2007年01月27日

密室と奇蹟 J・D・カー生誕百周年記念アンソロジー

 昨年がジョン・ディクスン・カーもしくはカーター・ディクスンの生誕100周年だったそうだ。一昨年がエラリイ・クイーンの生誕100周年だったから、彼らは単に活躍した時期を同じくしただけではなく、本当に同世代だったのか。ちょっと驚きだ。

 昨年末にかけこみで出版された本書以外に特に記念出版やイベントの話は聴かないので、エラリイ・クイーンの時の賑わいとは違って非常に地味な盛り上がり方ではある。

 ただし、今や本格ミステリーの愛好家にとっては、エラリイ・クイーンに次いで人気がある海外作家と言える。いやエンターテイメント全盛の今日では、クイーンをしのぐと言っていいのかもしれない。何せ長編の数を比べてもクイーンの二倍以上はあり、かつては絶版入手不可の代名詞だった諸作品が次々に新訳で出版されている。カーのファンならずともあらたな読者が増えている証拠だろう。

 カーという作家は多彩な仕掛けで楽しませてくれたミステリー界の職人だ。一般には不可能犯罪、特に密室にこだわった作家と言われたり、横溝正史に多大な影響を与えたおどろおどろしい怪奇趣味に満ちた作風が特徴と言われることが多い。

 でも奇抜なトリックや怪奇な舞台装置を編み出す想像力もさることながら、語り口のうまさが何よりの持ち味だ。ストーリーテリングの才能をいかして、後年は中世を舞台にした歴史ミステリーというジャンルを切り拓いた。「火よ燃えろ!」や「火刑法廷」では、現代と過去を結びながらSFでもファンタジーでもない、まごうかたなき本格ミステリーを実現するという離れ業を成し遂げている。

 横溝の諸作品が奇妙に飾り立てられた死体で彩られるのに比べると、カー作品での死体は生真面目にも地味な物体に過ぎず、グロテスクといった印象からも遠い希薄な存在だ。その代わりに部屋そのもの、館そのもの、あるいは中庭・街路などありとあらゆるものが怪奇趣味と不可思議さに彩られる。

 裏表のある複雑な人間関係を描いたクリスティや精緻な推理に頼ったクイーンは、単調になりがちな閉じた舞台設定を回避するために、片やハーレクイーン趣味の観光地を探偵に旅させ、片や都会の象徴とも言える野球場やら劇場、デパート、病院といった大衆が存在する場所に探偵を配置することで、読者の興味を繋いだ。

 しかしカーの想像力には単調という言葉は似合わない。様々な舞台とトリックと、そして無から不思議を作り出す魔術的な手際をもちあわせているからだ。倫敦塔や臘人形館などは現代ではただの観光地に過ぎないのに、カーの手にかかると中世の血塗られた歴史が現前するかのような雰囲気が醸し出される。これはいまどきの遊園地も敵わないちょっとしたアミューズメントだろう。

 多作なカーの諸作品の頂点に立つ「三つの棺」では、館の一室で密室殺人が発生した同時刻に、遠く離れた街路で3方向に逃げ道のない、語義に矛盾する<開かれた>密室が形成される。これなどは単に密室だ不可能犯罪だと呼ぶだけでは足りない。まさに「密室と奇蹟」なのだ。

 この玄人受けする作品群と戯れたがる現代ミステリー作家は数多くいるようで、本書は生誕百周年の企画に我先と飛びついた、いずれ劣らぬカーマニア(車好きではない)たちによる秀作短編集だ。筆者たちの作品をたぶんまったく読んだことがないので、作家に惹きつけられて読んだわけでもないのだが、一読して驚いた。どれもこれもよく出来ている。おそらくカーのファンを自認する彼らがここぞとばかりに労力を惜しまず作家としての引き出しをあけまくって作ったような感じがするのだ。

 特に「ジョン・ディクスン・カー氏、ギデオン・フェル博士に会う」の芦辺拓は、あとがきにも書いているように、自作のために集めていた資料を使いまくって、カーが戦時下にBBCのラジオドラマに携わっていた当時を舞台にしたミステリーを作った。ラジオドラマが劇中劇として組み込まれ、その上でカー自身が探偵役となって事件を解決する。しかも冒頭で明らかになるラジオドラマ自体の瑕疵(時代考証があってない、主要登場人物が途中から出られなくなるなど)を見事な手際で回避するのだ。これにはうならされた。

 「少年バンコラン!夜歩く犬(桜庭一樹著)」は、バンコラン少年が乱歩の小林少年のように初々しい。そして起こる殺人とムーランルージュでのドタバタ。人面犬の謎ときが、いわゆるトンデモ本と言われる「魔女の隠れ家」の結末を思わせてご愛敬だ。

 「忠臣蔵の密室(田中啓文著)」は、忠臣蔵の史実をまげて、討ち入りしてみれば吉良上野介が密室(炭小屋)で殺されていたという意外な設定だが、解決の仕方はオーソドックスで味がある。なにより歴史愛好家のカーが忠臣蔵に影響を受けていたというラストの記述には笑わされた。これだけでも読むに値する一編だ。

 「鉄路に消えた断頭吏(加賀美雅之著)」は鉄道の客車内で起こる密室殺人だ。いまでこそ鉄道での殺人はミステリーとして珍しくないし、密室というのも数多くありそうだが、果たしてカーに鉄道を舞台にした作品があっただろうか。意外にないような気がする。それでいて解決方法がカーっぽい。ただしこれはトンデモに分類される作品群でのカーっぽいのだ。見どころの一つはフェル博士とバンコランとのありそうでなかった競演だ。

 「ロイス殺し(小林泰三著)」はミステリーというよりはスリラーで、「幽霊トンネルの怪」は例の不可能犯罪課シリーズを元ネタにした短編だ。三人のデブ婦警がそろった交通課(通称D三課)で三人とも「佐」の字で始まる名字なので体格に合わせて「大佐・中佐・少佐」と呼ばれている。その上で大佐は名前が弥生(March)いうコテコテの洒落だ。何が洒落かって?もちろんオリジナル作品の「D三課のマーチ大佐」に倣ったのだ。

 ひとつ飛ばして「亡霊館の殺人(二階堂黎人著)」は、カーター・ディクスン名義の「白い僧院の殺人 」のように雪で作られた屋外の密室で殺人が起こる。違うのは衆人環視という点だ。解決はあっさりとしたもので、しかもトリックの元ネタは「フランスのカー」と呼ばれるポール・アルテの作品から流用したそうだ。アルテの作品には重大な瑕疵があって、ちょっと調べれば簡単にありえないと言われるトリックだったらしい。それを改変したのが本編で、その意味ではアルテの作品も合わせて読むと面白いかもしれない(いやそれほど手間をかける必要はないか。)

 ひとつ飛ばしたのには理由がある。本書最大の問題作が「ジョン・D・カーの最終定理(柄刀一著)」だからだ。カーが生前、実際に起きた未解決事件をファイルして、それぞれに解決のためのメモを加えたものが残されているという設定だ。カーには歴史上の事件を実際に推理した作品もあるだけに本当にそういうファイルがあるのかと信じそうになった。

 夫の恨みを晴らそうと宙に向けて打った老婦人の銃弾が、遠く離れた看護施設にいる仇の命を奪う。この事件を解いたカーが残したメモには「有向グラフ」や「円周角」といった用語が使われる。

 カーのマニアが集う学生サークルの合宿先を舞台にして、カーのメモから未解決事件の真実を解き明かす推理ゲームと、現実に起こる密室殺人が生み出すサスペンスとがうまく配分されている。

 構成が非常に凝っている。先ほどの未解決事件は言わば食前酒で、サークルのメンバーたちが知恵を絞って解き明かすが、さらに彼らはタイトルにある「最終定理」と呼ばれる人体発火事件の謎解きに挑戦する。

 ここにもメモに「五角形」というキーワードがあり、先ほどのメモの「有向グラフ」といい、カーの残したメモにしては数学的な記述に偏っているし、解決もかなり技巧的だ。カーらしさよりも著者の嗜好がより強く感じられるところが少し残念だ。しかし作品自体の完成度は高く、ラストまで現実の殺人の犯人当てを引き延ばす演出もなかなかなもので、読みごたえがあった。

(参考)
 明智小五郎対金田一耕助 芦辺拓

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posted by アスラン at 00:24| Comment(2) | TrackBack(1) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは!
TB有難うございます♪
粒ぞろいでとても楽しめるアンソロジーでした。
「ジョン・D・カーの最終定理」はどこまでが事実なのかわかりませんでした。カーなら実際の事件も推理していそうに思えます。

Posted by samiado at 2007年01月28日 00:04
samiadoさん、コメントありがとう。

 あのくらい水準の高いアンソロジーなら大歓迎ですね。

 カーには毒殺魔を題材にした作品が何作かありますよね。だからきっと中世などの歴史だけでなく、現在の犯罪史も関心があったんじゃないかと容易に類推できますよね。だから一瞬信じそうになりました。
Posted by アスラン at 2007年02月05日 02:34
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Excerpt: 表紙でヒゲの素敵な紳士が微笑んでいます。これこそ昔々、初めて読んだポケミスの裏表紙で見た顔、ディクスン・カーです。昨年はJ・D・カー生誕百周年だったそうで、これは記念アンソロジーです。ディクスン・カー..
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