2006年11月27日

月館の殺人 佐々木倫子(漫画)・綾辻行人(原作)

 漫画誌に連載するという広告を見たのが一年前だっただろうか。心細げなヒロインが旅先で殺人事件に巻き込まれる。イラストからは、そんないたってありきたりな筋立てが思い浮かんだが、なにしろサービス精神旺盛な稀代の本格ミステリー作家と、個性的で独特な間(ま)を漫画で表現できる孤高の漫画家とのコラボレーションである。この二人がやるからには何かある。ありきたりではすまさないとびきりの作品が出来上がるのではと、期待していた。

 とは言え、連載に付き合う暇も余裕もないし、毎回毎回、次の発売はいつかしらと待たされるじれったさは「バナナフィッシュ」の単行本待ちで懲りたから、単行本が完結するのを今か今かと待っていた。

 上下巻が店頭にならんだときにすぐに買えばよかったものを、少し買い控えていたら下巻が見当たらなくなった。自宅ちかくの書店にもないし川崎駅前の有隣堂にもない。あせった。売り切れか?売れるんだからとっとと刷れよぉ。でもないんだよぅ(涙)。

 幸い会社近くの漫画専門の書店で大量に見つけて事なきを得た。それから当然ながらすぐに一気に読んだ、わけではない。いつものようにそのとき図書館で借りていた本が優先され、買った本は漫画と言えども後回し。ついつい書棚の肥やしになるところだった。

 それがようやく最近、ナイトキャップ(寝酒)代わりの読書となった(と言っても元々酒は飲まないが)。枕元で毎日少しずつ少しずつページが減っていくのを惜しむように読んでいって二週間ほどかけただろうか。まさに至福の時間だった。

 さきほどありふれた筋だてを想像したと書いたが、本格ミステリーファンにとっては見慣れた舞台が用意される。それは「鉄道」である。これほどミステリーやサスペンスドラマと仲良しの題材もない。いまなお2時間ドラマでは時刻表を使ったアリバイトリックは廃れていないし、旅情と"旅の恥は掻き捨て"式の素人探偵との取り合わせは絶妙の趣向と言える。

 しかしそんな親父・おばさん・ご老人の趣味を満足させるために、先の二人がコラボレートしているはずもなく、そこは金田一シリーズばりの大仰な仕掛けが用意されている。

 「鉄道」とくればミステリーファンにとって外せないのは「オリエント急行」だ。かのミステリーの女王アガサ・クリスティの代表作の舞台になったヨーロッパを縦断する大陸列車だが、なんと今回の舞台となる列車がオリエント急行なのだ。と言ってもヨーロッパを旅するのではなく、北海道の路線を走る特別仕立ての列車という趣向だ。ただしクリスティ作品同様、雪がふぶく夜をひた走る。どこへ向かうか?それが「月館(つきだて)」だ。

 車中で殺人が起こるわけだが、頼りないはずの女子高生・空海(そらみ)が頭を振り絞って状況を判断すると、「これって密室?」という事になる。そう密室だ。本格ミステリーにつきものの「密室」で行われる殺人。無自覚にも素人探偵になろうとするヒロイン空海は色めき立つ。そしてもちろん僕ら読者も。

 しかし肝心の他の乗客たちは密室に驚きもしなければ、殺された被害者に関心を寄せるふうでもない。何故か?何故なら、空海を除く乗客五名は「テツ」だからだ。「テツ」イコール鉄道マニア。そのきわめて自己チューで身勝手な人種の中でもとびきり身勝手な「テツ」が五人も揃って乗車している。これが本作の中で最大級の仕掛けだと言える。

 単なる鉄道ミステリーのジャンルを再現するのではなく、鉄道マニアを同乗させることでマニアックな鉄道の蘊蓄が全編で語られる。これは間違いなく、本格ミステリー黄金期の作品に特徴的な「衒学趣味」をパロディーにしているのだ。

 しかもこの五人のテツが佐々木倫子ワールド全開で、殺人を物ともせず、我が道を行くと言わんばかりに勝手なふるまいをする。彼らがなにやら不可思議で間の抜けた雰囲気を漂わせるので、ミステリーとホラーのぎりぎりのせめぎ合いから生まれる綾辻行人ワールドならではのサスペンス感が損なわれるかと思いきや、そんな事は決してない。

 元々綾辻の館シリーズの世界観は、現実のどこにでもある日本の風景を取り入れておきながら現実にはない世界を、ある時は館の中に、ある時は山に構築する。つまり館や山の中に一歩踏み出せば、それは幻想の世界、虚々実々の出来事が起こりうる世界なのだ。だからこそ人ならぬ「殺人鬼」が住み着く双葉山が綾辻ワールドには地続きで存在する。空海の前に姿を現す、祖父の顧問弁護士が「こんなに歩いたのは双葉山の遠足以来…」とつぶやくのはもちろん漫画ならではのお遊びだが、お遊びだけでないサスペンスも演出している。なぜなら、車中の一つの殺人は、やがて殺人鬼による連続殺人、大量殺人へと繋がっていくからだ。

 そう、やがて「オリエント急行の殺人」は、「密室」を経由して、「吹雪の山荘」のテーマへと転調していく。つまりは「そして誰もいなくなった」だ。同乗の乗客と乗員の中に犯人はいる。だが誰もが不確かなアリバイしかもたず、誰もが犯人の可能性があり、すべての人間は疑心暗鬼に陥る。

 さらにさらに原作者は手をゆるめない。殺された一人の手には犯人の素性を示すかと思われる、あるものが残される。ダイイングメッセージだ。黄金期を代表するエラリー・クイーンが得意とする手法は、真実味があるやり方かどうかは別にして、殺人をある形に「見たてる」事に他ならない。殺人が「単なる死体」を目の前にゴロッと提示するのではなく、読者に限りない想像をかき立てる一つの舞台装置を提示する事になるわけだ。

 本来は、のほほんと浮世離れした作風を得意とする佐々木倫子は、本作でメリハリのきいた演出をしている。テツや空海の間の抜けたキャラクターが「動物のお医者さん」のドタバタそのものを演じる一方で、吹雪の夜をイメージしたモノトーンを基調としたシリアスパートを挿入することで、原作のサスペンスをよりいっそう引き立てる事に成功している。

 これだけのものを作るのにはさぞかし漫画家は苦労しただろうな。下巻の末尾にはあとがきに代えて、著者の4コマ漫画風のメイキング話が載っている。ここでも著者自身のほんわかさはよく出ているが、原作者・綾辻行人とのコラボレーションがどんなにやりがいのあるものだったかが、なんとなく伝わってきてほほえましい。できれば続編をと期待してしまうのだが、無理でしょうかねぇ、お二人さん。

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posted by アスラン at 12:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
佐々木倫子さんの漫画が好きなので読んでみたいですね。まだ版元には在庫があるのかしら。明日オーダーを入れてみようかな。
余談になりますが、佐々木女史の『動物のお医者さん』の菱沼女史に似ていると言われた暗い過去があります・・・・・・。
Posted by rago at 2006年11月27日 21:09
今なら、書店にちゃんと上下巻そろっておいてあるのを確認しました。

らごさんが菱沼さん!
わかるような気が…。失礼m(. .)m
Posted by ellery at 2006年12月11日 03:27
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