原題が「Mathematics in Western culture」と書かれている。つまり「数学の文化史」とは訳されているが、この『文化』の中に、東洋の末席を汚している我が日本は含まれていない。そういうことが言えるかどうかは別にしても、これはアメリカ人の著者が、現代の数学教育状況を改革しようと熱意をもって1953年に書いた労作と言える。
数学という学問の一ジャンルに過ぎなかったものが普遍性を獲得するにつれて、科学が宗教から離脱していくための力を与え、やがて現代人が宗教(神)から離脱するための力をあたえたという、よくある人類の築きあげた文化の道筋を描いただけではなく、数学の中でも特に「非ユークリッド幾何学」が数学自体に及ぼした革命的な意義を本書のクライマックスで十二分に解説してくれたところが非常に面白かった。
これによって数学と科学(物理)とが袂を分かち、それゆえに数学は自然現象や現実世界を計測する手段という役目から解放されて、新たな自由を勝ち取ったと言える、というのが本書の核心である。著者の考えでは、ユークリッド幾何学の呪縛から解放された事で、数学はそれ自体の抽象的な方法論ゆえに、将来のあらゆる可能性に耐えうるとする。しかるがゆえに、数学はこれからも永続的な価値を持つという著者の声が、僕ら読者に聞こえてくるような気がする。
読んでいて唯一の不満があるとすれば、なにゆえにゲーデルの「不完全性定理」に至る数学基礎論の危機について言及していないのか、という点だ。この議論を本書の着地点にしたくなかったという、作者の意図が透けてみえるようでもある。それは何かと言えば、「数学教育改革」の名のもとに、著者が新たに築き上げようとする数学という建築への意志ではないだろうか。
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2011年06月22日
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