2011年06月10日

図書館内乱 有川浩(2006年12月25日読了)

 確かに面白かったはずだ。<本の雑誌」が選ぶ2006年上半期エンターテインメント第1位に輝いた>と本書の帯に惹起されるシリーズ第一作『図書館戦争』は。その面白さをひと言で言えば、たわいもないという事に尽きる。人間関係の分かりやすさもさることながら、勧善懲悪をひとつふたつ<ひねった>つもりで、間違いなく今風の勧善懲悪に違いないところもそうだ。

 一方で、たわいもない描写の深層には、著者の物書きとしてのモラルが見え隠れする。メディア良化法施行以来の良化委員会と図書隊との飽くことのない闘いの日々から、「現代社会の歪み」とまでは大げさにしても、図書あるいは出版の現実を見直す契機へと読者を促す事を意図したシリーズなのだろうと、前作を読んだ時は思ったのだ。

 まがいなりにも文章を書くことを職業にする限りは、出版・書店・図書館などの置かれた現実を見据えることは当然と言えば言えるし、とくに昨今の規制ばやりの保守反動的な動きにもの申したいという気持ちが著者にあったとしてもおかしくはない。ただ、それにしては出版物の「言葉狩り」という側面だけをクローズアップしているだけで、内容が物足りない。続編が出るらしいから、出版の問題を横展開していろいろと取り上げてほしいと、前作の書評で勝手ながら希望を述べた。その答えが本作だ。

 そして、正直言うと失望というのは言い過ぎにしても非常に残念な内容となっていた。簡単に言えば、著者にはメディアの規制もしくは言葉狩りといったお題目から何一つ踏み出るつもりはないらしい。新しい元号(らしきもの)で描かれるこの作品の舞台では、おなじみのメンバーが繰り広げる戯れ言の外側で、一般市民とか一般社会がどのような問題を抱えて、なにより図書館や図書隊になにを期待しているのかさっぱり見えてこない。社会情勢といったカケラも見えて来ないのだ。それでいて出版物や著作権ならびに読書の自由についてだけは、ことさらにコダワリ続けるのが図書隊という存在だ。一体かれらが守ろうとしているものは何なのだろう。言葉なのか人間なのか。

 もちろん「人間」なのだと著者だけでなく好意的な読者は言うだろう。なによりも本作で〈ろうあ〉の問題をあえて取り上げ、途中難聴者である女子高生を介在させての代理合戦を描く事で、図書隊が守るものが出版物ひいては言論であるだけではなく、最終的に人間そのものを守っていることは明らかだと言う読者も多いだろう。

 しかしあえて言わせてもらえば、女子高生は途中難聴者である前に図書隊の隊員・小牧の幼なじみである。と同時に慕い慕われる間柄でもあるのだから、さらにはそれを暖かい眼差しで見守る堂上・笠原ら同僚がいるという構図そのものが、すでに出来レースと言えなくもない。つまりは最初から図書隊が扱う問題は、誰にも文句を言わせない立場から声高に主張する正義のようなものだ。

 単なるエンターテインメントに過ぎない本書で、これ以上の深入りは禁物だろうが、<途中難聴者>という表現にこだわる著者の姿勢自体も、仮想敵として描いてきた良化委員会ならびにメディア規制法の理念を後押ししている事に著者自身が無自覚だと言ったら言い過ぎだろうか。いや参考文献を挙げて下調べをした上で本シリーズを立ち上げている著者だから、故意に知らばっくれているのかもしれない。

 分かりよく言えば、セクハラかどうかの線引きが<行為そのもの>にあるのではなく、行為を受けた人がどう感じるかにしかないという一種の不条理であるのと同様に、言葉の規制そのものも不条理にならざるを得ないという自覚無しには、良い悪いの議論は成り立たない。もうちょっと立ち入った言い方をすれば、良化委員会と図書隊の代理戦争は、著者が言うところの「二元論」というほど大それたものではない。たんなる私憤に毛が生えた程度のもので、そもそも女子高生と懇意にする小牧や同僚たちの、女子高生本人に対する心のこもった思いやり以上に有効な主張があるわけではない。

 だとすると、だ。僕は、ますますこの本の読み方を間違えているという気がしてきた。「図書館戦争」が与えた衝撃というか、「設定の妙」に期待しすぎてしまったというところだろう。第3作「図書館危機」をついおととい読み終えて、また同じ感想を書く羽目になっても仕方がない。だってまったくの繰り返しなのだよ、良化委員会と図書隊の争いは。予告すると第3作のキーワードは「床屋」なのだが、これも突っ込もうと思えば容易に突っ込める議論を引き起こすという事は指摘しておこう。

 となると、なんでおまえは読むのかと言われそうだ。理屈をこねくり回した挙げ句に「理屈で読む本じゃない」と納得したからには、ここで放棄すればいいわけだ。では面白いからか。違う。もう面白くない。だって(「だって」という言葉遣いをあえて使うところから、論調が変わったって気づいてね)、「図書館戦争」ほどの新鮮味はないから。強いて言えばマンネリの安堵感と、登場人物の行く末を見届けたいという最終回願望だろう。とは言え、「図書館危機」の著者あとがきにショックを受けたのは、僕だけはないだろうな。まだ続くんだよ〜。
(2007年3月22日初出)


[追記(2011/6/10)]
 なんだかんだ文句を言いながらも、別冊2冊を含めてシリーズ完結まで読んでしまった身としては、この第2作、第3作の読み方を「ラノベ読み」へとシフトしていくのに、思いの外手こずったということだろう。それほど、一作目の「図書館戦争」のアイディアは、ある意味で近未来SF以上のリアリティをもっていたのだ。その点を追求して「もうひとつの図書館戦争」を描いて欲しかったなぁという心残りは、今も捨て切れてはいない。

 でも、おそらくそうであったならば、この作品があれほどまでに漫画やアニメに姿を変えてメディアを席捲し、有川浩が流行作家の地歩を築く足がかりになる事はなかったかもしれない。その後の作品を見れば、ラノベ時代に仮想的な軍隊ものばかりを描いていたからといって、彼女の書きたい物が、そういったマニア受けするものに限定されないのは、今書店にならぶ「阪急電車」や「シアター」などを見れば、一目瞭然だ。要するに僕のちっぽけなこだわりなど消し飛ぶほどに、有川浩は前を見据えてひたすら前進しているのだった。
posted by アスラン at 12:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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