2007年04月06日

日本語は天才である 柳瀬尚紀

 種明かしから入る。タイトルは石川啄木の自伝的小説「雲は天才である」をもじったものだ。著者があとがきでその事に触れている。ならば啄木の著書もそうだが、タイトルが単なる陳述ではなく一種のレトリックである事は明らかだ。

 近年の日本語ブームに乗って〈美しい〉日本語の継承をことさら言い募る啓蒙本や説教本が山のように出ているが、本書はひと味もふた味も違っている。何せジェイムズ・ジョイスやキャロル・ルイスの翻訳を手がける、〈日本語の達人〉のなかでも"超"がつく達人である著者だからこそ、思わず耳を傾けたくなる内容が満載だ。

 以前、「誤訳・悪訳・欠陥翻訳」などの著書でも有名な翻訳家・別宮貞徳さんが、「ただ意味が通じるように訳すだけで翻訳の使命は終わりではない」ことを次のような例で分かりやすく説明していた。

 幼児向けの絵本か童話で、

What color is a brown bear?


という文が出てきた。そのまま訳せば「ヒグマは何色かな?」となるところ。でもそれでは英文解釈の試験では満点でも翻訳としてはダメだ。原作者の意図はbrown bearという名詞の中に幼児のためのヒントが隠されているところにある。もちろん「茶色(brown)だ〜」と答えてもらうためだ。

 とすると、さっきの訳文では原文の意図が反映されていない。そこで別宮さんは

「シロクマは何色かな?」


と訳した。原文の<ヒグマ>をシロクマに変える是非はあるだろうが、翻訳では著者の意図を最大限正しく読者に伝える努力をしなければならない事がよくわかるエピソードだった。

 ところで本書の著者は、おそらくこの達人の訳でさえ納得しない。あくまでも原文の意味も意図も丸ごと反映した訳文を追求する。そこが僕に言わせれば〈柳瀬尚紀は天才である〉ところだが、著者はおおまじめに日本語の〈天才〉ぶりを紹介していく。

 You're a Full Moon.
と言われた月が
 You're a fool, Moon.
と言われて怒り出すやり取りを訳す際に次のような訳文を思いつく。

 「されば、かの満月か」
 「去れ、バカの満月か」

 この訳が思いついたときに著者は「日本語は天才である」と確信したと書いている。そこには、口語以外に文語や漢語が使えて、その上にカタカナ・ひらがな・万葉仮名・外来語・ルビなどの様々なツールが用意されていることへの驚きと、それを巧みに使い分けてきた日本人の文化への感謝が込められている。たかが語呂合わせと笑うなかれ。「されば」とか「かの」という文語表現がなければ出来ない芸当なのだ。

 さらにジョイスの「ユリシーズ」の一文に、egress(出口)とingress(入り口)という2語を使って「中からでてきた人にとっての出口が、猫にとっての入り口となる」という表現があるのだが、それに著者は

 
いかなる動物にとってシメタの扉はアイタ!の扉となるか


という滑稽な訳文をあててみる。そして即座にこれでは訳になってないと自戒する。

 問題は何かというとegressとingressという2語の韻だ。-gressという部分に「歩み進む」という意味合いが含まれていて韻を踏んでいる。さらにこの2語はネイティブスピーカーでもあまり耳慣れない言葉らしい。

 以上を踏まえた著者はいくつもの漢和辞典を駆使して、

 いかなる生き物にとって入去(にゅうきょ)の扉は出去(しゅっきょ)の扉になったか。
 一匹の猫にとって。

という訳にたどり着く。おそらく〈たかが猫〉にとっての入口を、「ingress=入去」「egress=出去」という小難しくて高尚な言い回しで表現しているのが原文の味わいなのだろう。まるで落語に出てくる殿様が庶民に語りかけているかのようだ。

 ただし僕などからすると、著者がダメだと切り捨てた訳の方が分かりやすさの点で一日の長があると思うのだが、著者のこだわりからすると最終的な訳文が最善なのだ。

 ここにたどり着くまでにはすさまじいまでの言葉の追求がある。「入去」や「出去」は広辞苑や大辞林、普通の漢和辞典では見つからない。同業者でもある作家・田中小実昌が著者を下手な学者と違って〈狂人〉であるところがいいと評したように、翻訳家の狂気がたどり着いた果てこそが、まさしく原文の持ち味であるノンセンス(nonsense)そのものである。

 著者自身が天才と狂人の紙一重であることがよく判る事例として、本書ではいたるところに自作のパングラムが出てくる。パングラムというのは、元々アルファベットすべてを使って作る文章のことだ。ところが英語のパングラムは26文字を1回ずつ使って作られるわけではない。すべての文字を少なくとも1度使えばOKのようだ。

 日本語の方はというと、例の「色は匂えど…」というイロハの語呂合わせがあるように、50音を一回ずつ使っていろいろな表現を作る事ができる。ここにも日本語が天才である由縁を著者は見ているが、すごいのは著者が日本語のパングラムを日常的に作っていることだ。日頃からこんな事をやっている著者だからこそ、あえて日本語が〈天才〉に見えてくるのだと思う。しかし日本語の〈天才〉は、日本語をもてあそぶ〈狂人〉の存在が不可欠なのは言うまでもない。
posted by アスラン at 12:43| Comment(6) | TrackBack(2) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最近話題の年金問題は世間もマスコミもだれも疑問に感じないのか、何も考えないのか滑稽な事態が発生していますよね。
年金加入者の名前をコンピュータに入力するさい、漢字の「読み方」が分からなくて誤入力されているということです。
いい大人が日本語の読み方が分からない。
外国語ではありえない話です。
奇妙な日本語によって、日本人と日本政府が苦しめられ(続けて)ている。滑稽としか言いようがない。言語は文化である前に、コミュニケーションの手段です。
日本語は話す場合はいいとしても、漢字の読み書きは、すべて記憶していないと非常に困難。あれだけ多くの読み方、書き方を記憶しなければならない子供や老人にとっては、大いに無駄な時間と労力を使わなければならない。
困った日本語である。
Posted by 群馬ちゃん at 2007年06月09日 17:33
群馬ちゃん、コメントありがとう。

お説ごもっともとも思います。確かに日本人は漢字と読みの多様性・複雑性に苦しめられてきました。その挙げ句に、
 自国語をフランス語にすべきだ
とか、
 漢字を廃止してローマ字で書こう、いやカナだけで記述すべきだ
とか、いささかヒステリックな主張でもありながら、至ってまじめな議論と実行がなされたこともありました。

 でも僕にはどれも日本語の特長には目をつぶって、欧米言語の長所をないものねだりする子供の駄々にしか思えません。

 文化が後でコミュニケーションが先だと簡単に分離できると思いますか?僕は疑わしいと思います。第一、日本語の特長が文化論の枠の中に収まっていて、欧米言語が機能的に日本語よりも勝っているとお考えなら、もうちょっと表意文字の文化圏と表意文字との文化圏が、いかに互いをないものねだりしてきたかを歴史的に追ってみたらどうでしょうか?

 今回の年金の話は単に役人の怠慢に帰着する話で、日本語の読みの問題とは何の関係もありません。日本のような戸籍制度をもつ国は少ないと聞いています。アメリカなどは戸籍がないために慣用で使う名前を勝手に変えていい。だからこそ仕方なく名前の照合をさっさとあきらめて〈国民総背番号制〉に乗り換えただけでしょう。

日本人だけが自国語に苦しめられているという考えは思いこみに過ぎないと思います。
Posted by アスラン at 2007年06月10日 02:24
自爆フォローです。

>表意文字の文化圏と表意文字との文化圏が、

表意文字の文化圏と表音文字の文化圏とが、

の事です。間違えました。
Posted by アスラン at 2007年06月10日 02:27
TBさせていただきました。

著者の日本語に対する愛情がすごく伝わりました。自分もちゃんと日本語を使わなくちゃって思いました。
Posted by タウム at 2007年07月03日 22:47
TBさせていただきました。

著者の日本語に対する愛情がすごくつたわりました。
何気なく使っている日本語の懐の深さに気づかされました。
Posted by タウム at 2007年07月03日 22:52
タウムさん、コメントどうもありがとう。

何気なく使っているからこそ、ちゃんと使うのは難しいのが自国語(日本語)なんでしょうね。

僕もタウムさんに同感ですが、謙虚に日本語を学ぶという事はなかなか難しいですよね。僕の姿勢としては日本語とそれを取り巻く文化に対する好奇心を持続する事で、僕なりに日本語への愛情を持ち続けたいなと思っています。
Posted by アスラン at 2007年07月05日 01:07
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