2012年05月11日

ゴルフ場殺人事件 アガサ・クリスティー(2012/4/28読了)

 クリスティが長きにわたってエルキュール・ポアロという探偵とつきあうつもりがなかったことは、シリーズ当初からあきらかだったと僕は思う。彼女の作品を発表順に呼んでいくと、本格ミステリーの成分よりも冒険小説やハーレクイン・ロマンスの成分の方が多い。そして興味深いのは、ポアロ物が本格ミステリーを分担し、ノンジャンル物がそれ以外を担うという切り分け方になっていないという点だ。

 たとえば、処女作の「スタイルズ荘の怪事件」は純粋な本格ミステリーと言っていいが、第二作である本作ではミステリー以外に様々な要素が盛り込まれている。ヘイスティングと”シンデレラ”と自称する女性とのエピソードは、あきらかにコミカルでサスペンスに満ちたロマンス風だし、復讐に彩られた過去の犯罪などは、シャーロック・ホームズの初期の作品のような伝奇小説を思わせる。しかも、今回、ポアロのライバルとしてフランスから自信満々な刑事ジローがでてくるところなどは、まさにモーリス・ルブランの「ルパン対ホームズ」をなぞったかのようだ。

 このような人物設定・舞台設定の中で、あえて奇妙な風体の滑稽な小男という探偵像を選択したのは、ユーモアを基調としたミステリーを書くための作者の方便だったはずだ。まさか生涯をともにするようなキャラクターにまで成長するとは、作者自身考えもしなかったのだろう。

 しかも、このときのクリスティもポアロも、まだまだ無邪気だと言っていい。犯罪の暗黒面に取り込まれて事の残酷さに気がついたのは、おそらく「カーテン」をポアロの最後の事件として着想した1940年代だったに違いない。

 ところで「ゴルフ場殺人事件」などというタイトルにはなっているが、ゴルフ場はまだオープン前で、その広大な地の端っこに死体を埋める穴が開けられた事以外に「ゴルフ場」がトリックに関わる事はない。やはり、当時はまだ目新しいスポーツだったゴルフを、タイトルにつけるように出版社から促されたのだろうか。ゴルフなど当たり前のスポーツになった現代人から見ると不思議なタイトルだ。

 さきほど、ホームズやルパンなどを引き合いに出したが、本作はとりたてて凝ったトリックはなく、物語が進行するにつれて謎が少しずつ明らかになっていくという点でも先人たちの作風に近い。登場人物は多いが、それぞれがそれぞれのジャンル担当(例えばロマンス担当とか冒険担当とか、暗黒街担当とか)に切り分けられているので、それほど謎が複雑化するという印象もない。だいたいあたりをつければ、そのとおり犯人だったという感じでクライマックスを迎える。

 後にも先にもヘイスティングが物語の中心に存在するという希有な作品というところが見どころかもしれない。
posted by アスラン at 12:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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