2007年02月12日

漱石の妻 鳥越碧

 夏目漱石の妻鏡子の悪妻説は定評がある。それが何故なのかは実はよくわからない。例えばの話おおかたの文人の妻は、個性的で身勝手な夫の振る舞いにそれなりに振り回されたあげく、良き妻を努めあげる場合もあれば世間並に夫をないがしろにする場合もある。

 なにも漱石の妻だから世間一般と違うというわけではない。ただしこれも後生の人々にはよく知られているように漱石自身がひどい神経症持ちであったので、妻としてはずいぶん気苦労もあった事だと容易に推察される。おまけにここが重要なのだが、漱石の神経症はごくごく身内のものにしか発現しなかったらしい。このあたりの事情は「漱石の思い出」という本で鏡子自身が語っている。

 この本は、鏡子が晩年に語った内容を長女・筆子の夫で漱石の門人でもあった松岡譲が書き取ったいわば手記だ。この本で描かれる漱石は、「吾輩は猫である」に出てくる苦沙弥(くしゃみ)から滑稽を取り除いたあとの神経質な病人そのものだ。普段は気難しくも子供に優しいところを見せる漱石だが、ひとたび発病すると赤ら顔になって家の者に当たり散らす。家族はそういうときには息をひそめて暮らしていた。幼い子がはしゃいでいると、部屋に飛び込んできて子や妻を叱りとばした。それで子供たちには漱石に対する恐怖心がずっとあったようだ。

 先日、漱石の「夢十夜」を原作とした映画「ユメ十夜」のキャンペーンに漫画評論家・夏目房之助が呼ばれて等身大の祖父と対面している記事が出ていた。ひとこと「父(漱石の長男・伸六)から<怖い人>だったと聞かされてきた」と恐れ入った様子が面白い。しかし同居している者にとっては笑い事ではなかったろう。

 笑い事ではなかったのはなんといっても妻の鏡子だった。ロンドン留学中の漱石が英語研究の限界に悩んだ挙句に神経症にかかり、帰国後の帝大助教授の暮らしに嫌気がさしているところに、気晴らしに雑誌ホトトギスに何か書いてみないかと主宰・高浜虚子から持ちかけられて書いたのが「吾輩は猫である」(以下「猫」と略す)だ。これがキッカケで漱石は小説家の道に進む事になるわけだが、自己を投影した「猫」の苦沙弥を別にすれば、その後の作品には神経症の影は見当たらない(もちろん専門家の見方は違うだろうが)。あえて言えば「行人」の主人公の兄くらいか。

 人当たりがよくて筆まめで、門下生への面倒見もよかったがために、家族や使用人以外は当時まったく漱石の病気に気づかなかった。このことが鏡子悪妻説をうむ原因となったようだ。また、帝大助教授というエリートコースを一度は歩んだ漱石のもとにはエリートの卵が門人として集い、漱石の名声が高まるにつれて弟子としての思慕は崇拝へと昇華する。おのずと学のない妻・鏡子への風当たりが強くなる。

 鏡子は官吏として要職を努める父の中根家で何不自由なく育てられたために呑気で無邪気ではあったが、かいがいしく家事を取り仕切る妻ではなかった。先の手記でも本人が打ち明けているが、宵っぱりの習慣が結婚しても抜けず朝は漱石より早く起きられない。新婚当初は漱石が赴任した熊本に中根家の下働きを連れてきたのでなんとかなったが、東京に返してからの夫婦水入らずの生活は惨憺たるものだった。

 という事を延々と書いたが、漱石の研究書はそれこそ腐るほど出ているし、すでに関連するエピソードは掘り尽くされているので、その手の本を読み継いでいけば当たり前のように書かれている事ばかりだ。ただしその多くが漱石の書いた文章を一次資料として、さらには身近な人々への取材を二次資料としている。つまり漱石の書いている文章を裏付ける根拠を身近な人に求めるというようなアプローチだ。その場合に問題になるのは、漱石の身近な人々の多くが漱石を心酔する弟子や文壇の人々であり、どちらかというと家族の意見はないがしろにされがちだという点だ。

 なんといっても妻・鏡子が語る漱石というのが人間・漱石を知る上では一番重要だと普通は考える。だとすると「漱石の思い出」で描かれた漱石が実像に最も迫っているはずで、それについてもっと研究されてもいいはずなのだが、この手記は出版当時文壇からは徹底的に無視される。先ほど書いたように漱石の弟子たちが鏡子を侮り、その言葉をまったくと言っていいくらい信用しなかったからだ。そもそも漱石の神経症など世間にはばかることを書くなどけしからんというのが彼ら弟子たちの多くの共通した意見だった。

 本書では鏡子を主人公にして、夫・漱石と添いとげた人生について語っていく。その大部分は当然ながら「漱石の思い出」の内容に依拠している。特に新しいところはない。ただし本人に取材したわけではないだろうし、ましては漱石自身に取材できるわけでもない。だからこれはフィクションだ。限りなく真実に近い物語を装ってはいるが真実には思えない。

 ポイントはいくつかあって、第一は漱石が鏡子の事を「おまえはオタンチン・パレオロガス」だと皮肉ると、鏡子はなんのことか分からず弟子の一人に聞いてみるとよく分からないと答える場面がある。これは「猫」にも使われたエピソードだが、実際にあった事だと鏡子の手記にも書かれている。しかし、著者はさらにそのエピソードから演繹して、弟子たちが「あの奥さんでは先生(漱石)もおかわいそうだ。」と言わせてそれを鏡子が立ち聞きする場面を設定している。これは正直あざとい演出だろう。

 第二は、熊本高校赴任時代、要するに新婚時代に、鏡子が慣れない異国の地での暮らしに疲れてノイローゼになり自殺未遂を図るエピソードだ。これは、作家になる以前の自身を描いた漱石の自伝的小説「道草」で描かれている。しかしこれも鏡子から見ると行き過ぎた描写で、神経症のときの漱石は自分の病気を無い事にするだけでなく相手の方が神経症であるかのように思いたがった。「道草」の中の鏡子もそのように過剰に病的に描かれていると、本書の主人公として鏡子に主張させている。これもどちらが本当かは藪の中で、鏡子が「道草」の記述をそこまで批判していたか、ちょっと疑わしい。

 そして第三は、漱石が兄嫁・登世を密かに慕っていた事に鏡子が内心嫉妬するエピソードだ。僕はその場面に一番にフィクション性を感じた。漱石が兄嫁に恋心を抱いていたという話はかなり知られてはいるが、どの程度の恋心だったのかは分かっていない。しかし「漱石とその時代」で著者・江藤淳は、一歩も二歩も考えを進めて漱石は兄嫁と精神的に繋がりがあり、もしかしたら肉体的にも不倫関係にあったはずだと論じている。漱石はその作品の中で、自然主義文学とは違った意味で自らの内面を密かに告白しているというのだ。

 確かに「それから」や「門」「行人」で繰り返し描かれるテーマが不倫なのだが、それが漱石自身の生き方を反映しているとは一見して見えない。だから兄嫁との道ならぬ恋というのは、あくまで江藤淳の評論家としての独創であり、文学的な一つの達成だ。だが真実かどうかはまた別の話だ。同じく漱石研究で知られる大岡昇平は江藤淳の考えを否定している。僕自身も「漱石とその時代」の愛読者であったが、兄嫁との関係を断定的に推定していく江藤の考え方にはついていけないものを感じた。

 「アイ・ラブ・坊っちゃん」という音楽座のミュージカルを十年前ぐらい前に見たが、あれも兄嫁を慕っている事を前提としたストーリーだった。もちろんフィクションである事も明確なので、あれはあれで楽しい内容だった。しかし本書のようにあたかもノンフィクションと思わせる小説に、このような事実が曖昧な事を取り込んでいいのか非常に不満が残る。

 しかも著者の手つきはここでもあざとくて、元々限りなく白に近いグレーである邪推程度の事を、鮮やかなグレーにくまどっていく。鏡子が漱石の姉から「金ちゃん(夏目金之助)は確かに登世さんの事を慕っていたわね」みたいなセリフを聞かされて内心穏やかでないという、おそらく架空の場面を演出しているのだ。これなどどうしたら漱石の生涯を詳しく知らない人に真実ではない、あくまでフィクションだと思わせる事ができるのだろう。

 全体的には新しい事実はないにしても、鏡子側から見た漱石の物語という点では興味深く読めた。しかしあざとさがしっくり来ない部分が後味をちょっと悪くしている事も否めない。

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posted by アスラン at 04:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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