2006年09月23日

何故二人は同じ本が読めないのか?(3)

 さて今回ようやく二人の読書リストを比較しようと思う。二人というのは言わずとしれた羅喉さんと僕アスラン(またはellery)の事である。なんの事か分からない方は、この記事の末尾にある参考記事から読んでください。とにかく話はそれからです。

 さて、そういうわけで二人の読書リストを比較するわけだが、他人の読書リストを許可なくずらずらと掲載するのも悪趣味だからやめにして、個々の作品をあげつらう時だけタイトルを挙げる事にする。統計というほど大げさなものではないが若干の数値と、作家別、出版社別、ジャンル別の集計値を比較掲載するのは事後承諾となりますがお許しくださいませ、羅喉様。

 比較に使用したのは、2005年10月〜2006年4月の6ヶ月の間に二人が読んだ本のリストです。

[読書総数]
 羅喉  64冊
 アスラン68冊


を見ると、ほぼ二人が同じ読書量だという事がわかる。もっとも書籍の総頁数やひとつひとつの読みやすさなどはおいておくとしてだが…。

 そこでそれぞれの本の出版年の平均をとってみると

[出版年(平均)]
 羅喉  1983年
 アスラン1999年


となる。これだけ見ると僕の読書はほぼ最近出版された本が中心なのだと分かる。なんと分かりやすいことか。事実、図書館を利用するようになり、あえて流行に流されるような読書をしているフシがあるので、この結果は妥当かもしれない。一方、羅喉さんは今から20年前あたりの本に平均値が来るので、一言で言えば流行に惑わされていない事が分かる。ただしたかだか差にして16年程度の違いは、読書内容にそれほど違いを与えるものなのか。

 次に出版年という曖昧模糊な数値ではなく、作品の発表年の平均値で比較してみよう。というのは現代作家の本ならば出版年=発表年と見なしてもまあ問題はないが、古典が対象だと話は別だ。出版年を遡る事はるか昔にその作品は発表されているわけだから、出版年などなんの意味も持たない。

 ちなみに先ほどから発表年とか出版年とか言っているが、その意味では正確なデータではない。なぜなら書き下ろしでもない限り最近の作家の作品でも雑誌などの初出、単行本化、文庫化、再刊などのいろんなフェーズが考えられるからだ。まあ図書館で検索して見つかった年月日と解釈してほしい。さらに古典の場合はできる限り発表年をウェブなどから探してはいるが、分からないものも多かった。その場合は著者の死去年を代用した。

[発表年(平均)]
 羅喉  1919年(最も古い年=125年、最も新しい年=2006年)
 アスラン2000年(最も古い年=1964年、最も新しい年=2006年)


 ようやくはっきりとした違いが見えてきた。羅喉さんと僕とでは作品の発表年で81年もの差がついている。僕の場合出版年と発表年との差がほとんどない。つまりこの6ヶ月間に一冊も古典を読んでないのだ。羅喉さんは古典の比率が多いために出版年と発表年とで差が出た。もっとも古い発表年にいたっては、西暦125年という古さだ。発表年の一番古い本を本のタイトルで比較すると、

[発表年のもっとも古い本]
 羅喉   プルタルコス「エジプト神イシスとオシリスの伝説について」
 アスラン イアン・フレミング「007 カジノ・ロワイヤル」


となる。相手はギリシャの哲人であり、こちらは今だに映画では人気ヒーローである諜報部員の物語である。まあスパイ小説としては古典なのだが、ギリシャの哲人とでは勝負にならない。

 ではそもそも僕と羅喉さんの読書はどれくらい重ならないのだろう。互いの読書リストを眺めてみる。読んだ事がある本はどれだけあるだろう?その結果は以下の通り。ただし羅喉さんの目配せは2006年の4ヶ月分のみだ。

[互いに読んだ事のある本]
〈羅喉〉
 (ア1)川端康成「伊豆の踊子・温泉宿 他四篇」
 (ア2)光瀬龍「百億の昼と千億の夜」
〈アスラン〉
 (羅1)ルナール「博物誌」
 (羅2)ファラデー「ロウソクの科学」
 (羅3)P・K・ディック「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」
 (羅4)J・P・ホーガン「星を継ぐもの」
 (羅5)オースン・スコット・カード「ソングマスター」
 (羅6)オースン・スコット・カード「エンダーのゲーム」


 羅喉さんは2冊だが、(ア2)は原作ではなくて萩尾もとの漫画で読んだそうだ。だから厳密に言えば「伊豆の踊子」1冊になってしまう。しかも以前感想を述べていたが川端の文章は嫌いだとの事。これでほぼ僕の読書の傾向が封じられてしまった。

 一方、僕はと言えば6冊で多いようだが、これも種明かししてしまえば、羅喉さんはこの6ヶ月間に日頃読まないSF作品を集中的に読んでいる。それも読書仲間から勧められた本ばかりなので、比較の際には除外してくださいと本人から指示があった。すでに比較検討に入った後なのでデータからは外せないが、個別タイトルの比較という意味では(羅3)〜(羅6)は意味がない。そして(羅1)(羅2)は確かに読んだ事があるのだが、読んだ時期が中学生の頃なのだ。あの頃はむやみやたらと好き嫌いを問わず読んでみたという本が多い。「ロウソクの科学」はさすがに自分の理系志向をくすぐる本であるからいまだに内容に覚えはあるが、「博物誌」にいたってはまったく記憶にない。

 では次に作家の傾向はどうか?とりあえずこんな集計をしてみる。オムニバスは除外して、一冊に付き主要な著者を一人と決めてめのこで勘定をしてみる。

[作家総数]
 羅喉  43人
 アスラン57人


 羅喉さんの方が除外書籍(オムニバスなど)が多い事と元々僕の方が読んだ本が若干多いので上記ほどの差は本来ないだろうが、それにしても僕の方が作家数が多いようだ。つまり僕の方が若干だが乱読度が高いという事か。もちろん二人とも乱読度が高いとも言えるのだが、この後だんだんに判明していくが僕の乱読は節操がない。単にあれも読みたいこれも読みたいというミーハーごころがなせる技だ。好きな作家にしたって立て続けに読んだら飽きてしまう。その間に別の興味が見つかればそちらにフラフラ飛びついてしまう。

 ではこの6ヶ月の間に読んだ本の中に互いに共通の作家は何人いるだろう?それが驚くべき事に一人もいないのだ。作品の重なりはともかくも好きな作家の一人や二人重なってもいいかなと思うのだがまったく重ならない。ではこれまで一冊でも読んだことのある作家はどれだけいるか?羅喉さんの方のデータは不明だが、僕の方は10人いる。以下がその作家である。

[読んだことのある作家]
〈アスラン〉
 (羅1)司馬遼太郎
 (羅2)J・P・ホーガン
 (羅3)P・K・ディック
 (羅4)アンドレ=ジイド
 (羅5)オースン・スコット・カード
 (羅6)ファラデー
 (羅7)ヘルマン・ヘッセ
 (羅8)ルナール
 (羅9)幸田露伴
 (羅10)柳田国男


 ただし、だ。ジイドは「狭き門」のみ、ヘッセは「車輪の下」のみ。おまけにルナールの「博物誌」同様にいずれも中学生時代の読書だ。司馬遼太郎はもちろん「坂の上の雲」だが、僕は文章の合間に顔を出す著者のぬけぬけとしたやり口語り口が気に入らず、その後この作家の著作が読めていない。この中で好きな作家というと恥ずかしながらオースン・スコット・カードぐらいか。しかもこれは羅喉さんとすれば、例のオシキセのSFにすぎないわけだから好きで読んだわけじゃないだろう。だとすると残るは幸田露伴だけか。果たして「太郎坊」という読んだ事も聞いたこともない作品を羅喉さんは楽しめたのだろうか?

 ではここで、作家の好みを較べてみよう。二人がこの6ヶ月間で2冊以上読んでいる作家はどんな顔ぶれか。

[この6ヶ月で2冊以上の作品を読んでいる作家]
〈羅喉〉
  須賀敦子(4)
  トーマス・マン(3)
  アンドレ=ジイド(2)
  オースン・スコット・カード(2)
  ドストエフスキー(2)
  泉鏡花(2)
  中谷宇吉郎(2)
  柳田国男(2)
〈アスラン〉
  恩田陸(3)
  川端康成(3)
  エラリー・クイーン(2)
  伊坂幸太郎(2)
  角田光代(2)
  舞城王太郎(2)


 ここにも二人の読書の質の違いが端的に表れている。僕の方は、川端や角田のようなやや叙情的なきらいのある作家とミステリー作家だ。この時期は川端の再発見と、文学とミステリーを橋渡しする恩田陸の可能性に傾倒していた時期だった。あとは生誕100年記念のクイーンにいれこみ、かつてのミステリー好きが不勉強を恥じるように伊坂にハマり、舞城にハマり損なった。

 要はその時その時のマイブームがあり、冷静と情熱のあいだに次々にマイブームを乗り換えていく自分がいる。これが節操がないと自嘲する所以だ。

 一方、羅喉さんの作家傾向は古典中心という事を除けば、西洋から日本までバラエティに富んでいるし、作品的な傾向もこれと決められたものはない。強いて言えば繊細な美意識と自意識。それと日本の歴史や文化への目配せだろうか。そのうえで須賀敦子の4冊は特筆すべきだろう。これを羅喉さんのマイブームととるか、それとも大きな読書計画の一環とみるべきか。
(この項続く)

参考
 何故二人は同じ本が読めないのか?(1)
 何故二人は同じ本が読めないのか?(2)

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posted by アスラン at 00:59| Comment(7) | TrackBack(0) | 評論・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
確かにプルタルコスは旧いですね。(苦笑
読書録をアップする前の月に読んだものに、「ゲーテが絶賛した」という本も含まれていますので、古典中心という傾向はその通りだと思います。

須賀さんは、明らかに「ブーム」です。気になる作家さんを短期間にある程度読んでおいて、その後折ある事にフォローする様にしています。著作量が多い場合は、まとめ読み期間に代表作をチョイスしています。つまりは「マイブーム」をそのまま終わらせずに、その後も読書の一環として取り入れて、細々と継続させていく方法を採っているのです。半年前は、ユルスナールとマンが「ブーム」だった筈です。で、現在はギリシャ悲劇です。(只今 アイスキュロスの『テーバイ攻めの七将』読み中)少し前は折口信夫と柳田国男で、これは長期作戦を目論んでいます。ドストエフスキーが入っているのは、不得手としていた露西亜文学に手をだしているからで、今月はゴーリキーの『追憶』を読了しました。SFブームは既に去り、お薦めいただいている作品2冊を読み終えてから撤退するつもりです。購入したものも、既に3冊はSF好きの人に譲ってしまっています。

「共通の既読作家」では、ジイドは5〜6冊、ヘッセは10冊以上(中学時代に填り、今回は読み残しを手にしてみました)、ルナールは2冊ほど読んでいます。司馬さんはどうだったかな・・読んでいても2冊程度だと思いますね。(併し、私この半年はジイド読んでいないと思うのですが・・・?)
幸田露伴の「太郎坊」については、愉しめたのだろうかとの危惧を頂きましたが、露伴の佳作小品と言うべき短編集でしたので、文体も併せて十分愉しめました。

「重複して読んでいる」に挙げられている邦人作家は、内容はもちろんですが、みな文章が好きで読んでいる方達です。泉鏡花については、明らかに文章。それに比して外国作家は、内容で選んでいる傾向にあるなと、作家名を見て思いました。
アスランさんの方で挙げられている、恩田陸、伊坂幸太郎、角田光代、舞城王太郎諸氏につきましては、手にしたこともありません。川端康成は『伊豆の踊子』を中学時代テキストとして使用したのと、長編(『古都』)を1冊、短編集を1冊読んだ程度です。文章は美しいのですが、作品の内容に興味を持てず、その後手にしていません。エラリー・クイーンは代表作を3冊程度?読んだ記憶があります。現在ミステリーは余り読んでいませんので、これも重ならない読書傾向の一因になっているのではないでしょうか。

大学受験の年から暫くの間本から離れていたので、私の読書量は極端に少なく、本来なら二十歳前後に読み終えているであろうものが未読である場合が多く、「今更ながら読書」をしている気がします。で、新刊も手にしたいのですが、読まねばならぬ古典が余りに多く、そこまで手が出せない状態です。加えて、文体が気に入らないと読まないので、これも現代作家さんから足が遠のいている要因のひとつになっています。

ご丁寧な解析を有り難うございました。
川端さんについては、文章ではなく「内容が好きではない」だと思います。私が言い間違えたみたいですね。ご免なさい。
Posted by rago at 2006年09月23日 09:58
 さっそくのコメントありがとう、らごさん。

「マイブーム」については僕も似た方法をとっているつもりですが、何しろ思いつき・ひらめき、過度の好奇心で発散してばかりなのですが、それぞれのブームは決して手放したつもりはなく戻ってくるつもりではあるんですよ。無茶とは知りつつ…。

 幸田露伴「太郎坊」についての僕の邪推にきちんと答えをいただいてありがとうございます。短編集でしたか。また明治文学シリーズの一環として読んでみたいと思います。

ジイドですが、らごさんの10月、11月のリストに入っていましたよ。「パリュウド」と「ソヴィエト旅行記」の2冊です。ご確認ください。

 「川端の文章」という言い方は不適切でしたね、すいません。ただコメントには「色気のある文体」うんぬんとあったので誤解してしまいまいした。婉曲的に「艶のあるお話」が苦手という意味だったのですね、納得です。

 実はすでに次回分を書き上げています。引き続きアップしますのでごらんください。ジャンルに対する違いを検討しています。
Posted by エラリー at 2006年09月25日 02:47
ジイドの本を読んでいた・・・・・のですね、私は・・・・。
題名を見て思い出しました。 ジイドの『パリュウド』と『ソヴイエト旅行記』は価格が安価だったの、と見慣れない本であったため、希少ではないかと思い購入したものでした。此処で逃したら、多分手にすることはないのだろうなあと思い、散々迷った末手にしてしまうという本読みの哀しい習性の現れです。すると「ジイドは8冊ぐらい読んだことになる」に訂正しなければなりませんね。この2冊の存在をすっかり忘れていましたから。(既読本数は、指を折って数えたものです)
 「川端の文章」については私の書き方が不適切だった様です。グチャグチャした恋愛もの系や所謂官能形というものは好みません。例を挙げると渡辺淳一、山田詠美系はだめです。三島幸夫の「文章」を読みたいと想いつつ手が出せないで居るのは、その所為でもあります。
あとブームの時期の訂正を・・・マンとユルスナールブームは1年と少し前でした。
SFについては、今回勉強させていただき本当に良かったと思います。十代の頃幾ばくか読んだきりで、その後遠ざかっていたジャンルでしたので、此処でご指導をいただかなければ、一生(オーバーですね)手にすることはなかったと想います。只、私が読んだものは、微妙に主流派から外れているそうです。(Dさん談。本人では、何処が外れているのか判断できません)

最後に過去半年で、アスランさんが読まれた本の中に、一度でも読んだ事のある作家についてのコメントが落ちていましたので、補足しておきます。
[読んだことのある作家]
〈羅喉〉
 (ア1) アガサ・クリスティ
 (ア2) エラリイ・クイーン
 (ア3) 江國香織
 (ア4) 川端康成
 (ア5) 横溝正史
 (ア6) 渡辺淳一
 (ア7) 奥泉光
 
クリスティの、『そして誰もいなくなった』、川端氏の『伊豆の踊子・温泉宿 他四編』は既読でした。他は重なっていません。
クリスティ、クィーンは代表作を3冊ぐらいずつ読んでいます。それも乱読時代(16歳までの間)に読んだものです。江国香織につきましては、この間初デビューしまして、その初読みであるエッセイ1冊を以って撤退することにしました。(内容が合いませんでした)
川端康成は先に述べた通りで3冊のみ。
横溝正史、渡辺淳一につきましては、それぞれ2、3冊程度を矢張り乱読時代に手にして、以後撤退しています。作風が好みではないというのが、その最たる原因です。
奥泉光は3冊程読んでいて、1冊積読にもしている筈です。今後も「気になる作品は細々と読んでいくリスト」に入っています。これから先、アスランさんと重なる可能性があるとすれば、奥泉光でしょうか。
Posted by rago at 2006年09月25日 19:34
だいぶ返事が遅くなってしまい申し訳ありません、ragoさん。

読んだ事がある作家で実質かすっているのは奥泉さんただひとりとなるようですね。彼の文体や作品の実験性などはすべて明治から続く文学というジャンルに関わっているようなので、ragoさんが関心を持たれるのは成程とうなずけます。

僕も気になってはいるのですが、いまだに玄人受けする部分には引っかかってきません。最近読んだ「モーダルな事象」も「はて?」という感じでした。

ふと思ったのですが、ragoさんには果たして現代作家でお気に入りはいるんでしょうか?小説家限定(エッセイストは除く)でですが。
Posted by エラリー at 2006年10月12日 09:22
奥泉氏は、芥川受賞作品の『石の来歴』を読書会課題図書として読みました。併載されていた『三目の鯰』(だったかな)が好きでした。後は『ノバーリスの引用』を読んだぐらいです。これは、「記憶と言う物が如何に曖昧さであるこのなのか」と言うことが印象的な作品でした。今積読にしているのは、戦争物です。

生存している人では、梨木香歩女史を七冊程読んでいます。後は、読み始めた矢先に身罷られた吉村昭氏。現代作家で今思いつくのは両氏ぐらいです。探せば他にもいるとは思うのですが・・・・・・。
Posted by rago at 2006年10月15日 09:23
「記憶と言う物が如何に曖昧であるものなのか」が正解です。併し、私はなんちゅう日本語を書き込んでいるのだ・・。(涙
Posted by らご at 2006年10月18日 19:48
らごさん、返事がまたまた遅くなってしまいごめんなさい。ちょっと仕事も私生活も押し迫っていてきついです。

「石の来歴」は、タイトルだけでもちょっと気になっていました。来歴を語る対象が「石」なんだから、変わっているというか斜に構えているというか、とにかく変わっています。でも読みたい読みたいってそそられるものは感じられなくてむしろ地味。その地味さがかえってそそられるというのは、僕のあまのじゃく的天性かもしれません。

梨木さんも書店で見かけても手に取る事があまりないですね。ちょっと今度気にしてみます。

「記憶うんぬん」のフレーズですが、ちゃんと頭の中で修正して読んでいましたから大丈夫です。というか僕のブログ自体、らごさんのような反省をしてたら200回ぐらい死んでなければいけません(汗)

最近、また日本語を書くという事に関して、いろいろと関心が高まってきて「テン(句読点)」の本を一冊読みました。もうちょっといろいろ読んで何事か語りたいなぁと思っています。
Posted by エラリー at 2006年10月29日 16:16
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