相続人と被相続人とのあいだでいさかいが起き、被相続人である老女が殺される。そして、それが毒殺ともなれば、古き良き時代のミステリー黄金期に書かれた完全無欠の探偵小説の舞台設定であることは間違いない。その典型に寄与した功績の多くを、クリスティ女史に与えても異論はあるまい。このデビュー作は、まさに完全無欠の古き良きミステリーなのだ。
例えば、老婦人の殺人直前に書かれたとおぼしき"新しい遺言書"に、クリスティは徹底的にこだわる。遺言書は犯人によって燃やされたという事実から、非常識なほどに年齢差がある献身的な若い夫に容疑がかかる。事件当日に二人が口論しているのを聞いたという証言がでてくる。
下書きと思われる老婦人の走り書きや、法的に有効と見なされる一つ前の遺言書から、老婦人の筆跡のサンプルが挿入されている。そのサンプルに、何事か重要な事実が隠されているということまでは僕らにもわかるが、僕ら読者(特に日本語を操る人間)には、今一つポイントがつかめない。
作者のもうひとつのこだわりは、もちろん"ストリキニーネ"だろう。青酸カリや砒素についで黄金期ミステリーの毒薬の代名詞となっている。殺人に縁のない僕らには、それがどんな形態で、どんな味や匂いがするものかわからないが、なにより当時の人々にはどの程度一般的な薬物であったかも、よくはわからない。ポアロが犯人をあばいた後で、「いかにして老婦人にストリキニーネを与えたか」というトリックを解説するが、実に現代人にはわかりにくい。
都会に暮らせば、いたるところに調剤薬局があり、病院で医師から処方された内容どおり正確にパッケージングされた薬が小包装で手に入る現代において、薬の飲み方を犯人の思いのままにできるとする手口というのが、もはや古めかしく理解できない。いや、それは僕の早とちりで、ひょっとすると今でも通用する「かしこい」手口なのかもしれない。だが、ストリキニーネという薬物にまつわる、オーソドックスでオールドファッション的なイメージが僕の頭から離れない。
もちろん当時の読者(イギリスの郊外の生活を楽しみながら、ミステリーを愛読する読者)には、文字通り刺激的な殺し方だったと思われるが、今の僕らにはセンセーショナルな手口とは言えなくなった。
とは言え、本作のミスディレクション(誤導)の手際や、錯綜した会話の中に正しい糸口を忍び込ませる見事なやり口など、その後のクリスティ作品でおなじみとなった要素があちこちにみられる。僕もそうだが、すでにクリスティという作家の偉大さを少しでも知っている読者ならば、さかのぼって原点を味わうという喜びが感じられるだろうが、それには少々難点がつきまとう。
さきほど述べた「古めかしさ」もその一つには違いないが、僕の全体を通した印象では、クリスティにしてはストーリー運びにもたつきが感じられる。序文やあとがきにも書かれているように、この輝かしき処女長編は、なかなか買い手がつかなかった。出版社に先見の明のある人物がいなかったとも言えるが、文章自体がまだまだ洗練されていなかったからかもしれない。しかも今も昔も、最前線の出版社は、エキセントリックでセンセーショナルな読み物を追い求める。この、あまりにオーソドックスな骨格をもつミステリーに、その後の一大潮流を形作ることになる新しい試みが隠されているとは、気づきにくかったのかもしれない。だが、いつの時代にも読者は正直だ。出版された本作は好評をもって迎えられた。
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2011年10月31日
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