2006年11月01日

「犬神家の一族」あるいは石坂金田一最後の事件

 東京国際映画祭のクロージング上映映画が、市川崑監督の「犬神家の一族」だった。なんでも前日に出来上がったばかりだそうだ。映画職人の監督らしい芸だ。撮影に4ヶ月かけたというのが異例の長さだと記事に書かれていたが、高齢だという事を置いても何故だろうと少し詮索してみたくなった。

 世間では松嶋菜々子がレッドカーペットを歩いたと騒いでいるが、野々宮珠世役は少しばかり清潔なイメージがあれば、松島の代わりがきく女優はいくらでもいる。そんなことよりあの映画のポイントは、なんと言ってもオドロオドロしい一族の集合シーンにある。要するに何が恐ろしいと言って、「ヨキコトキク」に見たてた猟奇的な殺人よりも、世の中にありふれている親族・血縁どうしの骨肉の争いに勝るものはないのだ。だから、あの有名な犬神佐兵衛翁の遺言状開示のシーンが何よりも印象に残るのだろう。

 大広間で繰り広げられる喜劇と紙一重の一族どうしのドタバタは醜悪そのものだ。どうしたって一族すべてが醜悪な顔つきを見せなければならない。その配役たるや非常に念のいった深慮が必要だったと思われる。次女・三女の松坂慶子も萬田久子も、前作の三条美紀と草笛光子とに比較されるに違いないからである。僕から言わせると少しばかり二人とも綺麗すぎる気もするが、松坂慶子は最近とみにオバサン度が進んでいるので良い方に作用しそうだ。

 そして前にも書いたことがあるかもしれないが、前作の配役の中で金田一を除いて配役がもっとも難しいのは長女・松子役だろう。前作の高峰三枝子が気品と醜悪さとをかねそなえて、その上で親子の情愛になりふりかまわない鬼気迫る演技で、強烈な印象を観る者に与えた。日本映画の歴史そのものでもある彼女に代わる配役はおいそれとは見つからない。珠世役の松島どころの話ではない。

 今回の配役が発表されたとき、松子を富司純子がやると知って成程と納得してしまった。彼女なら松子の気だかさと愚かさを見事に演じられるだろう。しかも映画の神様・マキノ雅博の秘蔵っ子だった彼女なら、まさに日本映画の歴史だった高峰の代わりを努めるに十分だろう。惜しむらくは高峰程には醜悪さが感じられないのだが、そこは演技でカバーしてくれそうだ。

 さて本編だが予告編を見るにつけ、新しい「犬神家」が前作の1シーン1シーンの演出も画面構成をもなぞるかのように緻密に再現されているのが分かる。かつて監督自身がカラー版「ビルマの竪琴」でやった事を「犬神家」でもう一度やろうとしている。まさかと思ったが、あの印象的なテーマソングまで同じという念の入れようなのだ。

 「ビルマの竪琴」のときは、白黒では表現できなかった血の色のように紅いビルマの土をカラーで描き直すのが目的だった。では今回の目的は果たしてなんだろう。予告編だけで判断するのは僭越極まりないが、あえて禁を侵すとすれば、前作の推敲なのではないかと思う。30年を経て90歳をなんなんとする市川監督が、監督人生を集大成する作品として本作を選んだからには決定版にしたい。それには新たな脚本を興すのではなく、もう一度同じ脚本で今なら撮れる市川崑の映画を撮りなおしたいということか。

 脚本家・九里子亭(市川崑の金田一シリーズ用のペンネーム)の脚本を活かしきっていない、もしくは忠実ではないという思いがひょっとしたら前作に対してあるのかもしれない。何せ前作はスポンサーでもあり剛腕プロデューサーでもある角川春樹主導で、映画の方向性が決められていったのは否めない。石坂「金田一」にすら、当初角川プロデューサーからケチがついたという話だ。だから今回の意気込みは、脚本家九里子亭への監督自らのリスペクトでもある。

 いずれにしてもこういったリメイクは変わっている。自作をリメイクする監督はこれまでに例がないわけではない。先に引用したマキノ監督も東宝と東映で「次郎長三国志」を撮っている。しかしまったく同じ脚本で同じ構成でとなると、あまり聞いたことはない。やはり「ビルマの竪琴」くらいか。

 そして今回のやり方は、市川監督の自己満足と揶揄されてもしかたがない。文章で言えば読点の打ちどころを探しあぐねるようなものだ。ダヴィンチが「最後の晩餐」の絵を前にしてじっとながめて一筆だけ加えて帰っていくという逸話のイメージと重なる。要は芸術家としての成熟を表現する事に他ならない。事の善し悪しは問われるにしても、出来上がったからには一個の作品として評価すべきだろう。

 同じという事にこだわるという意味では、監督はできうるならば配役も同じにしたかったにちがいない。現に大滝秀治や加藤武は同じ役でオファーされた。しかし三国連太朗はオファーできなかったし、すでに亡くなられた役者も多い。その上、年齢の上下を崩すと物語が成り立たなくなる犬神家のメンバーは総入れ替えとなったのはやむを得ないところだろう。

 ならば、そもそも年齢不詳であって登場人物との関わりがもっとも希薄な金田一耕助に石坂浩二をオファーする事は不思議でもなんでもない。とは言っても前作から30年を経て、今また同じ役に同じ役者を充てる事は、舞台ならいざ知らず映画では普通あり得ない。あり得ない事をあえてやるところに、今回の市川監督のねらいの一端があるはずだ。

 前作と本作とで大きく違うのは、名探偵イコール金田一耕助、金田一耕助イコール石坂浩二という金看板の大きさだ。前作における状況としては、松本清張に代表される社会派ミステリーの台頭で、横溝正史のあくの強い本格ミステリーの人気が凋落していた事があげられる。つまり角川春樹プロデューサーのもくろみとしては、是が非でも横溝ミステリーを角川文庫のドル箱に仕立て上げる必要があった。そこで市川監督に課せられたのは、横溝ミステリーを若い世代にアピールする事と、シリーズ化にあたって魅力ある若々しい探偵像を提示することにあった。だから、ルンペン帽に袴姿で下駄を突っかけ、珠世が襲われた湖までひた走る石坂「金田一」の躍動感は、見事なまでにその後のシリーズの方向性を決定づけた。

 予告編を観て何よりも哀しいのは金田一耕助の老いだ。前作では、若々しくてどこか憎めない青年が、名探偵とは名ばかりに猟奇連続殺人に振り回されるところにおかしさと親しみがあった。菊人形に見たてられた生首に気づいて飛び上がらんばかりに驚く金田一の図は今回も前作と同じはずだが、そこに写しだされるのは誇張がやはり誇張に見えてしまう還暦をすぎた初老の金田一の姿だ。

 さらに前作では犯人に対峙して「犯人はあなたですね」とおずおずと切り出していたはずだが、本作の金田一からはおずおずというシナが似合わないほどの成熟と人生の年輪が感じられる。

 では石坂「金田一」は暴挙だったのか。僕はそうではないと思う。市川崑監督は、今回敢えて老いた金田一耕助を僕らに見せたかったのだ。監督自身の老いとともに監督の中に宿る金田一も老いた。それを見せるための一世一代の大舞台が平成版「犬神家の一族」なのではなかったか。

 かつての石坂「金田一」シリーズ最終作は「病院坂の首縊りの家」だった。原作では病院坂で起こった迷宮入り事件を解決できなかった金田一が20年後にようやく解決して、その後アメリカに渡って消息不明となる。金田一耕助最後の事件である。20年の月日は探偵の容貌に年輪を刻ませたはずだが、著者・横溝正史は老いを描く事なく最後まで年齢不詳のまま探偵を封印した。そして映画では、著者自ら演じた本人の「行ってしまうのかい?」の問いかけに対して、若き探偵ははにかみながら姿を消し、万年青年・石坂浩二も静かに金田一の金看板をおろしたのである。

 市川崑監督は、「犬神家の一族」のリメイクで原作者ですら成し遂げなかった事をやっている。金田一の老いを描き、そして文字通り幕を引いたのだ。だから僕も訂正しよう。哀しいのは石坂「金田一」の老いではなかった。市川崑の金田一シリーズと石坂浩二の金田一耕助とが、これで本当の見納めになる事がたまらなく哀しいのだ、と。

↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 02:28| Comment(4) | TrackBack(19) | 評論・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。
たしかに市川+石坂の金田一の見納めは哀しい気がします。ただ、やはり私の個人的な思いとしては犬神をやるには、60代の金田一では・・・という気がします。
ただ、市川監督は原作の理解度も深く、是非ともみたい作品ではあります。
Posted by イエローストーン at 2006年11月05日 23:53
イエローストーンさん、コメントありがとう。

コメントの内容、全面的に同感です。ただ、この映画に関する限り、もうそれを言っても詮無い事で、そもそもだったら市川監督がリメイクする必要もないし、一言で言えばしない方がいいと思えるので、あえてブログではああいう言い回しをしてみました。

一言付け加えれば、市川監督には「八つ墓村」で金田一を若返らせてうまくいかなかったという思いがあって、どうせなら石坂浩二と心中しようと思ったのではないかとも、うがって考えています。あの映画では、僕から見ると豊川悦司の「金田一シリーズ」への理解度は低かったなぁと思わざるを得ませんでした。

ですから一言で言うと、こりたんじゃないでしょうかね、他の俳優でやるのを。
Posted by アスラン at 2006年11月11日 15:02
アスランさん、お久しぶりです。
既にTB(ブログ名;取手物語)を2件させていただいてますが、私もこのリメイクを鑑賞し、プログラム、「金田一です。」(石坂浩二著)を読んで、感じた点を3つ記事にしました。最後の3つ目もTBさせていただきます。

やはり、市川+石坂コンビの原作の理解度というか、作品に対する思いというものの深さを感じました。
では。
Posted by イエローストーン at 2007年01月06日 09:41
イエローストーンさん、こんばんは。

この記事では最後だ最後だと書きましたが、こうなったら市川監督に横溝の別作品を作って欲しいですね。

稲垣吾郎の金田一シリーズで、市川監督のシリーズにない「悪魔が来たりて…」を今回撮って、なんとなく金田一のイメージを塗り替えていけるみたいなとらえ方があるようですが、市川+石坂コンビを超えるなど百年早いわ!と言う感じです。

 確かこのTVシリーズは「犬神家」で始まったと記憶していますが、市川作品をパクったようなシーンがいくつもあって正直興ざめしました。

 その意味でも「悪魔が…」を市川さんに作ってもらえないかなぁ。「本陣」でもいいけど。

うーむ、記事に書いてる事と論旨が合わないなぁ。
Posted by アスラン at 2007年01月08日 02:18
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

東京国際映画祭クロージング作品・ワールドプレミア『犬神家の一族』
Excerpt:             意味はないが、過去最長(たぶん)のタイトルにしてみた(爆)市川崑監督が自らメガホンを取り、30年..
Weblog: |あんぱ的日々放談|∇ ̄●)ο
Tracked: 2006-11-04 16:05

『血と狂気に彩られた至上の愛??』??「犬神家の一族」・・・
Excerpt: 「犬神家の一族」の公式HPをみた。
Weblog: 取手物語??取手より愛をこめて
Tracked: 2006-11-05 23:55

「犬神家の一族」試写会レビュー レビューじゃなしに
Excerpt: 完璧でしょ。原作や旧作を観ていない勉強不足のエセ芸大生にとってもそう感じられました。さて公開後の反響や興業はどうなるでしょうか。日本映画の信念を貫いた上での成功を期待しています。
Weblog: 長江将史〜てれすどん2号 まだ見ぬ未来へ
Tracked: 2006-12-08 01:27

犬神家の一族
Excerpt: 満 足 度:★★★★★★        (★×10=満点)  監  督:市川崑 キャスト:石坂浩二       松嶋菜々子       尾上菊之助(5代目)       富司純子 ..
Weblog: ★試写会中毒★
Tracked: 2006-12-08 03:20

よーし、わかった!by加藤武【犬神家の一族】
Excerpt: いろんな映画のリメイクを見てきましたが 監督自らセルフ・リメイクってのは珍しいで
Weblog: 犬も歩けばBohにあたる!
Tracked: 2006-12-08 14:58

映画「犬神家の一族」
Excerpt: 映画『犬神家の一族』の試写会に行った。
Weblog: いもロックフェスティバル
Tracked: 2006-12-10 16:47

犬神家の一族
Excerpt:  日本  ミステリー&サスペンス  監督:市川崑  出演:石坂浩二      松嶋菜々子      尾上菊之助      富司純子 信州の犬神財閥の創始者・犬神佐兵衛が永眠した。佐兵..
Weblog: 江戸っ子風情♪の蹴球二日制に映画道楽
Tracked: 2006-12-16 22:41

【劇場鑑賞139】犬神家の一族
Excerpt: 莫大な遺産を巡って血塗られた惨劇がついに幕を開ける 絢爛な一族に起こる骨肉の争い 名探偵金田一耕助登場!
Weblog: ダディャーナザン!ナズェミデルンディス!!
Tracked: 2006-12-18 20:04

犬神家の一族
Excerpt: 金田一さん、事件ですよ__血の系譜をめぐる華麗な殺人劇が、幕を開ける。 横溝正史の名作探偵推理小説『犬神家の一族』を、1976年に監督を務めた市川崑がリメイクした心理サスペンス。同作から多大な..
Weblog: パピ子と一緒にケ・セ・ラ・セラ
Tracked: 2006-12-22 11:36

犬神家の一族
Excerpt: 驚きと新鮮味は弱まったものの, 演技派の俳優たちによるドラマが, さらりとしながらも味わいのある印象を残す。
Weblog: Akira's VOICE
Tracked: 2006-12-28 12:02

「犬神家の一族」(2006年版) 贅沢なリメイク版・・・ (追記) 
Excerpt: 「犬神家の一族」のリメイク、しかも市川+石坂コンビで。これは金田一耕助ファンの私には非常に嬉しいと同時に、やってほしくなかったという気持ちと半々で非常に複雑なところでした。
Weblog: 取手物語??取手より愛をこめて
Tracked: 2006-12-30 01:22

市川崑の金田一耕助 ??「犬神家の一族」(2006) 天使のような風来坊
Excerpt: 「犬神家の一族」を鑑賞して1週間経つ。ここへきてやっと映画プログラムの表紙をめくった。
Weblog: 取手物語??取手より愛をこめて
Tracked: 2006-12-30 01:22

犬神家の一族(2006年公開版)
Excerpt: あれから30年も経ったのか。。。 私がいくつになったかということはおいといて、 観て来ましたよ。 お正月にふさわしい豪華キャスト! あらすじは1976年公開の「犬神家の一族 」と全く一緒。..
Weblog: 映画、言いたい放題!
Tracked: 2007-01-03 22:19

「犬神家の一族」驚きが感じられないマジメなリメイク
Excerpt: 「犬神家の一族」★★★☆ 石坂浩二 、 松嶋菜々子 、 尾上菊之助 、 富司純子出演 市川崑 監督、2006年 真面目にリメイクしたら こんなふうになりました。 今、何故この..
Weblog: soramove
Tracked: 2007-01-04 12:03

犬神家の一族
Excerpt: 12月16日より公開してます。 監督 市川 こん 主演 石坂浩二、松嶋菜々子、尾
Weblog: いろいろと
Tracked: 2007-01-05 01:07

市川崑の金田一耕助 ??「金田一です。」(石坂浩二著) 天使のような風来坊2 (追記)
Excerpt: 「犬神家の一族」(2006)を鑑賞してから約半月。ここへきてようやく「金田一です。」(石坂浩二著)に目を通した。
Weblog: 取手物語??取手より愛をこめて
Tracked: 2007-01-06 09:42

映画vol.99『犬神家の一族』*試写会
Excerpt:  『犬神家の一族』*試写会 監督:市川 昆 出演:松嶋菜々子 石坂浩二  公式サイト 金田一シリーズは好きで、TV等であったら大..
Weblog: Cold in Summer
Tracked: 2007-01-09 15:10

犬神家の一族
Excerpt: http://www.fujitv.co.jp/inugami/映画館にて犬神家の一族微妙だ・・・そもそもこの話って佐清が戦争が終わった後とっとと帰ってくれば事件が起きなかったのでは?かなり後味悪いか..
Weblog: 勝弘ブログ
Tracked: 2007-01-15 03:02

「犬神家の一族」見てきました。
Excerpt:  1976年の同名映画のリメイク、犬神家の一族見てきました。金田一耕助の映画やドラマって断片的には見たことあっても、きちんと見たことないので、楽しみにしていました。
Weblog: よしなしごと
Tracked: 2007-01-21 23:40
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。