2012年06月07日

「蝋人形館の殺人」(創元推理文庫)ネタバレ解説

(この記事では、ジョン・ディクスン・カー著『蝋人形館の殺人』のネタバレを行っています。未読の方は読まないようにお願いします。)

 なぜネタバレ解説をするかというと、僕自身、カーの結末の付け方がよくわからないからだ。たとえばこのブログで僕はエラリー・クイーンの作品のネタバレ解説をやっている。クイーンの場合、解説の目的ははっきりしている。明瞭すぎるほどの解決にいたるまでに、著者はフェアプレイにこだわりながらどのような手際でどこに手がかりを埋め込んでいったのかを再確認したい。それだけだ。

 ところが、カーの場合はまったく異なる。結末が理解できないから手がかりを探す。これである。以前「帽子収集狂事件」のネタバレ解説を書いた。カーの初期の代表作として名高いが、僕には今一つふみこめない壁があった。犯行現場がどのようなところなのか、どのように犯行は行われたのか、あるいはなぜ死体が見学者たちにみつからないのか。わからないことだらけだった。

 そこで現代人のツールであるウェブを駆使してグーグルマップを闊歩し、ロンドン塔を旅してきた人のブログから犯行現場のロンドン塔内「逆賊門」の写真を見つけてきてはイメージを膨らませた。その結果、ようやく今までわからなかった事が完全に理解できた。その上でわかったことは、カーの作品の良い読み手になるのは生半可な事ではかなわないということだった。手がかりがあちこちにちりばめられ、しかもたった1回しか言及されない事も多いので、うかうかと読んでいると大事な手がかりを見失う。結末で探偵から説明されて初めて気づかされ、さかのぼって手がかりを探すという羽目になる。

 ちなみに「帽子収集狂事件」の犯人は意外な人物ではあったが納得はできた。だが、本作の犯人は「意外すぎてとうてい納得できない」。そこらへんを詳しくみていこう。あらすじはこうだ。

 パリの古びた蝋人形館の名物「恐怖回廊」で、うら若き女性の刺殺体が発見される。しかも彼女は回廊に展示された殺人鬼(の蝋人形)に抱きかかえられて、その男が持つ剣で刺し貫かれていた。なぜ彼女は閉館まぎわの蝋人形館にいたのか。いったい誰に殺されたのか。実は蝋人形館の隣にはあやしげな秘密クラブの建物があり、そこに行き着くための通路にでられる扉が蝋人形館にある。つまり、人目を忍ぶ女性らはこちらの扉を利用していた事がわかり、バンコランが調べてみると、扉の近くの通路には被害者が襲われたとおぼしき痕跡が残っていた。

 良家の子女である被害者とともに彼女の友人たちも殺されたことがわかり、彼女たちの交友関係が捜査の対象となる。特に彼女たちがそろって出入りしていた秘密クラブの会員の中に犯人がいるのではないかと疑われた。そこでバンコランは被害者たちの家を訪問して、親や兄弟たちへの聞き取り調査に取りかかった。すると連続殺人に見えていた事件は、秘密クラブのオーナーである暗黒街のボスによる会員への脅迫に端を発する過失致死と、まったく別の人物による蝋人形館での殺人とに分かれる事が判明する。

 恐怖回廊で刺殺された女性クローディーヌ・マルテルは、父マルテル伯爵によって殺されたのだった。動機はともかくとしてバンコランがたどり着いた推理はこうだ。

 真の殺害現場である秘密クラブへの通路で、バンコランたちは被害者の持ち物とともに「小さなガラスの破片」を拾った。

何かをかき集めると、懐中電灯の光できらりと光るそれをそっと封筒に入れた。(P.48)


ポケットから封筒を出すと、卓上に小さなガラスの破片を数個ふるいだした。
「通路に落ちてたんだよ。」と(デュラン警部に)説明する。
(P.66)


 これだけでは、いったいガラスの破片がなんなのかは手がかりが少なすぎてわからない。ただし論理的に考えて被害者が殺された時に、被害者の身につけていたものか、あるいは犯人が身につけていたものが壊れて落ちたのではないかと推理できる。いや推理できるのはバンコランが結末で「ガラスの破片は犯人の振り回した腕にはめた腕時計のガラスだった」と説明したからだ。当然ながらバンコランでさえ、当初はガラスの破片がなんなのか想像できずにいる。

 次にバンコランは被害者クローディーヌの家を訪問し、父親であるマルテル大佐から話を聞く。マルテル大佐に関する来歴と、実際に対面した際の描写は、この訪問の一度しかない。その後、マルテル大佐はなんと結末にいたるまでも登場しない。にもかかわらず、ほとんどすべての手がかりは1回限りの対面の場面に集中している。

「マルテル伯爵家は…当主も大佐という称号をこよなく誇りにしている。戦争で片腕をなくしてね。…」(P.146)


(大佐には)左腕はなく、袖先をポケットにたくしこんである。(p.151)


 ここで大佐は片腕がないことがわかるのだが、その事は結末まで二度とふれられることはない。片腕がない事は、実はガラスの破片との重要な結びつきを果たす。ナイフを振りかざそうとした犯人が腕につけた「あるもの」が壊れてガラスの破片が落ちたというのが論理的で妥当な推理である。そしてそれは腕時計だったのだが、腕時計は通常利き腕とは逆の腕につけるものなので、つじつまがあわない。しかし片腕しかない人物ならば、完全につじつまがあう。

 この作品は300頁を越える長編だが、200頁近辺でバンコランの相棒であるジェフ・マールが秘密クラブへの潜入捜査を果たす大立ち回りが挿入される。潜入捜査をジェフに頼んだ後でバンコランは妙な事を口走る。

「アリバイだ…。あれこそアリバイだったのか」さらに、「宝石はどこだ?調べ出して、当ってみないと…」(P.195)


 僕にはこれが不可解な一言だったのだが、それはバンコランの解決での一言と符号する。

「殺人犯はわざと手がかりになるようなものを残していき、推理の糸口をわざわざ与えてくれました。…」(P.284)


 バンコランの一言は、犯人がガラスの破片を故意に残していったという事実を説明しているのだけれど、「何故に手がかりを残したのか」と考えるのと同時に「アリバイとはなにを指すのか」がどうしてもわからなかった。バンコランの解決を読んだ後でも、さらには最後の一頁を読み終えてもわからない。そして再読してみて、バンコランが解決に使った手がかりをなんども本文を渉猟して見つけ出した後でもピンとこなかった。

 驚いた事に僕は、このネタバレ解説を書き上げるうちにようやく「アリバイ」の言葉の意味に気づいた。アリバイとは、通例では「犯行時刻に犯行現場にいる事はできない」という論理的な状況を指す。ところが、ここでバンコランが口走った「アリバイ」とは、犯人であるマルテル大佐が犯行現場の蝋人形館に行って娘を殺してきたという動かぬ「アリバイ」を自分からほのめかしていたという事を意味している。これは言わば「逆アリバイ」と言ってもいいだろう。しかし衝撃的ではあるが、これは読者を混乱させる一言でもある。

 そして正直に言わせてもらうと、バンコランはジェフの潜入捜査前に犯人の正体に気づいていた事になる。では、いったいそれからの100頁になんの意味があるのか。もちろん物語としては、マルテル大佐を電話先で追いつめるバンコランの「悪魔的な所業」が最後の見せ場には違いない。でも本格ミステリーとしては、すでに100頁も前に終わっているなどとはクイーンでさえ驚くだろう。

 そして、そのマルテル大佐の「アリバイ」とは、犯行現場に残されたガラスの破片のほかには、マルテル邸での会見での2カ所に〈ほのめかされて〉いる。

目の前の大佐は、電報の一部のような青い紙切れをもてあそんで、厳しい目をこちらにすえている。(P.151)


振り子の音がして、大時計が静かに十二時を告げにかかった。……マルテル大佐は手首を見て眉をひそめ、ついで大時計に視線を投げて、もうそろそろ、と礼を失せずにそれとなく匂わせた。(P.158)


 「ガラスの破片」が腕時計の盤面に嵌ったガラスだと推理する事ができる推理巧者は、あるいは「青い紙切れ」が蝋人形館の入場券をほのめかしていると即座に思い付くのだろうか。しかし、いったい入場券の外見をどこらへんで描写していただろう。それはバンコラン一同が蝋人形館を最初に訪れた冒頭31頁目の事だ。

娘は相変わらず腕組みしたままテーブルの奥におさまった。どうやらここの入場券とおぼしい、薄青い紙のチケットつづりが卓上にひと巻きころがっている。(P.31)

 素晴らしい。いったいどんな観察眼の持ち主がこれだけの描写からマルテル大佐の手にした紙切れの色とつきあわせる事ができるのだろうか。

 そして「ガラスの破片」が腕時計のガラスに昇格するのは、さきほどの大佐の「手首を見て、大時計を見る」というしぐさを見とがめた者だけの特権と言える。この部分だけを抜き出してみると間違えようもないくらい明白な記述に見える。しかしこの記述が出てくるのはバンコランとマルテル家との間に不穏な沈黙が訪れる事をかなり長めに説明したパラグラフの最後の最後なのだ。どちらかというともう知るべき事はすべて聞き出してしまって、あとは不穏な余韻しかお互いに残されていないという雰囲気の文章にそっと目立たずに置かれている。

 驚きに満ちていると言えないだろうか。もし、これが数十頁もしくは100頁たらずの短編か中編であれば、これらの伏線の折り込み方は見事というしかない。結末の付け方に文句を言う余地はないかもしれない。しかし、全編300頁からなり、犯人の登場回数はたったの一回限り。それも10頁に満たない。その中に、ほとんどすべての手がかりが集中し、そのほとんどがまた一度限りしか言及されず、またそこだけを取り出しても何の意味もないような手がかりばかりなのだ。
posted by アスラン at 19:19| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 評論・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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