2012年06月29日

「発見!角川文庫2011」VS「発見!角川文庫2010」(再掲載)

[タイトル・表紙]
  今年は、昨年に引き続き「ハッケンくん」のイラストの表紙だ。これまでは新潮文庫に追従することを常とした角川だった。たとえば新潮100冊の「Yonda!「」(パンダのもじり)をパクって「カバのディスくん」(ディスカバーのもじり)という趣向のキャラクターだったのに、昨年突如としてオリジナルの路線に大変革を行い、「夏の文庫」フェアのファンを驚かせた(驚いたのは、ここにいる約1名だけかもしれないが…)。

角川文庫表紙2011年.jpg 表紙2010(角川).jpg

 しかし、今年の「ハッケンくん」は、あまり個性的なコンセプトを抱え込んでいるとは言いがたい。薄いと言ってもいい。何しろ、表紙には大きくシロクマが描かれて、「本屋さんには出会いがある」とのコピーが付されているので、いったいどんな発見が待ち受けているのだろうかと扉をひらくと、そこにはシロクマだけでなくアザラシやペンギン、クジラ、はてはマンモスとの「出会い」があることがわかる。真夏のジリジリとした暑さの中、ヒンヤリとした極地での光景は、僕ら読書人の目を楽しませてくれる。だが、涼しげなときめきは、ここまでだ。どんなにページを繰っても、ハッケンくんとその仲間は二度と姿を現すことはない。

 つまり、ハッケンくんもシロクマくんたちの役目も、ここでおわったのだ。「本屋さんとの出会い」とは、この見開きの絵がすべて物語るのみだ。なぜこういうことになってしまったかといえば、その秘密は今回のフェアのラインナップ自体にあるのだが、それは後回しにしよう。

[スペシャルカバー]
(A)名作×(人気漫画家&イラストレーター) 5冊
赤毛のアン
若き人々への言葉
銀河鉄道の夜
完訳ギリシア・ローマ神話
李陵・山月記

(B)人気てぬぐい店かまわぬ×角川文庫 6冊
伊豆の踊子
兎の眼
二十四の瞳
こころ
海と毒薬
羅生門・鼻・芋粥

(C)タイアップ 4冊
源氏物語 先年の謎
ビギナーズ・クラシックス源氏物語
全訳源氏物語一〜二


(A)は、昨年のハッケンくんイラストから、ナツイチガチンコ対決のスペシャルカバーに変更になった。それにしても趣向がナツイチそのままというだけでなく、「名作」と「人気漫画家(あるいはイラストレーター)」とのコラボというタイトルまで堂々とパクリっているのには、さすがにあきれてしまう。

(B)は、昨年のような「ぶんか社」御用達のアイドル写真がなくなって、てぬぐい店の和柄スペシャルカバーに大変身した。これってテイストは真逆だけれど、「新潮文庫の100冊」同様に、とってもスタイリッシュでおしゃれなカバーに仕上がっている。

(C)のタイアップは今に始まったことではない。角川文庫の本領であるメディアミックス戦略のひとつだ。

[ラインナップ]
  さきほど「ハッケンくん」のコンセプトが薄いという感触を述べたが、その原因の一端はラインナップにあると言った。今年はなんと178冊が紹介されている。昨年が105さつだったので、一気に70冊以上増えている勘定だ。そもそも100冊という仕切りは、フェアのパイオニアである新潮文庫が決めたお約束であって、他の出版社が従う義理などないのだが、なんとなく動かしがたい決まり事と化していたようだ。

 今回、角川がいわばタブーを侵して、いっきに200冊も視野に入れた冊数にラインナップを増やしたことが、果たして吉とでるのか凶となるのかは、来年の他社同行で判断すべきだろう。ただ、あらゆるジャンルで一律に冊数を増やしたりすると、「夏の文庫フェア」としての個性を無くすことになりかねないのも事実だ。100冊というの無意味なタブーではなく、フェア成功の鍵を握る一種のマジックナンバーなのかもしれない。

 ラインナップが倍増したため、当然ながら「今年入った本」は123冊(昨年は58冊)にのぼり、「今年消えた本」は例年並みの50冊(昨年は55冊)にとどまった。

[躍進した作家(17人)]
司馬遼太郎(0->3)
モンゴメリ(0->2)
江國香織(0->2)
黒木亮(0->2)
紫式部(0->2)
松本清張(0->2)
西原理恵子(0->2)
有川浩(3 ->4)
あさのあつこ(1->2)
芥川龍之介(1->2)
貴志祐介(1->2)
宮沢賢治(1->2)
山本文緒(1->2)
森見登美彦(1->2)
太宰治(1->2)
夢野久作(1->2)
柳広司(1->2)


[後退した作家(7人)]
山田悠介(6->3
川島誠(2->0)
神永学(3->2)
石田衣良(3->2)
宮部みゆき(2->1)
寺山修司(2->1)
森絵都(2->1)


 ラインナップ倍増の影響は「躍進した作家」の17人に如実にあらわれている(昨年は8人)。その中でも司馬遼太郎が大躍進した。いや、躍進とはおこがましい。復権がふさわしい。例のNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」の影響か?はたまたTBSドラマ「JIN(仁)」に出てくる魅力的な幕末の人物の中でも特に光彩を放つ坂本龍馬の人気沸騰によるものか?

 さらに注目は、やはり有川浩だ。ずっと言い続けてきたが2008年の初エントリー以後、1->2->3->4と、またまた今年冊数を伸ばした。「図書館戦争」シリーズの文庫刊行によって、まさに頂点を極めた。

 一方、山田悠介と角川文庫との蜜月も、ようやく終わりを告げようとしている。昨年の6冊が、なんとも持ち上げすぎの感が否めなかったが、今年は半分の3冊に減った。それでもまだ3冊もラインナップされているから、決して少なくはない。

 新しく入った作家81人(昨年は29人)
 消えた作家14人(昨年は31人)


 何と言っても81人という数は大きい。そのうちで「躍進した作家」に含まれる7人を除いた76人は一冊ずつしかラインナップされていない。つまり、作家のめんつに特徴があるというより、あらゆるジャンルの作品を満遍なく厚くしたという感じだ。一方で「消えた作家」がいないわけではない。これだけ冊数を増やしたのだから、消えてしまうのはお気の毒というしかない。

[消えた作家(14人)]
鈴木光司
滝本竜彦
大槻ケンヂ
瀬尾まいこ
森博嗣
新堂冬樹
笹生陽子
加納朋子
乙一
阿佐田哲也
ヘルマン・ヘッセ
ジャン・コクトー
川島誠


[キャッチコピー・解説]
銀河鉄道の夜 宮沢賢治
 (2010年コピー)星祭りの夜に銀河を駆ける、勇気を取り戻す旅
 (2011年コピー)悲しい気持ちを抱え、銀河鉄道に乗った少年は?


 ひとことでいうと「わかりやすくなった」。昨年もターゲットの低年齢化への対応はみられたが、今回ははっきりとターゲットにあわせて、コピーも解説も平易な文章に書き改められた。昨年のコピーはそもそも文章がおかしいと指摘したが、それは短いコピーの中で内容を解説しようとしすぎた担当者の気負いから来たものだろう。もっと力をぬいて楽になってしまえば、あとはターゲットである少年少女に丸投げしてしまえばいい。

 というわけで、今年のようななんの変哲もない、しかし彼らの心をくすぐる問いかけとなった。もう一つの指摘をしておくと、「最高の傑作」という無駄な惹句が消えた。たかだか十数年しかこの世に生を受けていないターゲットの少年少女には意味をなさないフレーズだというだけではない。大げさにいえば「歴史(文学史を含む)」に対する倫理(モラル)を問わないということでもある。解説はいつだって目の前にいる読者のためにあるわけだが、同時に多くの作家たちが培ってきた文学の歴史をふまえたものでなくてはならない。それが、おそらくは出版社としての倫理である。それが、これまでの「発見!角川文庫」のコピーや解説をつまらなくさせてきた大きな一因であるが、ターゲットを中高生に絞ったことで「歴史」はひとまず棚に上げて、「本を手にとって読んでもらう」までが、少なくとも夏の文庫フェア編集部の重大な責務だとようやく気づいたということだろう。

 では、そんなにコピーが以前と変わったのか、順を追ってみていこう。たとえば、和柄スペシャルカバーとなった6冊は、すべて2010年のフェアにもラインナップされていたので、すべてを比較してみる。

伊豆の踊子 川端康成
 (2010コピー)ノーベル賞受賞の文豪が描くみずみずしい恋物語
 (2011年コピー)踊子を好きになった高校生の恋の行方はー


 「ノーベル賞」とか「文豪」とか、確かに中高生には無用な形容かもしれないが、旧制高校生の若者を、いっきに今の高校生と同等に扱っていいものか。ここまで変えるかぁというのが正直な感想だ。しかも解説では「生きることがつまらなくて、卑屈な自分が嫌になった彼は伊豆へ一人旅に出かけ、…」とある。これでは格調もへったくれもない。

二十四の瞳 坪井栄
 (2010年コピー)戦争を超えて続く、教師と教え子の温かい交流
 (2011年コピー)みんなを巻き込んだ戦争は不幸と悲しみしか生まない!


 当然のことながら「教師と教え子の温かい交流」が描かれていることは解説を読めばわかる。だから、どうひきつけたいかでコピーはここまで変わるという見本みたいな変わり様だ。ただし、今年の「戦争が不幸と悲しみしか生まない」という、いわば当たり前にことを、当たり前だと思えない世代に伝えることの難しさが、今回のコピーには感じられる。

兎の眼 灰谷健次郎
 (2010年コピー)小学1年生を担任する新米教師の奮闘記
 (2011年コピー)先生はみんなの力を借りて君の心を開いてみたい。


 主人公の新任教師の心のうちに感情移入したコピー。これはコピーとしては強力だ。前年のが悪いというのではないが、「奮闘記」という言葉に心が動かない若い世代に対して届く表現に変えている。ところで、僕はずっと本書の教師とは、熱血青年だと想像していたのだが、今年の解説ではじめて主人公が女性だと気づいた。(「新任教師小谷菜美の悩みのタネは…」)

こころ
 (2010年コピー)「先生」の目を通して、エゴイズムとは何かを問う。
 (2011年コピー)あなただったら恋と友情どちらを選ぶ?


 2009年に初めてキャッチーなコピーになって、次の年には「エゴイズムとは何か?」を描いた小説という従来のコピーに戻ってしまった。残念だなと思っていたら、今年はキャッチーを通り越して、「ぶっちゃけ、どうよ?」みたいなコピーになってしまった。ただし、中高生向けのコピーとしては悪くはない。気に食わないのは解説の方だ。「恋人を手に入れるために親友を裏切り、自殺に追いやった過去が語られていた」という文章を先走りすぎている。親友Kを裏切ったことは確かだが。それがもとで自殺したのかは、今もって意見が分かれるところだ。そう言えれば単純になるが、作者はいろいろな解釈ができるように書いているはずだ。この解説、著者に対してあまりに僭越ではないでしょうか?
(ところで、ホンの些細な指摘だが、今年からようやくタイトルが「こゝろ」から「こころ」に改められた。ちょっと遅すぎるくらいのタイミングだけれど、いいんじゃないんですか。)

海と毒薬 遠藤周作
 (2010年コピー)罪とは何か?罪責意識をあらためて問いかける。
 (2011年コピー)俺のやったことは罪なのだろうか…?


 いやー、やっぱり主人公に感情を移入したコピーというのは強烈だ。しかも、この吐露はちょっとすごい。一言でぐっと胸をわしづかみされたようなコピーだ。

羅生門・鼻・芋粥 芥川竜之介
 (2010年コピー)「今昔物語」を題材にした表題作を含む初期短編集
 (2011年コピー)荒れ果てた羅生門の上で男が見たものはー


 昨年のコピーが中高生には全く意味のない文言だということは、誰でもわかるだろう。「今昔物語」が何かを知るのは、文学好き、古典好きの一部の少女だけだ。では芥川の短編は、作品の元となった古典を知らねば読めない作品だったのか。そうではないはずだ。古典や文学というハードルを乗り越えてでも読む甲斐がある「人間ドラマ」を読ませるのは、まずは今年のようなコピーが必要なのだ。

[今年新たに入った本リスト(121冊)]
図書館革命
図書館危機
図書館戦争
図書館内乱
パーティ
パズル
鳥人計画
夜明けの街で
探偵倶楽部
司馬遼太郎の日本史探訪
新選組血風録
豊臣家の人々 新装版
SPEED
GO
ジョーカー・ゲーム
少女地獄
走れメロス
四畳半神話大系
ファースト・プライオリティ
恋愛中毒
セロ弾きのゴーシェ
黒い家
蜘蛛の糸・地獄変
晩夏のプレイボール
できるかな
この世でいちばん大事な「カネ」の話
蔵の中
松本清張の日本史探訪
全訳 源氏物語一 新装版
全訳 源氏物語二 新装版
巨大投資銀行(上)(下)
トップ・レフト ウォール街の鷲を撃て
泣く大人
冷静と情熱のあいだ Rosso
青い城
赤毛のアン
DIVE!! (上)(下)
ブレイブ・ストーリー (上)(中)(下)
アジアンタムブルー
地球から来た男
月魚
少女七竈と七人の可愛そうな大人
夜市
幸福な遊戯
ドミノ
ダ・ヴィンチ・コード (上)(中)(下)
フェイク
新耳袋 現代百物語 第一夜/第二夜
嘘つきアーニャの真っ赤な真実
妻は、くノ一
ツ、イ、ラ、ク
動物の値段
私という運命について
天河伝説殺人事件
テロリストのパラソル
旅人 ある物理学者の回想
人生は、だましだまし
冷静と情熱のあいだ Blu
流想十郎胡蝶剣
李陵・山月記 弟子・名人伝
僕の好きな人が、よく眠れますように
不夜城
西郷隆盛
テンペスト 第一巻〜第四巻
グーグーだって猫である!
感傷の街角
不思議の扉 時をかける恋
霧笛荘夜話
長い腕
私はゲゲゲ 神秘家水木しげる伝
神谷美恵子日記
山椒大夫・高瀬舟・阿部一族
価格破壊
万能鑑定士Qの事件簿1
墓地を見おろす家
刺繍する少女
氷川清話 付勝海舟伝
退出ゲーム
わくらば日記
RIKO −女神の永遠−
甲賀忍法帖
ぼくがぼくであること
空気の発見
氷点
町医 北村宗哲
悪果
青年社長
源氏物語 千年の謎
コクリコ坂から
僕とおじいちゃんと魔法の塔 (1)
知識人99人の死に方
人間椅子
遠い海から来たCOO
二人の彼
文庫版 豆腐小僧双六道中ふりだし
オール1の落ちこぼれ、教師になる
脚本 コクリコ坂から
ぼっけえ、きょうてえ
グレートジャーニー 人類5万キロの旅1 嵐の大地パタゴニアからチチカカ湖へ
論語 ビギナーズ・クラシックス
チョコレートコスモス
八つ墓村
雷桜
英傑の日本史 新撰組・幕末編
いつか、虹の向こうへ
心の傷を癒すということ
粘膜蜥蜴
楽しい古事記
怪談・奇談
アフガンの男
若き人々への言葉
新版 人生論
完訳 ギリシア・ローマ神話(上下)
動物農場
星の王子さま
青春とは、心の若さである。
シャーロック・ホームズの冒険
人生は廻る輪のように
脳のなかの幽霊
嵐が丘
徒然草 ビギナーズ・クラシックス


[今年消えた本(46冊)]

クジラの彼
海の底
空の中
さまよう刃
殺人の門
使命と魂のリミット
8.1 Game Land
8.1 Horror Land
オール
スピン
ブレーキ
絶対泣かない
フライ,ダディ,フライ
レヴォリューション No.3
約束
心霊探偵八雲 SECRET FILES 絆
パイロットフィッシュ
きまぐれロボット
ロマンス小説の七日間
砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない A Lollypop or A Bullet
雷の季節の終わりに
ピンク・バス
ユージニア
天使と悪魔 (上)(中)(下)
アーモンド入りチョコレートのワルツ
つきのふね
書を捨てよ、町へ出よう
今夜は眠れない
夢にも思わない
リング
NHK にようこそ!
グミ・チョコレート・パイン グミ編
温室デイズ
どきどきフェノメノン A phenomenon among students
動物記
楽園のつくりかた
いちばん初めにあった海
失はれる物語
麻雀放浪記 (一) 青春編
車輪の下に
怖るべき子供たち
モーターサイクル・ダイアリーズ
800
夏のこどもたち
古事記 ビギナーズ・クラシックス
万葉集 ビギナーズ・クラシックス

(2011/9/2初出)
posted by アスラン at 12:35| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 夏の文庫フェア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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