2007年02月01日

月の記憶 −アポロ宇宙飛行士たちの「その後」− アンドリュー・スミス(2006年6月26日読了)

(2012年8月25日、人類初のムーンウォーカーであるニール・アームストロングさんが亡くなった。1960年代に生まれた子供たちに圧倒的な〈夢〉を与えてくれた偉大なパイオニアに、改めて「ありがとう」と言いたい。)

 最近気づいたのだが、「アポロとソユーズ」という本について僕が書いた記事が結構人気だ。読んだのは1年半も前だというのに、いまだにぽつぽつアクセスがある。ということは、宇宙旅行や宇宙開発に対する関心はまだ廃れていないということか。野口さんが日本人としてスペースシャトルに乗船したのも大きいだろうし、米国がふたたび月面着陸を目指すと宣言したのも力になっているかもしれない。

 何しろアポロ11号の月着陸の偉業から40年近く経っているというのに、人類はいまだ地球と月以外の星に足跡を残してはいない。しかもアポロ計画が終了してから月面に降り立つ事も常態化していないことに、40年前の人々が現在を垣間見ることができたとしたら驚くかもしれない。

 もちろん、あの偉業を現体験した世代の僕としては、アポロ計画で宇宙開発の当初の夢物語が頓挫してしまった事を知っているし、対費用という観点からも、経済性という観点からも、さらにはエネルギー問題という観点からも、もはや宇宙開発が優先されるなどと信じてはいない。それだけあのアポロの月面着陸という事件は、科学に対する盲信があった事を物語る突出した出来事だった。そうでなければ単に莫大な費用がかかるというだけで、その後の月面への道が遠のくはずがない。当時は月に立つという事自体が<人類の進歩>(もはや死語だ)に対する信仰を象徴していたのだ。

 そして今や、人はアポロの事を語ると両極に分かれる。あんな事を30年以上前に成し遂げられた事を偉大に思う人。もしくはあれは本当は月面じゃなのさ、人類はいまだに月に足を運んだ事など一度もないんだと貶めようとする人。この両極だ。同じような構図は以前読んだUFO神話を解き明かした本「人類は何故UFOと遭遇するか」でも見かけた。信奉者(ビリーバー)と懐疑論者(スケプテイスト)とのいつ果てることのない対立である。違うのはUFOに関しては、その存在を信じるビリーバーの方に信念体系が出来上がったが、アポロに関しては懐疑論者の方に「月面着陸はフェイクだ」という信念体系が出来上がった点だ。

 極めて高度な最先端技術の帰結であるはずのアポロ計画と、極めて存在があいまいで科学では原理さえも想像のつかないUFOとがなぜ同列に論じられるのだろう?その疑問の答えは本書にある。奇しくも僕と同い年の著者は、僕もそうだったように当時の月面着陸に魅了された。しかしわずか三年半に12人の人間を月面に送りこんだ後に、月面探査プログラムは様々な疑問を残したまま終了する。

 人種問題、ベトナム戦争、ウォーターゲート事件を経たアメリカにとっては、ケネディが「月面に人類を送る」と宣言してから10年にわたったアポロ計画こそが、著者の言葉を借りると「クレイジーな六〇年代の遺物」となった。熱狂が醒めた後に残された遺物を眺めるたびに「月面探査プログラムとはなんだったのか?あれだけの金をかけてなんの意味があったのだろうか?」という至極まっとうな、しかし身も蓋もない問いかけが誰にも沸き上がってくるだろう。

 70年代を生きた著者も僕も60年代を身近に感じこそすれ、60年代のカルチャーを無自覚に受け入れる事はできなかった。だからアポロを揶揄することはないが、その意味を問いただすことを必要とする最後のジェネレーションかもしれない。そんな僕が率直言ってしまえば、アポロ計画は、いや月面着陸プログラムは、あの熱狂は、一度たりとも科学であった事などないのだ。NASAがどんなに言い繕おうとも、当事者の宇宙飛行士達がどんなに真摯に科学的意義を唱えようとも、やはりアポロ計画はケネディの政治的なプロパガンダに過ぎなかった。

 結果的に開発に付随したさまざまな技術が進歩したし、僕らの生活が直接恩恵を受けたものもあっただろうが、著者はそんな方便に耳を傾けない。現実としてアポロ計画にかけた予算を他に回していたら、僕らの生活にはもっと恩恵があったかもしれない。しかし、にもかかわらず、アポロが僕らにもたらしたものがなんだったのか著者には正しくつかめていないという思いが残る。一体その思いをどこにぶつければ答えが返ってくるのか。そしてこれまた至極まっとうな方法にたどり着く。それはもちろん月面を生身で感じてきた12名のムーンウォーカーにおいて他にないではないか。

 12名のムーンウォーカーと言うが、すでにそのうち3名は亡くなっている。残り9名もアポロの熱狂の風化とともに表舞台から消えて久しいが、いつ亡くなってもおかしくない齢になっている。いま聞かないとこの先永遠に機会を逸する事になりかねない。そう思い立った著者は一ジャーナリストというより、アポロに魅せられた一ファンとして9名のムーンウォーカーたちを求めて合衆国を駆け回る。

 彼らをすべてつかまえる事は並大抵ではない。いろいろな意味でだ。ある者は実業家として成功し、ある者は地元の名士となって地方のイベントに絶えずかりだされ、ある者は例の<地球外生命体>の存在を感じたと宗教団体を立ち上げ、ある者は宇宙で体験した神秘を描く事にとりつかれ、またある者はリベートと引き替えに宇宙船に切手を持ち込んだ事がばれて失踪した。

 ムーンウォーカーだけでなく月着陸船パイロットを含めて信仰に走った者がかなりの割合になる事に対して、従来から言われるように人類にとって未知の体験によるものだとする説明は安直すぎる。宇宙からの帰還がもたらした彼らにとっての現実は、宇宙そのものの神秘や待ち受けていた全世界からの熱狂だけでなかった。彼らを待ち受けていたのは、もう二度とあそこ(月面)に戻ることはかなわないという大いなる喪失感だったり、急速にアポロに対する関心が失われていく事への徒労感だったり、長期にわたる過酷なミッションの代償としての家庭崩壊という厳しい現実だった。

 そして何よりアポロの<その後>を端的に象徴するのは、人類最初のムーンウォーカーとなったあのニール・アームストロングが隠棲してしまったという事実だ。何が彼を追い込んでしまったのか?彼がアポロ計画で採用された宇宙飛行士の中でも、誰からも好かれるような人好きのする人間ではなかった事は確かで、性格的な事もあったかもしれない。

 人類最初の月面着陸という偉業の後に「あなたは本当は月に降りたっていないのではないか?」という捏造説論者による悪意に満ちた追求に、他の宇宙飛行士以上に悩まされたことも大きな一因だろう。そしてまた性格的な事にもよるだろうが、決して信仰をもたらすような神秘な体験をしたとは思わない現実主義者であった事も、彼をさらに社会から遠ざける原因となったかもしれない。それだけ<人類最初の>という冠がつくムーンウォーカーの言葉を、今なお期待する人々が世界中にいるのだ。著者も僕もそのうちの一人だ。

 しかし一人また一人とムーンウォーカーがいなくなったとしても、アームストロングは口を閉ざしたままだろう。おそらく月面着陸のミッションが再開するのをもっとも歓迎しているのは彼かもしれない。月旅行や月面着陸、火星などの惑星への旅行が当たり前のようになり、彼に対する世界中の関心が薄まる事こそが彼の夢想するところだ。

 <静かの海>には月の記憶が残っている。大気がなく風化する事がない月面には、あの「人類にとって大きな飛躍」である彼の一歩が今も刻まれている。月は次のムーンウォーカーの到着を待っている。
(2007/2/1初出)


(参考)
 「アポロとソユーズ 米ソ宇宙飛行士が明かした開発レースの真実」(デイヴィッド・スコット+アレクセイ・レオーノフ)
posted by アスラン at 12:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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