2006年08月04日

ダ・ヴィンチ・コード ヴィジュアル愛蔵版 ダン・ブラウン

 実は再読だ。すでに昨年(2005年)の2月には読んでいるので一年半近くになるのか。今回は全一冊の「ヴィジュアル愛蔵版」というのに引き寄せられて再読したわけだ。何しろ西洋絵画や美術に造詣が深いわけではないし、海外旅行も行かない人間だからパリもロンドンもなじみがない。ましてやルーブルもサン・ラザール駅もウェストミンスター寺院もセント・ジェイムズ・パークの雰囲気を知るよしもない。

 もちろんミステリーいや小説全般を読む場合に、舞台となる場所を知っておくことが必要なわけでもないし、かえって想像力をかきたてるのに邪魔な場合だってある。知っておくと小説の内容とは別の意味で個人的な関心をかきたてられるというのがせいぜいだろう。ところが、こと本書に関しては現実の舞台を知っておく方がよさそうなのだ。

 何故かというとすでに読まれた方はすぐにピンとくると思うが、本書がミステリーである前に、絵画や史跡を中心にパリとロンドンをめぐる観光ガイド本そのものであるからだ。なにしろ数日(いやたった二日か?)の間にパリのルーブル美術館周辺と、ロンドンのセント・ジェイムズ・パーク一帯というごく狭いエリアを主人公たちがうろつきまわる。つまりは本書に挿入された二枚の地図(P.116パリ市街図とP.455ロンドン市街図)に物語のすべての舞台がおさまるという事に、今回まず驚かされた。これがパリ観光、ロンドン観光でなくてなんであろうか。

 さて一年前に単行本で読んだ直後の感想はあまりよくない。前にも書いたがミステリーの構成自体が「お手軽」という印象をまぬがれないからだ。数百年も謎のままとされる歴史的なミステリーを背景にして殺人事件が起こるのだが、それを一介の大学教授(宗教象徴学が専門)と暗号解読のプロという一組の男女がちょっと知恵を絞っただけであっという間に歴史的ミステリーの真実にたどり着いてしまう。もちろん殺人事件自体も一挙に解決し、指名手配という汚名さえも同時に返上するという一石二鳥、三鳥のような、まさに「お手軽」な物語なのだ。

 ではなんで今回またそんな第一印象の悪かった小説を再読しているかというと、ヴィジュアル版という趣向がこの作品の良さを引き立たせるだろうという予想があったからだ。その理由の一つがさきほど述べたミステリー構成そのものがパリとロンドンの観光そのものであるという点だ。ならば小説自体をガイドブック仕立てにしてしまえばいい。なにしろ地図二枚という便利さは特筆すべきだし、オススメの観光スポットの見どころをこれ以上ないくらい魅力的に紹介している本もないからだ。

 もう一つの理由は、前に読んだときにこれは小説ではなくてまるで映画だと思わせる直観が働いたからだ。物語の展開のよさや、主人公の男女の魅力的な取り合わせがまさに「シャレード」や「オシャレ泥棒」といった洒落た映画そのものではないかと思ったのだ。ちょうど今映画が上映されているわけだが、主役のトム・ハンクスとオドレイ・トトゥの二人が僕の思うような洒落た舞台の洒落たカップルを演じているのかは、映画を観てないので分からない。

 ただもし本書を読むのに、ルーブル美術館のエントランスのピラミッドから始まり、ダヴィンチやミケランジェロ、ボッティチェルリの絵画などを寄せ木造りの床を一歩一歩踏みしめながら見て歩く映像がお供にあれば楽しみは何倍にも広がるはずだ。でも歴史ミステリーの蘊蓄に満ちた本書を全編移し替えた映画では、読書好きの本来の楽しみを満足させることはあるまい。だからあくまで小説を読む際のお供であるイラストが豊富に含まれた本書の趣向こそがベストなのではないだろうか。

 内容の「面白さ」については、もう僕の言うべき事はないだろう。「お手軽」だと揶揄できたとしても、600頁からなる大作がたったの3日程度で読めてしまう読みやすさと分かりやすさはやはり著者の手際のよさと言っていい。まるで映画だと感じたのは、読者には謎を提示しておいて飽きない程度にすぐに主人公に謎を解明させる。そしてやはり飽きない程度に次の場所へと移動させる。ソフィーが祖父からの誕生日の贈り物を手に入れるために知恵を絞った宝探しゲームの楽しさそのものが、このミステリーの核だ。読者はソフィーとロバートというコンダクターから離れる事なくミステリー・ツアーの集団について行けばいいのだ。

 せっかくだから「お手軽」という揶揄が当たっているかどうか二、三の例をあげておく。どの部分を挙げてもいいのだが、例えば次のようなところだ。

 ソフィーとロバートは、ソフィーの祖父にしてルーブル美術館の館長である今は亡きジャック・ソニエールが残した言葉の謎解きを強いられる。そこには美術に造詣が深いだけでなく、言葉遊び・暗号にたけていた祖父への驚きが示される。二人がたどり着いたある銀行で、鍵はあるが口座番号が分からない。その10桁からなる口座番号の謎がわかったときに、ソフィーは「祖父は多義語を操る達人だった」とひとつの数字にいくつもの意味を与えた祖父の知恵の素晴らしさを賞賛する。しかし僕から言わせればこんなつじつま合わせはない。例の数字(読んだ方は分かるだろうが)が11個だったら、作者は口座番号の桁を変えたに違いない。

 謎のひとつひとつも簡単すぎるものが多い。なのに主人公たちはそれに気づかないふりをしている。ダ・ヴィンチなどの研究をしている二人の専門家がダヴィンチお得意の鏡像文字(鏡に映すと意味をなす文字)に気づかないのもちょっとありえないだろう。なのに「これは英語でもイタリア語でもない。セム語でもないし…」などとしらばっくれているのだ。

 また終盤で、ソフィーとロバートはキングズ・カレッジにある宗教学資料館に赴く。関連資料のデータベースにアクセスするためだ。ところがコンピューターで検索する司書の検索の仕方がなってない。ロバートが持ち込んだ四行からなる詩には、「球体」という重要なキーワードがあるのに司書はそれを無視する。あげくの果てには、聖杯伝説という思いつきから「杯」「聖杯」などのよけいなキーワードを付け足し、寄りにもよって時間のかかる近接条件(オリジナルのキーワードの近くに、近接条件で挙げたキーワードが存在している文書を検索する)にしている。

 これまた仕掛けているのは著者だ。要するに15分という検索時間のサスペンスを手にいれるために司書の技術をわざと鈍らせているに過ぎない。こういうストーリーをお手軽なと言ってもけっして言い過ぎではないはずだろう。

 ただあれもこれも著者の戦略に他ならない。観光ガイドのように、映画のように、読者を飽きさせないで、とにかく謎ぜめにしてすぐに蘊蓄と答えを提示する。これこそがミステリー・ツアー・コンダクターである著者の究極の戦略だ。この勘所さえ間違えなければ、今後もロバート・ラングドン教授の物語は「お手軽」だが「面白い」事うけあいだ。

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posted by アスラン at 04:03| Comment(3) | TrackBack(3) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして、watanabeと申します!
突然のコメント失礼致します。
ある能力を持った先生に
ダ・ヴィンチ・コードについて検証をしてもらいました。
興味があれば見て下さい!
Posted by watanabe at 2006年08月04日 20:59
はじめまして、TBありがとうございます。

記事、読ませていただきました。
非常におもしろかったです。
そうなんですよ、まさに
ダン・ブラウンのテクニックはそれです。
登場人物たちが「とぼける」んです。
「お手軽」という指摘は実に的を射ていますね。
Posted by Kouichirou at 2006年08月06日 19:18
Kouchirouさん、コメントどうもありがとう。

お手軽を楽しめるか楽しめないかで、ずいぶんこの本の見方が変わりますね。
Posted by アスラン at 2006年08月13日 02:32
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