高橋源一郎「日本文学盛衰史」の受け売りになるが、明治も時を経るにつれて自然主義文学が文壇の主流となり、西洋文学の翻訳(言文一致体)を手がかりに「内面」を手に入れた文学者たちは、次々と「告白」するようになる。告白こそが内面の具現化であり、当時の最前線の文学だったのだ。
でも、啄木自身は、告白するだけではまだ不徹底だと思った。島崎藤村の「破戒」でさえ、キレイゴトだと思った。(ホントかな?でも高橋さんは「日本文学盛衰史」で、そう描いてる。)
そして、ローマ字日記で啄木は赤裸々な告白を開始した。それは、確かに当時の文学者たちがなしえなかった真実味のある告白だった。後に批評家がこぞって高く評価するように、啄木は自然主義文学をある到達点まで押し上げた。
しかし高橋源一郎いわく、啄木の行為が「文学」を内部から自壊させる事になるとは、本人でさえも気づかなかった。彼は、このローマ字日記を作品として発表する事なく、数年後に結核でこの世を去る。自然主義文学の達成、日本文学の輝かしき到達は、それゆえ作者の死後に見いだされたのだ。
(2005/5/16初出)



