2006年12月02日

アンフェアな月 刑事雪平夏見 秦建日子

 昨年だったか一昨年だったか評判の推理小説があると知って図書館で予約した。その名も「推理小説」。名前が表すとおり推理小説というジャンルの常識を逆手にとった推理小説とも言えるし、推理小説好きのための推理小説とも言える。いや、推理小説ファンだけが楽しめる玄人受けする推理小説ではなくて、日頃推理小説を読まない人にも楽しんでもらうための、万人受けする推理小説を著者は狙ったのかもしれない。

 著者の意図はどうであれ、話題性十分の「推理小説」は好評だったらしい。なかなか順番が来なかった。ようやく入手して読んだ感想としては、テレビドラマの脚本を書く人らしい、絶えず人を飽きさせない工夫がなされていた。まず冒頭から変わった女刑事が登場する。異常な殺人が行われる。現場には「アンフェアなのは誰か?」という挑発的で意味不明な犯人の痕跡が残される。1つの謎は単にひきのばすのではなく、立て続けに起こる殺人によって謎に謎が積み上げる事で読者の期待を煽っていく。

 これで結末がしょぼかったら台無しだが、当然ながら結末は意外な犯人を指し示めす。意外な犯人である事はミステリーではお約束なので、「意外な犯人であること」は意外ではない。そう考えると「推理小説」という本は、推理小説の常識を逆手にとったわけではなく、推理小説の常識を読者に意識させる推理小説のようだ。つまり推理小説ファン(特に本格ミステリーファン)にはおなじみの「ノックスの十戒」のようなお約束に、作家も推理小説ファンも縛られているという事を、著者は万人の読者に提示してみせた。ミステリーの常識って変わってるでしょ?って感じで。

 「犯人である事を示す証拠は探偵だけでなく読者にも示されていなければならない」だとか、「犯人は執事や家政婦ではあってはならない(主要な人物でなければならない)」とか、「登場していない人物を犯人にしてはいけない」だとか、およそエンターテイメントを提供する側からすると余計なお節介な制約に違いない。

 読者にしても、本格ミステリーファンならいざ知らず、面白ければ何でもありのエンターテイメントのジャンルとしては、余計なお節介どころか何を言ってるのかちんぷんかんぷんだろう。

 ドラマ「アンフェア」は、原作のもつ推理小説というジャンルへのこだわりを捨てて、ひたすら煽情的なストーリーと魅力的なキャラクターとを際立たせる事に重きをおいた。だから原作にない犯行や原作にない犯人、原作にない動機を付け加えた。と同時に、ヒロインだけでなく、周辺の関係者すべてをヒロインのキャラクターに見合うだけの個性的な人物像に一新した。

 原作を読んでいた僕はドラマを楽しみにしていたのだが、見て戸惑った。こんな話だったっけ?ドラマ放映時にはすでに原作の内容はうろ覚えだったので再読する事にした。ドラマが始まると、図書館で借りるのに一苦労するのは言うまでもない。ようやく再読した結果わかったのが先ほどの違いだ。

 ドラマ冒頭で篠原涼子扮する雪平夏見が真っ裸で寝てるシーンは、ドラマの演出かと思ったら原作からの設定だった。つまりは原作では何気なく書かれていて読み流していたが、映像になって初めてこんなにも際立ったヒロイン像である事に気づいた。

 名前からして姓は「雪平」なのに名が「夏見」と人を食っている。そもそも著者だって名前を一見しただけでは誰もが女性だと思うだろう。読みが分かると今度は間違いなく男性だと分かる。おそらく意図的に決めたペンネームだろう。「アンフェア」に対する著者のこだわりは、小説の枠内に止まらないという訳だ。

 今回の作品は、スペシャル版のドラマ放映と合わせて出版されたので、僕のDVDレコーダーにはドラマが録画されて待機している。見てから読むか読んでから見るか。本好きの答えの出ない問いかけだ。ミステリーのようにネタ割れするものは特に悩む。しかし借りた以上は読まねばなるまい。

 本書では、前作の連続殺人とはうってかわって誘拐を描いている。ただの誘拐ではない。乳児誘拐だ。生後三ヶ月の子供が誘拐され、誘拐犯が身代金を要求すれば、これは雪平夏見刑事が活躍する事件ではないが、誘拐犯は警察が介入してきた事を知りつつ、雪平刑事を電話係に指名してくる。その意図は何か?そして犯人は誰か?そしてそして小説「推理小説」の続編であるからには、「推理小説」の常識の裏の裏をかくような仕掛けがあるはずだが、それは一体何か?

 仕掛けが気になるところだが、前作もそうだったよう、今回もあっけない幕切れで、謎が明かされて「やられたぁ〜」という感じは実はそれほどしない。しかし「なるほどそうきたかぁ」と関心させられる結末になっていて面白い。

 面白いと言えば、前作を読んだ時はヒロイン雪平刑事のキャラがそれほど立っているとは思えなかったのだが、今回はあきらかにキャラが立っている。というか、もう雪平夏見=篠原涼子としか思えない。イメージが確立してしまった。逆に著者自身も篠原涼子のドラマのイメージを念頭に書いているとしか思えない。セリフ一つ一つに篠原涼子の凛々しい男まさりのトーンがこだましてくる。

 小説を読み終わったらドラマは不要という訳ではない。やはり小説とテレビドラマとは表現方法がちがう。どう演出してるのかどう映像化してるのかは気になる。いや何より一点だけすごく気になる事がある。ドラマの続編としては登場できないはずの人物が、本書には登場するのだ。という事は、小説とドラマそれぞれで著者は設定分けして書いている事になる。
 他にも設定分けはいくつか見あたるが、例えばドラマでは母親の犯人射殺がトラウマになって声がでなかったにも関わらず、最後に「ママ大好き」と言ってのける夏見の娘は、小説では声がでるようになったが「お母さんの事嫌いでも死んでもいいとは思ってないからね」とかなりひねくれた甘え方をしている。ここらへんもどう描いているか。やっぱり早くドラマを見ようっと!

 と思って、ここまで書いたところでドラマを自宅で再生したところ、内容が全然違うと気づいた。「コードブレーキング 暗号解読」だって。違う違う、全然違う。なんだ、小説とドラマはすでに前作から枝分かれしてしまったようだ。いわゆるパラレルワールドと言っていいかもしれない。いやひょっとして映画化されるという話だから、本書が映画の原作なのかな…。またもや違った。映画はスペシャルドラマの続編になるそうだ。

 なんだか分からないが、少なくとも録画したドラマを見る必然性ははっきりした。だって小説とは違うんだから。それにしても…。

 この世の中、フェアな事なんて一つもない。
 目には目を、復讐には復讐を。
 アンフェアにはアンフェアを。

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posted by アスラン at 16:19| Comment(0) | TrackBack(1) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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アンフェアな月 著者:秦 建日子
Excerpt: ≪採点(読むなび!参照)≫ 合計:96点 採点内訳へ ≪梗概≫ 生後3ヵ月の乳児が誘拐された。まもなく犯人から「娘に見合うだけのものを急いで用意しろ」との不明瞭な要求が。誘拐犯の目..
Weblog: 読むなび!(裏)
Tracked: 2006-12-17 19:45
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