2006年12月12日

金田一耕助の冒険1 横溝正史

 市川崑監督による「犬神家の一族」のセルフ・リメイクが先週末から公開されて再び三度横溝正史作品に注目が集まっている。

 僕が書いた映画の記事にトラックバックしてくれた人のブログに訪れてみると、かつての「犬神家の一族」への熱い思いを語る人や、石坂浩二の再演を歓迎する積年のファンがいるかとおもえば、今回初めて見て、誰が犯人なのかわからずドキドキしたと僕にはうらやましい感想を書いてる人もいる。
 なかには金田一耕助も知らない若い世代の人が、「なんとフケ症の探偵なのよぉ」みたいに書いているのには思わず微笑んでしまった。まったく昔日の感に堪えないとはこのことだろう。何しろ前回の大ブームから30年も経っているのだから。

 つい先日、書店で横溝正史自選集という単行本が2冊平積みされているのを手にとった。自選というからには生前に選んでいたのだろうが、この企画自体再刊なのかもしれない。並んでいた2冊は、「本陣殺人事件・蝶々殺人事件」と「犬神家の一族」である。他のラインナップを確かめてみると「獄門島」や「悪魔が来たりて笛を吹く」など、やはりファンが選んだのと変わらない代表作が勢ぞろいしていた。

 本書は、角川文庫から出ている数ある著者の作品の中では、あらかじめ短編集と意図して書かれた作品からなる。タイトルの「冒険」には、さして内容との関わりはなく、おそらく本格ミステリーの本家であるクイーンの短編集「エラリイ・クイーンの冒険」に倣ったものだろう。ご丁寧に本家同様、その2まで出版している。

 短編のすべてのタイトルに「〜の女」がつくように、何らかの形で女性が絡んだ事件ばかりを描いている。そのせいか、少しばかり艶っぽいというか、あけすけな性風俗の描写もあり、大人向けのややスキャンダラスな読み物という感じがした。

 事件の現場はほぼ東京で、金田一の相方を警視庁捜査一課の等々力警部がつとめている。私立探偵である金田一耕助が等々力警部のいる(おそらく)警視庁に日参してくるのは、牧歌的な探偵と警察の関係が生き残っていて古めかしいと同時に微笑ましい。

 冒頭な「霧の中の女」では銀座の宝石店で強盗と殺人が起こるし、「鏡の中の女」では吉祥寺の閑静な住宅地にある洋風の一軒家前で殺人を予感させる血痕が発見される。棹尾の「檻の中の女」では、隅田川の水上で夜間哨戒中の警視庁のランチが、犬の檻につながれて意識不明の女性を乗せた船を見つける。なんとも怪しげで乱歩ばりにエロティックなシーンだ。

 しかしエロティックとは言ったが、ここに描かれた東京の風景が昭和20〜30年代の戦後風俗に則って描かれているので、どこかに懐かしさとおおらかさが感じられる。

 それにあわせるかのように、著者の筆致も精妙・リアルとは無縁の、講談でも語るかのような話体でゆるやかに書かれている。どうも探偵である金田一からして日頃から大あくびをしてのんびり構えているような男に描かれているから、映像化された横溝作品のグロテスクさとは一線を画した味わいがある。著者は稀代のストーリーテラーではあったが、探偵小説にしても推理小説にしても娯楽である事をわきまえて、決して現実をそのまますくい取るように精妙に描くなどという今風の無粋な作品は作らなかったと言っていい。

 さて、角川文庫の「本陣殺人事件・黒猫亭事件」を読んだ時にも、著者の短編のトリックや謎の核心がその後長編に使われている事を目の当たりにしたのだが、今回の短編の中にも長編で使われた設定が見られる。先の紹介した吉祥地の洋館の話だが、ショックで記憶を失った青年が唯一記憶に残る首から上だけの女性の顔の印象というのも、なんとなくその後の「病院坂の首縊りの家」に設定が発展的に使われているような気がした。

 そういえば、著者の生原稿5000枚が旧宅で見つかったという記事が2ヶ月前に新聞に掲載された。著者は日頃から雑誌に載った短編を長編に仕立て直すなど、何度も何度もねばり強く気に入るまで書き直す性分だったらしい。短編で出したアイディアを使い捨てにせず、長編として見事に昇華している事が短編を読んでわかるというのは、愛読者にとってはちょっとしたおまけのようでうれしい。

 この短編集は角川の携帯サイト「文庫読み放題」で少しずつ読んだものだ。さて、次は何にしよう。やっぱり「犬神家の一族」。これしかないでしょう!

(参考)
「犬神家の一族」あるいは石坂金田一最後の事件
本陣殺人事件/車井戸は軋る/黒猫亭事件 横溝正史
本陣殺人事件 横溝正史

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posted by アスラン at 12:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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