2012年01月19日

愛娘にさよならを(刑事雪平夏見) 秦建日子(2012/1/13読了)

 このシリーズは、どこまで続くのだろう。僕らをどこへ引っ張っていくのだろう。正直、よくわからなくなってしまっている。シリーズ第一作「推理小説」が話題になり、TVドラマ「アンフェア」がフジテレビで放映されるにいたって、刑事・雪平夏美は大ブレイクした。作者「秦建日子」がブレイクしたかと言えば、実はそうでもない。

 もともとTV関係者だという話だったので、本業と作家との二足の草鞋を慮ってか、あまり顔出ししている印象がない。そもそもペンネームも女性だか男性だか区別がつかないという選択をしているので、いわばミステリーではおなじみの覆面作家をつらぬいているようにもみえる。

 小説「推理小説」とドラマ「アンフェア」との結末(犯人)が違うのは周知の事実だが、そのせいで続編にあたる「アンフェアな月」ではTVシリーズとは別のストーリーがパラレルに語られることになる。ただし、雪平夏美という非常識な姓と名の組み合わせをもつユニークな女性刑事を、さらにユニークに演じてみせた篠原涼子のハマリ方が半端ではなかったせいで、原作の方もまさにTVドラマの篠原涼子演じる夏美にそった形で、人物造形が再調整されて描かれるようになった。夏美以外の主要メンバーそれほどドラマの配役と似ていない事を考慮すれば、これはTVの人気を無視しきれない作者の視聴者への配慮に違いない。

 その後「アンフェア」は単発のスペシャルドラマが何本か作られ、ついに映画化も果たした。それに合わせるかのように小説も続編が書き継がれたが、TVでさんざん雪平の周囲の人々が殺されてしまったので、すでに最初のシリーズで配置された魅力ある群像劇は作れなくなってしまった。特に今回の映画化にあわせて放映されたスペシャルドラマは、雪平に代わって新人刑事・平岡(北乃きい)がサイコな犯人の要求に翻弄されながらも追いつめていく。「殺してもいい命」での平岡と雪平との掛け合いを期待しても無駄だ。僕らは、肩すかしを食わされてしまう。

 一方、前作「殺してもいい命」では、いきなり元夫が殺されてしまい、良好だった娘・美央との関係も、再びアンバランスなものとなっていく。元夫があっさりと殺されてしまう序盤では、ドラマの配役だった香川照之の顔がなんども浮かんできて、残念でしかたなかった。

 前作のエンディングで銃弾を受けて重傷を負った雪平の左手には麻痺が残り、刑事課からはずされるところから今回のストーリーは始まる。あの颯爽としたタフガイ雪平夏美は、もうどこにもいない。彼女は壊れてしまったのだ。そして精神的支えだった夫もこの世に無く、唯一の救いである娘・美央は夫の両親に引き取られ、養女の手続きをとって雪平から奪おうとしている。おそらく著者は彼女から徹底的にすべてを奪おうとしているのだろう。そして、その時、雪平夏美という非常識なほどユニークな存在がどうなるのか、どうあがくのかを一読者として見たい。そう思っているような気がした。そしてまさにそのように物語は進んでいく。

 警察にいながら一事務職として安らかな居場所におさまるかに見えたが、その直後に雪平に新たな居場所を与えてくれるはずの新しい上司夫婦が惨殺される。それも、シリーズお得意のとびきり残酷な殺され方で、だ。そこから傷ついた体と心をおして捜査を続ける事で、雪平は上司夫婦の事件をリハビリにして復活を遂げる。まさにヒーロー物の典型のようなストーリーにはなっているが、もう少し精神的にどん底に追い詰められる雪平夏美を描いてもよかったのではないか。おとしめ方が不十分だったなという不満が残った。

 もちろん、このシリーズは簡潔でクールな文体で主人公の生き方をリアルに描いていく現代のハードボイルドミステリーとはジャンルが違う。あくまで探偵(刑事)は超人的な知能と体力をもち、悪魔的な頭脳を持つサイコキラーと対決するという本格ミステリーエンターテイメントのはずだ。エンターテイメントであるからには、雪平夏美のドラマの部分がますます魅力的に描き込まれるようになっていくのはシリーズ愛読者としては歓迎だが、そのせいで本筋の謎解きの方が、まるで映画やスペシャルドラマに合わせて番宣用に作られたと言われかねない出来になってしまっているのは残念だ。あまりに犯人に意外性が乏しいし、驚きが少なかった。

 ここらで原点に戻って「推理小説」のような疑心暗鬼に陥らされて主人公が右往左往する物語が読みたい。
posted by アスラン at 12:57| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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