2012年06月19日

先崎学のすぐわかる現代将棋 先崎学/北尾まどか(2012/5/17読了)

 うちの息子が将棋を始めて一年と数ヶ月が過ぎた。息子の将棋好きは途切れる事なく続き、割と順調に将棋の実力(棋力と言う)もついていった。もう僕の出番はない。どうやっても勝てないから、あとはサンドバッグ代わりに相手をしてあげるだけだが、生意気にも終わった後で感想戦(対局が終わった直後に対局者同士で勝敗の分かれ目などを分析しあう)をやって「ここでこう指せばよかったんだよ」などと言うものだから、いつも親の面目をかけて「もう二度とお前とは将棋を指さない」と言って息子をあわてさせる。ママには「大人げないからやめなさい」と言われるが、ゲームなんだから大人げないもへったくれもないだろう。

 しかし子供以上に将棋の面白さにはまってしまったのは僕の方だ。携帯から将棋のライブ中継(盤面がリアルタイムで進行していく)サイトにアクセスできるように契約して、毎日のように素人考えで、ああでもないこうでもないとプロの指し方を観戦している。それと本だ。少しでも強くなって息子の天狗の鼻をへし折ってやるなんて野望は持っていないが、少しは見事な指し回しをして鼻をあかしてやりたいとは思っている。でもおそらく手遅れだろうな。二度と追いつかない。それよりも将棋の楽しさを味わう本を選んで、できれば読み尽くしてやろう。こちらの野望の方は息子の方も手出しはできないだろう。

 今の将棋本のほとんどはプロ・アマ問わず、今の実力をステップアップさせるための入門本、解説本がほとんどで、これは「初心者向け」の本をのぞけば、僕には歯が立たない。先崎学という人はもちろんプロの将棋指しだが、文才とユーモア感覚のあふれている、将棋界でも希有な存在だ。彼のエッセイは読みやすく、本来取っつきにくい将棋の世界を垣間見ようとするにわかファンが楽しむための入り口として最適だ。ただし、今回の本はエッセイではなく、先崎さんにしてはめずらしくまじめな「現代将棋解説本」だ。

 「現代将棋」というキーワードは頻繁に使われる。これは、たとえば「近代将棋」という時の意味とはまったく違う。近代あるいは近代化というのは単に制度の問題であるし、経営の問題とも言える。400年前に徳川家将軍のお抱え棋士として始まった名人制度は、近代においては日本将棋連盟という民間の団体によるプロ同士の勝負という仕組みにとってかわった。

 しかし本当の意味で将棋というゲームが近代化するには、戦後の世代交代が不可欠だった。将棋には〈羽生世代〉という言葉があるが、彼らが活躍する以前の将棋は今とは指し方が違うだけでなく対局の様子もかなり違っていた。将棋は序盤で駒組を行う。手筋にしたがった指し方をお互いが順番にするのが当たり前で、序盤で対局者や関係者が会話する事もふつうの光景だったようだ。また、対局の前後で対局先の宿屋で麻雀をする事もあった。つまり以前の棋士たちは「切ったはった」を渡り歩く勝負師たちの真剣勝負だった。

 そういう時代の伝説となったのは大山康晴のような人物だ。彼が得意としたのは中飛車だった。かつての、というか今でもそうだが、伝統的な中飛車では角道を歩で止める。徹底的に相手の攻撃を受けて、カウンターを仕掛けるというのが従来の中飛車のイメージだった。この息が詰まるようなかたぐるしい中飛車のイメージは大山康晴という巨人が作ったものと言っていい。と著者・先崎さんは書いていたはずだ。

 ところが時代は変わる。巨星がこの世から去り、風通しがよくなった将棋界に「現代将棋」の革命が次々と訪れる。もう対局の場で会話を交わす事はなくなった。序盤は駒組みをするだけなどと安易な事をいう棋士はいない。序盤で少しでも有利な陣形を構築するために、攻撃・守りを同時に組み立てて中盤につなげ、終盤を乗り切る戦法が求められるようになった。そこから逆転の発想のように生み出されたのが、現代将棋だ。

 この本では「ゴキゲン中飛車」「石田流三間飛車」「角交換振り飛車」を中心にして、現代将棋の最新流行の一端を分かりやすく紹介してくれる。そもそも僕のように将棋1年目の子供に負けるような人間が読むにはやや難しい。読んで意味はわかるが、指せと言われても到底させない。でも「ゴキゲン中飛車」がどれほどゴキゲンな戦法なのかが、この本で初めて理解できた。なんとゴキゲン中飛車の名付け親が先崎さんなんだそうだ。

 将棋ファンなら知らない人はいないゴキゲン中飛車の発明者は近藤正和六段だ。彼は日頃からニコニコと笑顔で楽しそうに将棋を指す。その人柄が乗りうつったような振り飛車の戦法は、それまで角道を止めて盤面から動きを奪ってきた中飛車の概念を一変させた。なんとゴキゲンな戦法ではないか。だから先崎さんははっきりとは言わないが、ゴキゲンなのは開発者の近藤さんの「ゴキゲン」だけでなく、一時代を築いたがゆえに中飛車から楽しさを奪ってきた巨星に対する批判も込めて、ネーミングの意味を僕らに伝えているのだ。

 そう思うと、是が非でもゴキゲン中飛車の「ゴキゲンさ」を味わいたくなってくる。自分では指せないくせに、どう指すとどうゴキゲンかを本書で味わい尽くす。それに「一手損角代わり」って日々当たり前のようにプロ棋士の間で指されているにも関わらず、なんで「角がわり」するの?なんで「一手損」なの?いや、一手損していいの?みたいな馬鹿な疑問でも、先崎さんの柔らかな解説を読んでいくと、なんとなく分かったような気になってくる。そしていつか「ゴキゲン中飛車」を指し倒して、うちの息子に「やったね、お父さん」と言わせるか。いや「ばか、ばか、ばか、なんで勝つんだよ」と言わせてみるか。それもまた夢の夢だ。

 そういえば、最近うちの息子は千駄ヶ谷の将棋会館の将棋スクールの帰りに、「なんかさ、教えてくれる先生の本を下(の売店)で買ってくれば、先生がサインしてくれるみたいだよ」と言い出す。へぇ、なんで知ってるの?「だって、誰かが買ってきた本にサインをお願いしてたの」。ふーん。でもさ、本を書いてる先生いるのかなぁ。若手の先生とかだと、まだ本なんて書いてないでしょ。どの本なの?

 「これ、これ」、息子が指さす。「『ゴキゲン中飛車入門 近藤正和六段』とか」。えっ?えぇぇぇっ!
あの近藤先生が、ゴキゲン中飛車の近藤六段だったの?確かにゴキゲンにニコニコ笑っているなぁ。ちょっと待って。僕がこの次に本を買ってサインをお願いしてしまうかもしれないぞ。
posted by アスラン at 19:48| 東京 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
近藤和正六段→近藤正和六段
Posted by K.M at 2012年06月20日 12:00
K.Mさん、ご指摘ありがとう。

昼休みに読み直していたら気づいてあわてて直したんですが、間に合いませんでしたね。
とうに将棋フリークの方々にはばれてしまっていたようで、面目次第もありません。近藤先生にも大変失礼いたしました。
Posted by アスラン at 2012年06月20日 12:34
若島正さんに将棋を教わりましょうよ
Posted by カンダタ at 2012年08月14日 07:21
カンダタさん、コメントありがとう。

いやあ、痛いところを突かれましたね。
実は最近まで、批評家の若島正さんが将棋の分野でも才能をふるっているとは全く知らなかったんですよ。「将棋本を読み倒す」という壮大な夢を抱いてから初めて気づいた次第。

今のところは、詰め将棋の本を敬意を持って読ませてもらうにとどめておきます。
Posted by アスラン at 2012年08月15日 02:35
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