2012年05月21日

悪人正機 吉本隆明+糸井重里(2012/5/13読了)

 吉本隆明が亡くなった。不思議と悲しさはなかった。少しぼうっとなっただけだ。そういえば、前日の会社帰り、いつものように駅前の駐輪場で自転車を探すと見つからない。広いスペースにまばらになった自転車たちのどれもが、我が子を後部に載せる座席をつけていない。

 ああ、妻が子供を学童保育所に迎えにいくのに乗っていってしまったんだったっけ。妻は最近、駅まで歩いて通勤するのが常になっているので、帰りはこちらが歩く番だ。そう理解したら、久々にウォークマンを取り出して、曲を選び出した。

 どうにも仕事がうまく片づかず、疲れが滲み込んだ頭に、J−POPやニューミュージックはすんなり入っていきそうになかった。それでなんとなく吉本さんの訥々とした〈声〉が聞きたくなった。僕のウォークマンには、声が二つ入っている。一つは、水道橋の語学学校のホールで定期的に催された淀川長治映画塾で、淀川さんが晩年にしゃべった〈声〉だ。それを聞くと、「日曜洋画劇場」の最後の解説を聞きながら号泣した夜の事を思い出して、少しだけ悲しくなる。

 もう一つが糸井重里さんが企画した、吉本さんの長年の講演から収集した言葉の断片をコラージュしたCDからの〈声〉だ。夜道で聞く吉本さんの声は、「渦巻ける漱石」について語っていた。「吾が輩は猫である」は、主人公の猫が人間たちの会話を「聞く」というしぐさで文章が描かれるが、ある時点から「見る」というしぐさに変わってしまっていると言う。へー、そうだっけなぁと、もう何度も何度も聞いたくだりであるにもかかわらず、その「聞く」から「見る」に変わる切れ目というのは、どの章なのだろうか、今度確かめるために、また「吾輩は…」を読み返してみようと思うのだった。その日の夜道は心地よかった。

 翌日、吉本さんの死を知って、何か「呼ばれた」というわけではない不思議な縁を感じた。そう、吉本さんが亡くなって、淀川さんの時ほどの悲しさはない代わりに、どんどんと不安になった。大げさに言えば、生きていくために歩く道を「それで大丈夫、いいじゃないか」と言ってくれる存在が、また一人いなくなった事への不安だった。

 僕は吉本隆明のよき愛読者とは言えないが、それでも書店で新作が平積みされているのをみるだけで、ああ、まだがんばっている。まだ僕らの前を歩いて道を耕してくれているんだなと思っていた。それが、いきなり失われた事に少しおののき、寂しく、不安になった。

 この本には、よき聞き手である糸井さんを前にして心を開いた吉本隆明という一人の人間の「ふつうの声」が詰まっている。特に特別の事を言おうといているわけではない。そう感じるのは、長年吉本さんの著作に慣れ親しんできたからかもしれない。

 どこぞのドラマの主人公が「事件に大きいも小さいもない」と啖呵を切るたびに、その台詞に隠されたものこそ、正義の理念なのだと思ってきた。それは年輩の刑事が主人公の若き刑事に対して「正しいことをしたければ偉くなれ!」と言いきるための大前提だ。「大きいも小さいもない」事に共感できなければ、たとえ「正しいこと」をしても意味はないのだという、ゆるぎない倫理感がそこには存在する。それは、まさに吉本さんが生涯にわたって全方位的にあらゆる事象に関心を持ち続け、等分に力をそそいで考えてきた姿勢と合致する。

 たしか、コム・デ・ギャルソンの服を着てファッション誌の取材に応じた吉本さんの写真にたいして、それを揶揄した埴谷雄高との論争でだったと思うが、吉本隆明は「物事に大きいとか小さいとかはない。大きい事は大きいなりに、小さいことは小さいなりに語るのではなく、マルクスの事を語るのと同様に、コム・デ・ギャルソンの服の良さを語れなければダメだ」というような事を言っていた。

 僕はそういう時の吉本隆明の言葉が好きだ。顔が見える最後の思想家であり、信じられる批評家だった。日々更新される〈あなた〉と出会うことは二度とかなわないけれど、すでに語られ綴られた大量の創作物の中に、あなたの存在をこれからも感じていけばいいんですよね。とりあえず、これまでどうもありがとうございます。これからも僕らの前をひたすら歩いていってください。
posted by アスラン at 12:45| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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