2007年02月25日

明智小五郎対金田一耕助 芦辺拓

 ジョン・ディクスン・カー生誕100年を記念して出版されたオムニバス短編集「密室と奇蹟」の巻頭作品「ジョン・ディクスン・カー氏、ギデオン・フェル博士に会う」の出来があまりによかったので、著者である芦辺拓という作家の他の作品も読んでみたいとそのときに思った。

 ところが図書館予約システムで検索したり、現物を図書館の書棚で見るにつけ、あまり借りたくなるようなタイトルでも装丁でもない。つまりは、山ほど出版されているノベルスによく見かける子供だまし(いや大人だましか)のキワモノ的なタイトルが多いのだ。いまどき「明智小五郎対金田一耕助」とか「真説ルパン対ホームズ」は無いだろう。なんてちょっとおよび腰になる。でも何か借りるとしたら本書だろう。やっぱり<乱歩対正史>というビッグネーム二人の創造したこれまた二大ビッグネームの探偵が対決(?)するという設定のキワモノさの魅力にあらがう事はできない。

 ところが読んでびっくり。日本が誇る二大探偵どころか、出るわ出るわ、たくさんの探偵が出てくる。表題作だけで乱歩と正史が創造した探偵たち(もちろん刑事も含めて)がどこかしらに出てくる。つまり西村京太郎の作品ではないが「名探偵が多すぎる」戦後の東京をまことに手際よく活写しているのだ。明智とくれば当然ながら敵役の<あの男>も顔を出す。その点でも心憎いばかりだ。

 もちろんすべての短編はパスティーシュ(贋作)であり、文体やストーリーがあたかもオリジナルと見まごうばかりに似ているような作品に仕上がっているのだが、著者の仕掛けはそれだけではない。探偵どうしを競演させるは言うに及ばず、その創造主たる作家自身を登場させたりと、手を変え品を変えてミステリーファンがうきうきするような設定を実現してゆく。パスティーシュでしか実現できない名探偵の<オールスターキャスト>は、まさに夢のようなドリームチームと言っていい。

 7作ある短編から主演だけを拾っても
明智小五郎
金田一耕助
フレンチ警部
Fがつくイギリス出身の名探偵
Mがつくイギリス出身の名探偵
ベルギー人の名探偵
二人のエラリー・クイーン(マンフレッド・B・リーとフレデリック・ダネイ)
怪人になる以前の若き<あの男>

が出てくる。黄金期の本格ミステリーファンを自認する人ならば「なるほどあれかぁ」とすぐ分かる人物ばかりだろう。それに脇役やカメオ出演を含めると数え切れないほど探偵や悪役、サブキャラクターが出演する。

 さらにファンならば誰もが知っているエピソードを巧みにストーリーの中心に盛り込むのだから、著者の野心には恐れ入る。どういうことか。例えば名探偵の多くは真実(犯行と犯人)には多大な関心をもつが、時に犯罪者には途方もなく寛大である。その実例がベルギー人の名探偵だ。

 いまやベルギーに名探偵と名の付く人物が何人もいてもおかしくないが、本格ミステリーファンにとっての<ベルギー人の名探偵>は唯一人しかいない。しかも彼はオリエント急行で旅行中の折に、メッタ刺しにされた死体に遭遇する。そして、これもいまや知らない人はいないくらい有名なトリックをあばいた上に、犯行動機のやむなさを勘案して犯人をかばう。挙げ句に、犯人は車外からやってきて凶行におよび逃走したと地元警察に主張する。そして…。

 本書の「そしてオリエント急行から誰もいなくなった」という短編ではまさに、架空の犯人の捜索を名探偵から言い渡された地元ユーゴスラビアの警察たちの姿を描く。現地にも一人くらいはいるだろうと著者が創造した無名の名探偵(警部)が、ベルギー人の名探偵の思惑を逆推理して真実を喝破する。その上で犯人をさがせという探偵の慇懃無礼さを皮肉るとともに、すでに遠い地をひた走るオリエント急行の犯人に手出しできない政治的な状況にひとくさりして物語は終わる。

 黄金期の名探偵の罪深いところは、探偵でありながら警察・判事・裁判官・処刑人までを兼ねてしまうところだ。自らの裁量によってどんな解決でもねつ造できるのも名探偵ゆえの事。許すのはもちろん作家自身と、名探偵に心酔する愛読者たちだ。そのおかしさ(もちろん変だというよりも微笑ましいという意味で)をうまく突いた著者の目の付け所には感心してしまう。

 クロフツが創造した探偵・フレンチ警部と競演するのは、イギリスを活躍の場としたアメリカ人作家が生み出した<F>と<M>がそれぞれつく名探偵。短編のタイトルが「フレンチ警部と雷鳴の城」となっていて、<雷鳴の城>とはクロフツらしくないと思ったら、なんのことはない。<F>と<M>の探偵にはお馴染のおどろおどろしい舞台だった。この<F>と<M>の二人。必ず言われるのは、同じ作家が別々のペンネームで描き分けた探偵でありながら風貌も性格も推理方法も取り立てて違わない。ファンですらかばいだてできない事実だ。とりわけ体重差こそあれ巨体であるという風貌が両者に共通している事が、二人を区別しにくくしている大きな原因だろう。著者はそこからなんとも絶妙なストーリーを作り出している。

 極めつけは「Qの悲劇または二人の黒覆面の冒険」に登場する二人のエラリイ・クイーンだ。さきほど書いたように、ここで活躍するのは名探偵ではなくて作家の方だ。クイーンは従兄弟のリーとダネイが共同執筆する際のペンネームであり、作家名と探偵名が同じという趣向を採用した。<F>と<M>の探偵を生み出した作家同様に、別のペンネーム<バーナビイ・ロス>名義で、もうひとりの名探偵ドルリー・レーンを作り出したが、こちらは精緻な演繹推理手法こそ似ているが、風貌も歳も性格も出自もまったく異なる。

 いや、探偵の競演ではなかった。従兄弟の作家二人の話だ。彼ら二人を登場させるとするならば、黒覆面で登壇して聴衆を煽ったという<クイーン対ロス>の覆面討論しかない。クイーンファンにとっては伝説であるが、わずかに残された本人(といってもダネイ)の言によると、若気の至りのようなお遊びにも関わらず、続けていくには苦痛なドサ回り同然だったようだ。

 たしか「クイーン実験室」で読んだのだったか、<クイーン>という名前でツインルームを予約したおかげで好奇の目で見られる事もしばしばあったようだ。クイーンは、作家名を決めた当時は裏の意味に思い至らなかったと後悔めいた事を書いている。

 さて二人の話は、地方巡業に等しい講演を前にして大学教授が殺され、最後に話した電話の相手に「エラリイ・クイーンを見かけた」と漏らした事から事件に関わりができるという内容だ。そして次の日に行われる講演会で、二人はミステリー作家の名声にかけて(言わば「ジッチャンの名にかけて」)、被害者の一言から犯人を名指しする推理を披露する。まことにクイーンらしい演繹推理で、久々にクイーンを読みまくっていた中高生の頃を思い出してしまった。

 それはそれとして、この短編には別の趣向も盛り込まれている。被害者の最後の電話相手というのが、学会に参加するためにドイツから来ていた数学者ゲーデル本人なのだ。殺された教授は「クイーンを見かけた」という一言の前に、不可思議な言葉を残す。

「同じく論理を操るということで共通項があるかと思ったが、やっぱり畑違いだったか」


 「同じく」が何を指すかは一目瞭然だろう。やがて「不完全性定理」を発表して「数学の無矛盾を体系内部で証明することはできない」事を示す事になる数学者ゲーデルと、緻密な論理で犯人を名指しする推理小説を創作する作家エラリイ・クイーンの事だ。さらに何故この取り合わせになるかも本格ミステリーファンならば、よく知ったところだろう。

 本格ミステリー作家の若き雄・法月綸太郎が雑誌・現代思想1995年2月号に発表した「初期クイーン論」で、ゲーデルの「不完全性定理」と初期クイーンの作品との関係が論じられている。正確には「不完全性定理」を応用して評論を展開した批評家・柄谷行人の論旨に触発された法月が、初期のクイーンの作品、特に「シャム双子の謎」と「ギリシャ棺の謎」に顕わになった本格ミステリーの構成上の限界を指摘した。いわゆる<メタ・ミステリー>という手法には、探偵が示す解決が<フェア>である根拠を提示できないという主張である。

 この主張自体、柄谷行人が「隠喩としての建築」で主張した<ゲーデル問題>と全くの同形を成すのだが、ここではその内容についてはとやかく言わない。ただし作家・クイーンが先に挙げた2作品で「<メタ・ミステリー>が引き起こす難問(アポリア)に意識的だった」はずとする法月の主張にはうなずけない。確かにゲーデルが「不完全性定理」を発表するのが1931年で、「ギリシア棺」と「シャム双子」がともに1932年発表だから影響関係をうんぬんできなくはないが限りなくあり得ない話だ。ましてやゲーデルと平行して、クイーンが独力でミステリーの形式化を思考したとは眉唾もいいところだろう。

 さて、教授の謎の言葉に戻る。何故あのような一言を言う必要があったのだろう。その後、最後まで読んでも何の説明もないし、犯人に直結する伏線にもなっていない。著者のあとがき(好事家によるノート)を読んでようやくわかった。これは法月の「初期クイーン論」に対する著者なりの批判なのだ。

 法月は「初期クイーン論」の冒頭で、これをまともな形で論じられては困る、言わば洒落みたいなものなのだという言い訳から始めている。それにしては発表の場が「現代思想」であり、内容も現代思想の意匠を借りてどこまでも本気だ。その後の<メタ・ミステリー>の盛り上がりとあわせても、単に洒落で済ます気は法月本人には無かったはずだ。

 しかし著者にはこの主張を無視することはできないが、かといって真剣に取り合うべき内容には思えなかったとみえる。ではどうすればいいのか。洒落で答えるのが礼儀と言うものだろう。それが、あの教授の一言なのだ。あの言葉にさりげなく込められた批判には、同時に<娯楽としての本格ミステリー>に対する著者の無償の愛情が感じられてほほえましい。

(参考)
 密室と奇蹟 J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー

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posted by アスラン at 02:25| Comment(0) | TrackBack(1) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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明智小五郎からシャーロック・ホームズへ
Excerpt:  明智小五郎(生没年不詳)がシャーロック・ホームズ(1854ー?)に宛てて書いた
Weblog: 翻訳blog
Tracked: 2007-04-14 14:09
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