2007年04月10日

姿三四郎と富田常雄 よしだまさし

 姿三四郎と言うと最近の若い人にはあまり馴染みがないかもしれない。もちろん僕の父の世代ならば黒澤明のデビュー作として知られるが、僕が子供の頃は竹脇夢我主演のテレビドラマが印象に残っている。また、後に本宮ひろしが少年マガジンに連載したので、より一層印象深い作品だ。

 しかし当然ながらというか原作を読む事はついになかった。本宮ひろしの連載が始まって新鮮だったのは、日本古来からの柔術に対して合理的な精神と研究に則って総合的な体術を生み出して、それを〈柔道〉と名付けた若き野心家・矢野正五郎の物語からはじまるところだ。

 僕がテレビで見知ったストーリーは、柔術諸派と矢野正五郎の紘道館とは対立を極め、若き門弟・姿三四郎が柔術諸派からの挑戦を受けてたったことから、他流試合を拒み続けてきた矢野の教えに背いたとして破門され、試合の相手を死に至らしめて、相手の娘が偶然にも既に運命的な出会いを果たしていた女性だとわかり、初恋は実ることなく次なる試練へと三四郎を誘(いざな)うという物語だった。

 三四郎の物語からすると外伝と思われる矢野正五郎の話が、実は原作の本当の出だしであったとは驚きだ。要するに本宮ひろしは原作に忠実にストーリーを進めていったにすぎない。しかも、上中下3巻からなる原作の第一巻では矢野正五郎が紘道館を立ち上げるまでの物語が延々と続き、いっこうに三四郎が登場しないらしい。

 このバランスの悪さはいったい何を意味するのか。そもそも、現実に存在する講道館を舞台にしているのはいかなるわけだろう。講道館のプロパガンダ小説だったのだろうかとかねがね思っていたのだが、実は講道館は〈紘道館〉と一字違えていることに改めて気づいた。ならば紘道館の矢野正五郎は講道館の嘉納治五郎をあくまでモデルにしたお話であると考えるべきか。

 それにしてはあまりにも現実そのものを枠組みにしていているように思われる。さらに驚くべきはヒーローとも言うべき姿三四郎自身が、講道館創立当時の四天王の一人・西郷四郎をモデルにして描かれているのだ。

 実の設定と人間関係をほぼそのままにして物語を作る事になったのには非常に分かりやすい著者の事情がある。それは著者の父が、講道館四天王の一人であったという事実である。ただし西郷四郎ではない。そしてそういう出自をもつ著者は、まだ無名の頃に柔道を題材とした子供向けの物語を腐るほど少年誌に書いていた。その内容は一言で言えば荒唐無稽。「赤胴鈴の助」のようなバッタバッタと風を切って、人が倒れていくようなストーリーだった。

 それに飽きた著者が初めて大人向けの大衆小説として書き出したのが「姿三四郎」である。本書の著者であり、古書収集家・読書家として有名なよしだまさしをして、一読するとやめられない止まらない面白さだと言う。なにしろ僕がさきほどテレビで見知ったストーリーは原作のほんのとば口で、三四郎は他流試合をしては破門されて放浪し、戻ってはまた試合をして破門を繰り返すらしい。そして度重なる試合の相手は、柔術にとどまらずボクサーなど現代のK−1を先取りしたかのような異種格闘技戦と化していく。その荒唐無稽さが、荒削りだがダイナミックな富田の筆致で表現されているそうだ。

 こう書くとなんとなく宮本武蔵の物語とダブるところがありそうだが、主人公・三四郎には道を究めるという姿勢はいっこうにないようだ。要するにごたごたに巻き込まれやすいというか巻き込まれたがるたちで、そうなって破門となると東京から姿を消して地方でくすぶっていたりする。同門の人間に見つかっては戻されて正五郎先生に許されるが、またまた次なる戦いに巻き込まれてしまう。あげくにテレビではたっぷりと描かれた三四郎とヒロイン(ドラマでは竹下景子)とのロマンティックな純愛は原作では延々と先延ばしされる。

 本書の著者は原作の面白さに魅せられて、富田常雄の作品をすべて収集して読破しようと思い立つ。いまどき誰もそんな試みをしようとは思わないので、思った以上に著者の元に作品が集まってしまう。しかも予想通りというべきか「姿三四郎」ほど面白い本はない。いやつまらない退屈な本が多い。次第に読まなくなる。しかし収集自体はやめられない。まことにコレクター魂の一念というやつだ。

 ただ多少なりとも読み進めるうちに著者は奇妙な事に気づいてしまう。姿三四郎が他の富田作品のあちこちにゲスト出演しているのだ。紘道館も柔道もまったく関係のない話なのに、主人公たちが暴漢に襲われるシーンで窮地を救うのが、車引きに身をやつした三四郎だったり、たまたま通りがかった名も知れぬ柔道の達人(バレバレ)だったりする。

 この話を読んだときに、自分も三四郎をさがして富田作品をいつか読破してみたいものだ、などと思っただろうか?いや、実はちょっと思ったのだ。時間と根気さえあればやってみたいかも。いやはや、困った性分だ。

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posted by アスラン at 12:59| Comment(1) | TrackBack(1) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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よろしくです
Posted by 伊神君 at 2007年04月11日 14:56
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柔道か柔術か(1)
Excerpt:  1882(明治15)年、帝大の学生であった嘉納治五郎は、東京下谷稲荷町の永昌寺
Weblog: 翻訳blog
Tracked: 2007-09-27 21:58
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