「鳩の翼」は、女友達同士が共通の男性に惹かれてしまうという話だったような気がする。英国やベニスで観光をしたり美術を見てまわったりしながら、背徳と退廃の雰囲気がまとわりつく、まあ一言で言ってウツウツとした映画だった。十九世紀末を生きた著者は、もっぱら世紀末ムードをたたえたヨーロッパと新世界アメリカの文化や精神を対比した作品を書いたようで、「デイジーミラー」も「ねじの回転」も、滅びゆく側のあえぎにも似た苛立ちや憎悪が描かれる。
どちらも読んでいてデジャブのような感覚にとらわれた。僕は映画を観てるのだ、と。「デイジー」の方はパトリス・ルコントの「イヴォンヌの香り 」に似ている。美しい湖で、主人公の男は湖によく映える美しい女性に出会う。男は上流階級のモラルを疑いもせず生きてきたから、女性の囚われない奔放さに魅せられてしまい、怪しげで奔放な女性に色香に完全に惑わされてしまう。
一方、「ねじの回転」の方はアレクサンドロ・アメナーバルの「アザーズ」に雰囲気がそっくりだ。いや、もちろんどちらの映画もジェイムス作品に影響を受けているというのが正しいところだろう。それくらい、ヘンリー・ジェイムスという作家は、映像作家にインスピレーションを与えやすい書き手だと言える。
特に「アザーズ」は、「ねじの回転」が書かれていなければできなかったくらいに影響が顕著だ。「ねじの回転」が、今となってはゴシックホラーとしての恐怖感が薄らいだとしても、「真の怖さは人の心が生み出す闇にある」という当時としての卓見が見事に作品に昇華されているところが興味深い。
(2005/5/23初出)



