんだか、あっという間に夏が押し寄せてきてしまった。そうこうするうちに7月の新刊も7月どころか7月半ばを過ぎて、いまさらのようにアップする仕儀となった。まあ、暑くて死にそうだからいいか。いつものように大洋社HP調べ。このHPでも次の8月分の新刊リストがなかなか掲載されない。と思って念のため確認したら、15日付けで掲載されていました。失礼しました。

07/09 かんたん短歌の作り方 ショートソングの教科書 枡野浩一(ちくま文庫) 864
07/09 自然とギリシャ人・科学と人間性 エルヴィン・シュレーディンガー(ちくま学芸文庫) 1080
07/10 やわらかな遺伝子 マット・リドレー(ハヤカワ文庫NF) 972
07/10 刑務所なう。 堀江貴文(文春文庫) 1112
07/10 三つの棺〔新訳版〕 ジョン・ディクスン・カー(ハヤカワ・ミステリ文庫) 972
07/10 日日の麺麭/風貌 小山清作品集 小山清(講談社文芸文庫) 1620
07/10 郵便配達は二度ベルを鳴らす ケイン(光文社古典新訳文庫) 未定
07/11 THEGREENMILE(下) スティーヴン・キング(小学館文庫) 972
07/11 THEGREENMILE(上) スティーヴン・キング(小学館文庫) 972
07/18 若い藝術家の肖像 ジェイムズ・ジョイス(集英社文庫) 未定
07/22 テニスコートの殺人 ジョン・ディクスン・カー(創元推理文庫) 972
07/25 文学とは何か 加藤周一(角川ソフィア文庫) 778
07/30 MM9−destruction− 山本弘(創元SF文庫) 1058
07/30 ギリシャ棺の謎 エラリー・クイーン(創元推理文庫) 1188
07/下 ぼくはアスベルガー症候群 権田真吾(彩図社文庫) 580


 枡野浩一「かんたん短歌の作り方 ショートソングの教科書」。枡野さんは現在BSフジで放映中の「原宿ブックカフェ」に、珈琲歌人という肩書きで登場している。スポンサーのネスレが自社のコーヒーマシンを導入しているカフェ(たぶん原宿ブックカフェか)で、コーヒーを飲みながら短冊に一首詠む彼の姿が映し出される。そこで詠まれる、短歌というにはあまりに普段着の言葉と日常のささやかな機微を読み込んだつぶやきにも似た言葉は、かつての石川啄木がそうだったように、そして俵万智さんがまたそうだったように、僕ら忙しい現代人の心の隙間にひそやかに咲く。彼を知ったのは偶然で、たぶん何もしらずに昨年のナツイチのAKBのブックカバーが欲しくて「石川くん」を買っていた事も後で気づいたくらいだ(ということは、まだ未読)。しかも、息子が小学生になってから将棋をやるようになり、僕も次第に将棋の面白さに取り憑かれ、将棋漫画の「ひらけ駒!」を愛読するようになって、ふと作者の私小説でもあるだろうこの作品に出てくる、悩める小学生の息子・宝くんのお父さんは何故出てこないのだろうか、などといらぬ詮索をしてたどり着いた地点も、また偶然でしかない。でも、着実に僕は枡野さんのつぶやくような言葉の近くにいる。

 エルヴィン・シュレーディンガー「自然とギリシャ人・科学と人間性」。言わずと知れた量子力学のパイオニアの一人。波動力学を提唱してシューレ−ディンガー方程式を発表した。でも何よりも彼を、同じ物理学者達の中でも知らしめる事になったのは「シュレーディンガーの猫」という思考実験だ。量子力学は従来の、いや今でも現実に僕らが認知している世界を支配する力学からは想像できないくらいの奇妙な世界観に満ちあふれている。だから、そこには科学に対する哲学的なアプローチが求められるとも言える。近年、量子力学の成果が素人の関心事になるように、めざましい観測結果やそこから引き出される圧倒的な理論に魅了される事が多くなった。進歩に興味が引かれれば引かれるほど、パイオニアたちの声により一層耳を傾けたいとお思う。

 マット・リドレー「やわらかな遺伝子」。どんな本か全く知らないが、タイトルがいいのでおもわず拾ってしまった。単行本の解説によると、遺伝子は生物のすべて(将来を含めたすべて)を制約するものではなくて、もっと柔軟な装置なのだそうだ。遺伝子の研究では「氏か育ちか」という論争があるそうだ。つまり個体が持っている機能や特性が先天的なものなのか、あるいは後天的に獲得したものなのかという点だ。従来の遺伝子(DNA)理論では、遺伝子がプログラムそのものであって、先天的に組み込まれているというイメージだったが、リドレー氏の考え方では遺伝子はスイッチそのものであって、オンになる事で新たな遺伝子群が動き出す。環境に適応した改造を適宜行う柔軟な装置というイメージだそうだ。そうであれば「氏か育ちか」という対立項は無効になるのだろう。

 堀江貴文「刑務所なう。」。えーと、彼の獄中記を読んでなかっただろうか。「宮崎美子のすずらん堂書店
」という番組でトークゲストに彼が出演したので、獄中に経験したあれやこれやを面白く聞いた。彼が犯した罪に関して不愉快な思いをした人も少なくないと思うけれど、僕自身は直接的にも間接的にも被害を被ってはいないし、元々は世の中を動かすための「正論」しか言えない性分の人間に違いないと思っているので、今更ながらに彼の言動を読んだり聞いたりするのは楽しい。とっても明快な思考で明快な答えをバシバシ出していく才能は天性のものだと思う。そんな彼が今何を考えて、何をしているのかが気になっている人も、これまた「少なくない」のではないだろうか。手始めに、野放しにするとすぐにトップスピードに乗ってしまう異才の人物が、刑務所という限定空間に入ると、どうパーソナルスペースを作りあげていくのか、どうソーシャルコミュニティを作りあげていくのか、すっごく興味深い。忘れていた。読まねば。

 ジョン・ディクスン・カー「三つの棺〔新訳版〕」。いよいよカーの代表作中の代表作の新訳が登場だ。カーと言えば不可能犯罪、とりわけ密室トリックで有名だが、本作は密室トリック愛好家なら知らない人はいないだろうというくらいの作品だ。なにしろ、密室トリックが連続して出現する。なんだ、そんなの珍しくないじゃないかと思うのは、ここ二、三十年の新本格ミステリーのムーブメントに慣れ親しんでいる人たちの言い分だろう。読者へのサービス満点のエンターテインメントとしてのミステリーが大量に生産されて、「密室が多すぎる」という設定がありきたりなものになってしまったからだ。だが、いわゆるミステリー黄金期と位置づけられる1930年近辺の作品では、カーでさえも一つの作品に複数の密室を仕込むなどという贅沢な趣向はほとんどなかったはずだ。だからこそ「三つの棺」は密室トリック作品のランキングの常連であるわけだが、それ以外にも作中の探偵であるフェル博士が密室談義と読者に向かって語りかけるという、一種のメタ小説になっているところも、カー作品のというより、数あるミステリーの中でも特異な位置を占める作品となっている。とはいえ、あの「帽子収集狂事件」の謎解きもよくよく分析しなければ理解できなかったように、いまだに本作のトリック(特に2番目の密室)の謎解きが理解できない。今回の新訳でカーの複雑な伏線の構成をようやく解明できるのではないかと、いまから楽しみだ。

 小山清「日日の麺麭/風貌 小山清作品集」。小山清と言えば、「ビブリア古書堂の事件手帖」の記念すべき第一作の中の「小山清『落穂拾ひ・聖アンデルセン』」の回で取り上げられた作家だ。太宰に才能を認められながらも、晩年は病に苦しみ55歳にして自死している。そんな彼が若き日に生み出した短編は、その後に彼を待ち受けている人生の残酷さの一片も感じさせない。貧しい生活苦の中でも、将来への野心と未来への希望を語る前向きな言葉に満ちている。

 ケイン「郵便配達は二度ベルを鳴らす」。ミステリーの傑作として名高い。何度も映画化され、かのルキノ・ヴィスコンティさえ映画化している。なのに、だ。一度も映画を観ていないし、本も読んでいない。何故だろう?いや、ヴィスコンティを愛する一映画ファンでもあったのに、これはなんたる事だろう。なんとなくタイトルからミステリーのジャンルとしての「ハードボイルド物」と思い込んだせいかもしれない。今はともかく、若い頃はごりごりの本格推理小説が好きで、ハードボイルドを毛嫌いしていた。今はそうでもないが、結局その姿勢がチャンドラーやハメットなどを読みすごしてきている。そろそろ、今回の新作でケインの名作を味わってみてもいい頃だろう。

スティーヴン・キング「THEGREENMILE(上)(下)」。あの「グリーンマイル」が上下巻となって再刊される。いや、新潮文庫ではなく小学館文庫で、だ。そもそも、この「グリーンマイル」という作品はやっかいな小説だ。慣例ではキングの長編は単行本が最初に出て、やがて文庫化されるものなのに、最初から文庫で出版された。ただし、本国で原作が売られた時の趣向を踏襲して、文庫が分冊されて順次発売されて全六冊で完結という出版形態をとった。キングの新作を購入するという趣味はなかったが、当時は話題になった販売形態は、ファンの足下を見るかのような割高な買い物をさせるやり方だと、一部に批判があったように思う。僕もそう感じた一人だが、なにより6回も待たされては買い、待たされては買うというのが面倒くさいのと、もっと言えば、一作品に6冊も場所を占有されるのが、なんとも嫌だった。その後、「ショーシャンクの空に」のフランク・ダラボンの手にかかってきっちりと作り込まれた映画が大ヒットし、原作の6分冊は大量に書店に出回るとともに、やがては古本屋にばらけた形で拡散した。そうなると、ますますこの全六冊の「グリーンマイル」は読みにくい作品となる。よくよく考えれば、図書館で1作品にも拘わらず6冊の割り当てを一挙に消費してしまうのだ。それが、今回すっきりと上下巻にまとめられたのは喜ばしい。

 ジェイムズ・ジョイス「若い藝術家の肖像」。あれ?なぜジョイスを拾ったんだろう?特に愛読作家というわけでもないのに。あれかなぁ。丸谷才一さんに対するお弔い読書かな。と言っても、最近亡くなったわけではないから、関係ないか。とにもかくにも丸谷さんの翻訳でジョイスが文庫で読める。ちょっとあんちょこを読んだら、この作品はジョイスの半自伝的小説だそうだ。改めて、いまさらジョイスを読もうとするならば、手こずりそうにない、この作品がちょうどいいのかもしれない。

 ジョン・ディクスン・カー「テニスコートの殺人」。「曲がった蝶番」以来のフェル博士シリーズの新訳だ。最近はヘンリ・メリヴェール卿シリーズかアンリ・バンコランシリーズが続いている印象が強いでの、ようやくフェル博士に登場ねがって、おどろおどろしい物語に陽気な花を咲かせてほしい。「テニスコートの謎(旧版はこういうタイトルだった)」は割と好きな話だったような気がするのだが、残念ながら記憶がはっきりとしない。カーの長編にはそういう事がよくある。読んだ先から忘れてしまうのだ。だから、もう一度読む事が意外と楽しかったりする。もしかして、そうだからこそ、いまだに絶版になっては、そのたびに復刊するという稀有はミステリーの大家なのだろう。

 加藤周一「文学とは何か」。以前読んだ「現代倫理学入門」の著者だと勘違いして拾ってしまった。かの本の著者は加藤尚武氏だった。しかし、そもそもタイトルまたは著者への関心でピックアップしているので「文学とは何か」という今更ながらの大上段のタイトルに吸い寄せられてしまった。加藤周一とは何者か?僕の読書は狭くて偏っているのか、それとも専門的すぎて近寄れなかったのか。医学留学生としてフランスに渡り、それを機に外から日本の文化や文学などについての批評をするようになった評論家である。いわば、江藤淳や柄谷行人、蓮實重彦などのその後歩んだ道の先人とも言える。ただし、それにしてはあまり彼らの著作の文脈には加藤周一の名前は現れなかったような気がする。Wikiの語録をざっと見る限り、断定的な物言いがカチンとくるのだが、一方でamazonのフォロワーの意見では「文体が非常に論理的で明晰」と言われている。決して難解な文章ではない、とも。では、遅ればせながらお近づきにならせていただこうか。

 山本弘「MM9−destruction−」。もちろん「神は沈黙せず」を読んで以来、愛読作家の一人としているけれど、長編のSFについてはそれほど量産しているわけでもなく、時々気がついては面白そうだと読んでいる程度にすぎない。と学会会長でもあるので、トンデモ本関連の本も一冊読んだし。そして、この日本の怪獣ものにオマージュを捧げたかのようなSF「MM9」のシリーズも注目はしているのだが、まだ読んでいない。僕は「神は沈黙せず」的なトリッキーなSFファンタジーに魅せられてきたので、「去年はいい年になるだろう」も大変面白かった。それとは違って「MM9」はかなりリアル度が増した近未来の「今そこに怪獣がいる世界」を描いたもののようなので、今ひとつ「読もう」という踏ん切りがついていない。いっそシリーズが完結したら一気に読破しようなどと思ってはみたもの、SFってシリーズが延々と続く場合が多いので、そろそろ潮時かもしれない。

 エラリー・クイーン「ギリシャ棺の謎」。こちらは創元推理文庫の中村有希訳の方だ。印象としては従来のエラリー・クイーンの、やや硬質な文体を踏襲しつつも、女性らしい気遣いが感じられる柔らかな文章に変わった。女性だと、クイーンの理屈っぽい謎解きのくだりなどは合わないのではないかと思ったのだが、違和感は感じられなかった。それより従来から持ち越しになってきた翻訳の細かな誤りやわかりにくさ、あるいは古くささが払拭された事の方が重要だ。ただし、それもこれも角川文庫で越前敏弥版の国名シリーズの刊行が始まるまでの感想だ。クイーンの悲劇四部作が完結して、その勢いをそのままに国名シリーズまでも翻訳してしまうという一大プロジェクトに、僕は魅せられてしまった。しかも越前さんは、ぐずぐずすると、本家本元である創元推理文庫で一歩も二歩も先んじている国名シリーズの新訳に対して、すぐにでも打ち切りになる危険性を回避するために、見事な戦略であっという間に追いつき追い抜いてしまった。先月には角川文庫版の「アメリカ銃の秘密」が出たばかりで、創元推理文庫版の「ギリシャ棺」は一周(1冊)遅れだ。この分だと創元推理文庫の新訳は、越前版国名シリーズをすべて読み終えてからになりそうだ。できれば越前さんには後期クイーン作品の代表作だけでもいいから継続して翻訳してほしいものだ。

 権田真吾「ぼくはアスベルガー症候群」。最近は発達障害に関する新書などはよく見かけるようになったが、発達障害をもつ人による実体験を書き綴った内容の本は、それなりの単行本でないと読むことができない。もちろん漫画家になった当人が書くマンガなどは何種類か存在する。障害の困難さを笑い飛ばそう、笑ってもらいながらも同時に健常者に理解してもらおうという狙いは、ある程度成功しているだろうが、やはり現実を生きていくための切実な体験談も知りたい。これは結構、期待している。
posted by アスラン at 12:59| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あっ、これ読みたい | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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