2011年10月26日

青列車の秘密 アガサ・クリスティ(2011/10/19読了)

 最近「そして誰もいなくなった」の新訳(アガサ・クリスティ文庫)を手がけた青木久恵さんが翻訳した作品だ。クリスティの作品を出版順に読みだして、気がついたら「青列車」の番になっていた。出版順リストによると、一作前が「ビッグ4」だった。おいおい、本当かよ。まいったな。読んだことも忘れてるぞ。

 僕自身は、これまでクリスティの良い読み手とは言えず、「ミス・マープルもの」の愛読者ではあったので、彼女のシリーズばかりを読んで、それ以外の作品は熱心に読んではいない。もちろん「アクロイド」「オリエント急行」「そして誰も」などのビッグ・タイトルは読んでいるが、ポアロが登場する作品には未読が多い。だから「トミーとタペンス」や「クイン氏」だとか、初期の冒険小説、スパイ小説を含めたノンジャンル作品は、タイトルを知っている程度の知識しかない。そもそも「茶色の服の男」や「秘密機関」あるいは「ビッグ4」といった平凡なタイトルで、書棚から手にとってみようなどと思う方がどうかしている。

 ところで、僕は「茶色の服の男」も「秘密機関」も「ビッグ4」もすでに読んでいる。驚きだ。「スタイルズ荘の怪事件」から始めて「ビッグ4」まで計7冊を読んだわけだが、内容を思い出せるのは「スタイルズ荘」と「アクロイド」だけだ。「ビッグ4」も「チムニーズ館の秘密」も、読んだという事実さえ忘れていた。それも、この一年のことだ。この健忘症をなんとかしなければならない。そこで、またまた「スタイルズ荘」にさかのぼって読み直し、こんどはかならず書評を残す事に決めた。なんだか、このブログは老後のためのリハビリ教材となりそうだ。

 忘れてしまう理由を僕の健忘症以外に求めると、いわゆる冒険小説のたぐいに僕自身があまり興味を持てないという点が考えつく。本作の解説で北上次郎さんが力こぶをいれて、クリスティの冒険小説作家としての力量を評価している。やがてクリスティは謎解き一辺倒の本格ミステリーの作家に成長してしまったために、冒険小説というジャンルを切り捨ててしまったことを、北上さんは盛んに惜しんでいるのだが、僕には今一つピンとこない。

 もちろん、もう一度読み直せば北上さんの言い分も理解できるのかもしれない。それは後日にゆずるとして、ともかく本作からクリスティの良き読者になろう。この作品は、主人公がポアロなので、謎解き小説であることは確かなのだが、冒頭から勝手が違う感じが続く。様々な登場人物それぞれの思惑が錯綜し、いったいこれからなにが起きようとしているのかが、なかなかつかめない。なんといっても、最初で最後の殺人が起きるのが120ページもすぎてからなのだ。そこにたどり着くまでに、富豪が現れ、溺愛する娘がいて、娘と夫にはそれぞれに愛人が存在する。なにより富豪が娘にプレゼントした20万ドルもするという途方もないルビーに対する争奪戦も陰で繰り広げられる。

 そうかと思えば、セント・メアリ・ミード村というなにやら聞き覚えのある田舎からでてきた、聞き上手で人受けのする知性ある女性までもが登場し、かつての女主人から思いがけない遺産を受け継いで、青列車に乗り合わせる。そんな彼女がまっさきに見つけた話し相手が、小柄で卵形の顔をして、口髭をのばした男、ポアロなのだ。

 殺人が起きた後に、ポアロが「これはわれわれの探偵小説ですよ」と言うように、クリスティは、この女性の設定をいたく気に入っていたように感じられる。だからこそ、本作の2作後に、あのミス・マープルを探偵役に据えた「牧師館の殺人」が書かれる事になった。この作品のキャサリン・グレーという女性は、思慮深くて知恵があり、しかしいまだ控えめで実行力に乏しい。セント・メアリー・ミードに戻って仕えることになるミス・ヴァイナーの、あけすけな人を見る目を「ものにした」のちに、自らの資質を開花させた女性グレーこそが、のちのミス・マープルなのかもしれない。うがって考えると、ポアロは若き日のミス・マープルと早々と競演していた事になる。

 ところで、本作のポアロはとにかく切れ者で、打つ手打つ手が見事にツボにはまり、周りに人々をおそれさせる。言わせてもらえば、なんともポアロらしくない。小男の容姿ゆえに侮られ、突飛な言動ゆえに「外国人」とさげすまれる。変人という人物評がポアロにはつきまとう。しかし、本作に限っては、とにかくかっこいい名探偵なのだ。思うに、本作の骨格は冒険小説であり、その中に北上次郎好みの「ハーレクイーン・ロマンス」の要素が盛り込まれている。ポアロではなく、色男の探偵を配せば、まちがいなくキャサリン・グレーとのロマンスも盛り込まれたに違いない。

 ポアロものとしては異色作ではあるが、存分に楽しませてもらった。それにしてもタイトルの「青列車」だが、今や明らかに古めかしい訳だ。日本でもおなじみの「ブルー・トレイン」の呼称に置き換えると、少々俗っぽいと早川編集部では思っているのだろうか。
posted by アスラン at 12:59| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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