2006年08月18日

人類はなぜUFOと遭遇するのか カーティス・ピーブルズ

 まず前書きが「本書は、空飛ぶ円盤神話の歴史についてまとめた年代記である」という一文で始まる。世の中にあまたある「空飛ぶ円盤についての本」ではない事に注意しよう。著者は懐疑論者の立場から空飛ぶ円盤に関する神話がどのように出現してどう育っていったかを発端から克明に掘り下げていくのだ。

 空飛ぶ円盤を語る上で二つの立場があり、いわゆる「信奉者(ビリーバー)」と著者のような「懐疑論者(スケプテイスト)」に分かれる。ビリーバーは名前に端的に表現されるように、空飛ぶ円盤の存在を信じている人々である。彼らには信念はあるが科学的な根拠はほとんどないと言っていい。つまりは空飛ぶ円盤神話とは彼らビリーバーの信念体系と同義である。

 ただし著者が明らかにするのは狂信的な人間がビリーバーになるのではなく、なにかしら時代への不安といった要素がごく普通の人に「UFO(未確認飛行物体)」を信じこませる要因になりうるという事実である。

 そして次第に固まっていく信念体系が神話へと育ち、狂信的な一派を生み出す。ところが時代とともに変遷してゆく神話にはいくつかのターニングポイントがあり、単なるビリーバーからコンタクティ、アブダクティへと立場と信念を異とした狂信者を生み出し、やがては互いに対立していくことになる。

 本書は刺激的な本だ。ビリーバーたちが書いたアクの強い刺激的なトンデモ本とは一線も二線も画し、その上で神話の発端である1947年のケネス・アーノルド事件から1993年までの空飛ぶ円盤に関するすべての出来事を網羅している。

 網羅しただけでなく、その時一体何が起きたか人々は何を目撃したかを丹念に追っていく。懐疑論者だからと言って、その時点で確証が得られない事象は疑わず保留する。しかしどのみちほとんどの目撃報告は何らかの自然現象か気象観測用の気球などの見間違いと判明するのだ。もちろんビリーバー以外にとっては、だが。

 本書のスリリングなところは、なんといっても時代を経て育っていく空飛ぶ円盤神話を章末に太字で抜き出していくという趣向だ。

 たとえば最初に未確認の飛行物体が目撃された時、UFOはまだ円盤形ではなかった。それは宇宙船でもなかったのだ。宇宙船だと言い出したのは神話開始前年のレイモンド・パーマーのSF小説だった。そして翌1947年に、社会的地位ある実業家ケネス・アーノルドが自家用機操縦中にUFOを目撃した事件の翌日の紙面に「フライング・ディスク(空飛ぶ円盤)」の見出しが初めて使われる事となる。著者は1947年のUFO神話を以下のように書き記す。

UFO神話・1947年
・円盤の形をした奇妙な航空機が目撃された。
・非常に高速で、90度旋回できるほどの機動性をもっている。
・その正体は米国の秘密兵器かソ連の偵察機、あるいは外宇宙から来たものかもしれない。


 この時点で円盤という形状はUFO神話に取り込まれたが、異星人の宇宙船(エイリアン・クラフト)であるという共通認識はまだない。それが1950年にはこうなる。

UFO神話・1950〜1951年
○人々が信じたこと
・地球の大気中で、何百年もの間、円盤形の物体が目撃されてきた。
・空飛ぶ円盤の正体は、エイリアン・クラフト(異星人の宇宙船)だ。
・その性能は、地球の航空機の機動性やスピードを凌駕する。
・彼らは、脅威になりうる核実験などの活動を観察しにやって来る。
・合衆国政府はその事実を知っており、証拠を隠蔽している。
・隠蔽工作を行う理由は、パニックを防ぐことにある。

○人々が半信半疑だったこと
・墜落した空飛ぶ円盤とエイリアンの死体が回収されながら、隠蔽されている可能性がある。


 後にロズウェル事件として知名度が抜群に高くなるUFOとエイリアン回収の物語はこの時点ではまだ神話には組み込まれていない訳だ。

 本書では特に「六十年代」という章が設けられている。というのはケネディ暗殺、ベトナム戦争の泥沼化など混沌とした社会情勢に合わせるようにこの時期UFO神話も大きく動き出したからだ。単なる目撃からコンタクティと呼ばれる異星人のメッセージを託された人々が主張を始めた50年代はどちらかというとのどかな雰囲気が残っていたが、60年代に入るとエイリアンに誘拐(アブダクション)され人体実験されたと主張する人々(アブダクティ)が出てきて様相が一変する。挙句の果てには宇宙人にレイプされた女性まで現れて、UFO神話には次第に得体の知れない不気味な影がまとわりついていく。

 ちょうどこの頃に生まれた僕としては、60〜70年代のUFO神話に最もなじみがある。今もそうだろうがUFOやミイラの呪い、ヒマラヤの雪男、ネッシーなどの世界の七不思議にまっさきに惹き付けられるのは、なんといっても子供なのだ。

 当時の僕は少年マガジンや小学○年生などに度々掲載されたこれらのオカルト(もちろん当時はそんな用語はまだ無かったが)を夢中で読んでいた。アブダクションも小学生には刺激的だったが、70年代に紹介されたバミューダ・トライアングル(フロリダ沖の海域で起きた船や航空機の失踪事件)の話は特に引き込まれた記憶がある。

 しかし著者の調査で、魔の三角地帯の根拠となる遭難事故自体が存在しないことが判明し、あっけなく否定されてしまう。遭難事故が多発していると言われていたのにどうした事だろう。要するに世に流布したオカルトの類は、一次資料(オリジナル)に基づいた事実ではなくほとんどが伝聞に過ぎない。しかも誇張や曲解によりオリジナルとも異なる都市伝説が長らえる事になる。

 キャトル・ミューティレーション(大量の家畜が一部を切り取られて死んでいるという現象)も、当時のテレビでミステリーサークルなどとともにスキャンダラスに取り上げられた現象だった。何万頭もの牛や馬の腹部が、通常の刃物では考えられないほどの鋭利な切り口で切り取られているという事実(!)がまことしやかに語られている。しかしミステリーサークルがいまや物好きのいたずらと判明しているように、ミューティレーションされた家畜の数も誇張であり、切り口も単なる刃物によるものだと再調査の結果分かっている。つまり謎などなかったのだ。

 子供の頃の想像がガラガラと崩れていくある種のさびしさはあるものの、当時から抱えていた胸のつかえのようなものが本書を読むことで無くなっていく爽快さがある。そして著者はついにUFO神話の終焉を見届ける事になる。

 70年代に入ると、コンタクトのパイオニアであるアダムスキーが死んだこともあってコンタクティの主張は過去のものとなり、アブダクティの主張が神話の中心に躍り出てくる。面白い事にアブダクティにはUFOとの接触記憶はなく、「失われた時間」という空白の時間だけが存在する。後に精神医による催眠術治療によってエイリアンとの接触を「思い出す」のだ。このある種のパターンには欠陥があって、多数現れたアブダクティの思い出すエイリアンの形状には共通点がなかった。ところが1977年にある映画が大ヒットした結果、エイリアンの形状は映画の中のそれに統一されたと言う。

 その映画とはスティーブン・スピルバーグ「未知との遭遇」である。著者曰く「空飛ぶ円盤神話を完全に理解した上で作られた映画はかつてなかった」そうだ。なるほど映画を観た人なら分かるだろうが、あの作品では従来からある異星人の来襲もなければ人類との攻防もない。UFOはすでに地球を度々訪れていて選ばれた人だけが接触する事ができるという物語だ。しかもその遭遇は非常に平和的なもので、どちらかというとコンタクティの体験を基本にすえている。スピルバーグは近年「宇宙戦争」によりエイリアンとの戦いを描いているのは興味深い。つまりは90年代以降のUFO神話は再び変わってきたのだ。

 アブダクション、キャトル・ミューティレーション、UFO墜落事件といったバラバラの要素は90年代に入って、薄気味悪い影をUFO神話に与え続けて一つのことに集約していく。それは「闇の政府」という支配権力の存在である。

 著者の卓見には驚かされてばかりだが、なんと「一九七〇年代から、人々は、UFOを目撃することをやめてしまっていた」のだ。つまりUFO神話は、エイリアンと一部の権力者との間に結ばれた密約に基づいて、我々人間社会のあらゆる事柄がコントロールされているという空前絶後の「陰謀」を明らかにしたところで大団円(終焉)を迎えてしまった。UFOは外宇宙から飛来するのではない。エイリアンは「すでに地球にいる」というのが90年代の神話の形だ。

 そしてUFOそのものにビリーバーたちも僕ら一般の人間も関心がなくなってしまっている。それよりも僕らの不安の正体を明らかにする新たな神話が必要なのだ。だから最後の神話記述は、UFO神話ではなくエイリアン神話となっている。神話が開始した1947年とはあまりに違っている事に僕ら読者は驚かされるだろう。

エイリアン神話(UFO神話・1987年〜1993年)
・MJ−12は、グレイ(注:エイリアンの種族のひとつ)との密約を交した。
・グレイは人類に技術を供給することに同意し、その技術は、B−2やF−117ステルス機超音速機「オーロラ」といった、進歩した兵器を作るために使われていた。
・グレイらは、ミューティレーションやアブダクションを行うことも同様に許可されていた。
・異星人のプロジェクトの遂行に必要なら資金は、CIAから供給されていた。
・MJ−12を通して、外交問題評議会、日米欧三極会議、秘密結社「ビルダーバーグ」などが、政策や経済など社会のあらゆる局面をコントロールする「闇の政府」を作った。
・この支配権力は、彼らの邪魔になる人物を暗殺して排除した。
・ケネディ大統領も彼らに暗殺された。
・グレイと手を組んだ支配権力は、「ニューワールドオーダー(新世界体制)」という隠れ蓑の下、世界征服を目論んでいる。
・アブダクティは強制収容所に狩り集められる。

 
 UFO神話は終焉した。しかし人は空を見ることをやめない。なぜならば空を仰ぎ見る事は、意味を求めることだからだと著者は言う。著者の最後の一節は、あれほど緻密にUFO神話を跡づけた手際からするとなんともあっけないものだ。しかしだからこそUFO神話の真実を突いていると言える。

人類は、意味を求めて、今日も空を仰ぎ見ている。
そして人類がそこに見いだすのは結局、私たち自身の姿なのかもしれない。

(2006年8月11日読了)


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