2012年06月08日

シタフォードの秘密 アガサ・クリスティー(2012/5/19読了)

 登場人物が多く、人間関係を把握するのに手間取る作品だ。大雪の中、退役した大佐が殺され、当初は物取りによる偶然の犯行かと思われたが、次第に計画殺人の可能性が疑われ、容疑者のすべてが洗い出されていく。すると、大佐の遺産の受取人である親族が山ほどでてくる。大佐の管理するアパートのたなこである間借り人など、これまた容疑者が増えてしまう。

 それを整理する役目をいったい誰が負うのか、名探偵役が誰なのかというと、これがなかなか見あたらない。前半は警部がねばり強く慎重な捜査を進めていくが、結局は犯行当日に大佐のすむ町に出向いて身元を隠して宿屋に宿泊していた大佐の甥っ子を、捕まえるべくして捕まえてしまう。

 そこから探偵役がチェンジして、その甥っ子のフィアンセである女性が奮闘する。人を誘導する術にたけた彼女は、打つべき手を打って、素人ながら見事な捜査を行って真相に肉薄していく。それには手足となって動き回ってくれる相棒が必要だ。都合のいい事にうかうかと特ダネをもとめてやってきた若き新聞記者を籠絡して、彼女はともに行動する事を青年に約束させる。

 ならば名探偵役は彼女だったかと思うと、そのうちに甥っ子と彼女と記者の三角関係が浮き彫りになって、事件の捜査のクライマックスと平行して「はたして彼女は最後にどちらを選ぶのか」というロマンスの要素も重要になってくる。言ってみれば、後年TV番組でソープオペラと言われたジャンルのTVドラマが一世を風靡したが、小さな町で事件をきっかけに右往左往する人々の姿を活写したドラマチックなストーリー構成を本作もとっている。

 だが、この作品の品ぞろえはそれだけではない。大佐から是が非でも冬の間貸してほしいとやってきた母娘が、シタフォード邸で開いたパーティで余興に降霊会を行う。「大佐が殺される」と霊が予言したことが発端となり、大雪の中で一人暮らす大佐が予言通り殺されてしまう。この怪しげでスキャンダラスな設定が読者を惹きつけやすい事はたしかだが、僕が一番感心したのは、玄人探偵(警部)と素人探偵(女性)のそれぞれが真犯人を見つけるための捜査をする場面に、本格ミステリーによくある場当たり的で単なるつなぎのような展開がひとつもないという点だった。

 すべての人物、すべてのエピソードを整然とまとめていくかのように、探偵たちは慎重に歩を進めていく。これはミステリーの描写としても見事で、名探偵ならば結末で一言で片付けてしまうような事を、本作の探偵たちは頭で考え、仲間に相談し、たちまち行動にうつす。あたかも現代のミステリーの手本となるようなライブ感に富んだ本格ミステリーが、この時期に書かれていたことが真の驚きと言えるだろう。
posted by アスラン at 13:01| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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