2012年05月27日

勝ち続ける力 羽生善治/柳瀬尚紀(2012/5/8読了)

 将棋名人戦の第3局が昨日(5/9)終わって、森内名人の2勝1敗になった。挑戦者の羽生二冠ともども先手番をきっちりと物にしてきているので、両者の力が拮抗している事は素人目にもわかる。ただし、森内名人の先手から第1局が始まっているので、このままでは羽生さんが不利だなぁと思っていたら、最終の第7局はあらためて振り駒になるらしい。そうつぶやいているのをツイッターで見かけただけなので、本当なのか未確認なのだけれど。

 息子が将棋を指すようになってからというもの、親の方も無関心ではいられなくなって携帯からプロ棋士の対局をライブ中継するサイトに登録した。以来、会社の行き帰りや休み時間に、お気に入りの棋士の対局のすすみ具合を何度も確かめるのが日課となってしまった。NHKの教育テレビでも日曜日ごとに将棋の対局があるが、素人には大盤解説でも難しい。モバイル中継の解説は何度も何度も理解するまで繰り返し読めるので、とてもありがたい。

 モバイルの中継の物足りないところは、やはり棋士の様子が見られないところと、終局後の感想戦の様子がいっさい中継されない点だ。以前から不思議に思っていたのだが、戦いがおわって勝ち負けがはっきりとついた直後に、対局相手に自分の手の内をあかし、さらには負けた方がどこで間違ったのか(敗着というらしい)をお互いに検討しあうという慣習めいたことをやる。よくもまあ、棋士の方々はいやがらずにやっているなと、ひとごとながら気になっていた。

 これは、本書の羽生さんの言葉によれば、「一種の反省会」のようなものなのだそうだ。それはそのとおりなのだろうが、ここからが羽生さん独特の考え方に違いないとにらんでいるのだけれど、感想戦を終局直後にやることで頭をクールダウンして、本局をいったん決着させることが重要なのだそうだ。

 そうやってけりをつけないと、棋士は自らが経験したすべて対局の内容をずっと引きずっていかなければならない。あれだけ長くトップ棋士の地位を保ち続けてきた羽生さんに言わせると、記憶力はそれほど大事ではなく、新たな事を入れていくためにいかに忘れていくかが重要という、一見すると逆説めいた言葉になってあらわれる。

 今回の対談相手が、言葉の達人である翻訳家・柳瀬尚紀であることも手伝っているのか、棋士らしからぬ羽生本人の面が突出している。ジェイムズ・ジョイスすらも恐れずに話題にできる棋士など、そうそうはいないだろう。つまり、一言でいえば、羽生善治は棋士であると同時に、アーティストでもあるのだ。
posted by アスラン at 08:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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