例えばあれほど頻繁に出てきたダンキンドーナツが出てこない。かろうじて「ドーナツショップ」がでてくる。まだ「僕」にとってはリーバイスのジーンズほどのブランドでなかったのだろうか。
本作の「僕」はまだ若い。それは若いという事が反社会的と同義であった時代の名残があるという意味で。羊博士も黒服の男もいまや無意味となったマルクス主義の終焉を語るし、なにより「僕」は学生運動にあけくれた日々をかくさない。いまや過去であるにしても。
それに比べると「ダンス」の「僕」のなんと身軽になった事だろう。もう理論武装する必要もない。「「羊」でことさらに自分の好みのカルチャーを微にいり細をうがって描いた文体は「ダンス」にはない。もはやポップであることは反動でもなんでもない、当たり前の事になった。
それは「僕」すなわち著者自身の成熟を意味するのかもしれない。それとも高度成長期をやりすごすのと、バブルただなかをやりすごすのでは「僕」のスタイルが違うだけなのかも知れない。
いずれにしても僕は「村上春樹」を遡り続けなくては。
(2005年5月25日初出)



