アメリカの占領下にあった日本は、下山事件を含めた一連の事件が契機となって大きくレールを乗り換えていった。そして、いまも僕らは乗り換えた路線を走り続けている(走らされている)。その事への行き場のない怒りを感じている著者は、下山事件の最後の真実に光を当てる事で、日本人が戦争によって失ったアイデンティティの一部をなんとしてでも回収しようという思いを抱いて、作品はとりあえず終わる。
一方で、僕には「下山事件」が日本を大きく動かしたという実感がない。それほど著者とは遠い位置にいる。僕を含めた戦後生まれの世代が大きな関心を抱くのは、かつて日本がそういう歴史をもった事への大きな驚きと、やはり事件そのものの謎の大きさなのである。それなくして僕らの世代の関心はない。だからこそ本書には、殺人事件そのものの謎解きが背景に押しやられているという事に対する物足りなさを感じた。
(2005/05/18初出)




森達也の著作、図書館で検索してみましたが意外とありますね。最近「放送禁止歌」を借りたのですが、森さんの著作だと今知りました。
でも時間切れで読まずに返却しちゃいました。
もう一度借りようと思います。
時代のただ中にいると、自分たちの時代がどういう時代なのか、自分たちはどんな歴史の一証人となるのかという視点はなかなかとらえにくい。
所詮、歴史というひとくくりにしてしまえば、僕らはとてつもなく戦争や民族紛争に明け暮れた過渡期に生きたと総括されてしまうかもしれません。
するとたった60年前の時代がひとつの転換点だったという事も歴史というマクロな視点にすぎず、そこで生きた人々の実感というのは手つかずになってしまう。だからこそこの本の意義は大きいとは思いますが、とにかく歯がゆさだけが残りましたね。