2011年06月06日

「帽子収集狂事件」(創元推理文庫)ネタバレ解読

(以下の文章では、ジョン・ディクスン・カー作「帽子収集狂事件」に関してネタバレを含む詳細な分析を行っていますので、未読の方は読まないようにお願いします。)

 これまでディクスン・カーの全作品を読破することを目指して、残りあと8冊までに至ったが、どうしても僕にはカーの作品に踏み込みがたい、あるいは乗り越えがたい壁のようなものを感じていた。それが何なのか、最近になってようやくわかった。カーの作品は、本格ミステリーであって本格ミステリーでないのだ。それはクリスティのミステリーとも違うし、クイーンのそれとも違う。どう違うのかをうまく捉まえきれないと、カーの良い読者にはなれない。これは僕にとって、いやカー好きの読者にとって重要な前提のように思われる。

 ならばカーの作品をよりよく理解するための方法論とはなんなのだろう。手がかりは、カーの全作品を解説している二階堂黎人というミステリー作家のエッセイにあった。ちなみに「という」と書いているように、彼の小説は一冊たりとも読んでいない。いや、そういえばJ・D・カー生誕百周年記念アンソロジーを謳った「密室と奇蹟」の中に彼の作品(「亡霊館の殺人」)があったので、まったく読んでいないわけではないようだが、その程度だ。とにかく、その二階堂氏が指摘するには、

カーの作品は、クリスティの小説のようには「斜め読み」ができない。


 何故かというと、カーの文章そのものが、あちこちに伏線をちりばめながら一つ一つ積み上げていくことで、事件や推理の全体像が浮かび上がるように仕組まれているからだ。僕が本書や「夜歩く」を読んで感じた「読者に優しくない」という実感は、まさにこういう点だ。クイーンであれば、最初から犯行現場のパースペクティブも、そこに存在するものもすべてが描きこまれる。さらには「エジプト十字架の謎」や「オランダ靴の謎」のように、犯人や犯行の手口を論理的に明らかにする手がかりさえも隠しはしない。作者の関心事は、読者に謎を隠す事ではなく、「論理的に」犯行や犯人を特定させることにあるからだ。

 一方、クリスティは読者にわかりにくい状況を作品に持ち込まない。非常にシンプルな現場。わかりやすい登場人物。明らかに疑いようのない動機。カーのように曖昧模糊とした薄暗い闇の中で起こる殺人ではなく、まさに白昼堂々と郊外で起きるのどかな殺人。クリスティの語り口は、とことん読者に優しい。誰もが解けそうな謎を提示しながらも、最後の切り札はポアロ(作者)が握っている。それは、地と図が反転するかのように読者の裏をかく「心理的なトリック」であり、見事に「隠された動機」である。クリスティの優しさはポアロの独白に集中する。「何故、彼女(あるいは彼)はそうしなかったのだろう」。

 クリスティの文章は確かに「斜め読み」が可能だ。どこかに読み損ねる伏線をこっそりしのばせておくような意地悪はしない。クイーンの文章は「斜め読み」しにくいかもしれないが、カーと違うのは「ここに重要な事が書かれているからね」と言わんばかりに事細かに描写しているところだ。そこを読み飛ばす方が読者には難しい。クイーンは公明正大な文章しか書かないのだ。

 カーの「積み上げるような文章」の例は、追ってみていくとしよう。それよりも、もう一つ重要な特徴として、

カーは、読んで面白いものを提供しているのであって本格ミステリーは二の次だ


という点が挙げられる。そうでなければ、本格ミステリーとしてこれほどフェアぎりぎりな書き方もないだろう。結末から遡ると、手がかりがないわけではない。しかし、順繰りに読んでいって、最初からすべての手がかりを正しく拾って、それを正しく解釈して、トリックや犯行や正しく暴く事は至難の業だ。どちらかと言えば面白さを優先した上で、「アンフェアだ」との誹りをうけないようにと、そっと手がかりをちりばめておいたと考えた方がよさそうだ。

 二階堂と芦辺両氏の「対談 地上最大のカー問答 」で、カーは未だに本国(アメリカ)で読まれ続けているが、クイーンは日本ほどには読まれていないそうだと伝えている。これはクイーン作品のパズル的な趣向が、今となっては子供じみていると捉えられ、一方でカーの作品は、怪奇趣味やユーモアの部分が大人の読み物として評価されているという事らしい。うなずける話だ。

 何故かというと、本来、「帽子収集狂事件」のような作品の面白さは、「ダヴィンチ・コード」のようなミステリーツアー的な醍醐味と通じるところがあるからだ。「ダヴィンチ・コード」や「天使と悪魔」が一級のミステリーかどうかなどと論じれば、マニアならば鼻白むところだろう。しかし、数百万部を売り上げた「一級のエンターテイメント」である事を否定するのは難しい。ひょっとしたらカー愛好家の対談で言われる「カーの悲劇」というものがあるとすれば、ディクスン・カー(カーター・ディクスン)という作家をミステリー作家に分類し、彼の作品を本格ミステリーと位置づけて珍重し続けた事が、カーのエンターテイメント性を読書好きに広く知らしめ損なった最大の「悲劇」だったのかもしれない。

 さて、以上の2点を十分に踏まえた上で、ネタバレ解読に取りかかろう。カーのミステリーとしての難点が暴かれるだろうが、一方で、読んで面白い、掛け値無しの娯楽作品である事も明らかになっていくはずだ。

 まず事件のネタバレをしておく。、
 ・世間を騒がせていた「帽子収集狂」の正体は、サー・ビットンの甥で「帽子収集狂」の犯行をスクープした青年記者でもあるフィリップ・ドリスコルである。
 ・フィリップ・ドリスコルはロンドン塔の構内にある逆賊門で死体となって発見されるが、実は殺されたのは自宅(フラット)である。
 ・ドリスコルを殺したのは、ロンドン塔副長官の秘書官で、ドリスコルの友人でもあるロバート・ダルライである。


 以上がどう可能だったのか、「殺人犯の告白」(P.362)と題する章以降のギデオン・フィル博士が説明する謎解きに沿って、解読していく。

「どうやって一時四十五分にドリスコルのフラットで電話に出て、その数分後にロンドン塔でドリスコルを殺害できたのか」(P.364)とハドリーは犯人に問う。

 ドリスコルの死亡推定時間は1時50分前後である(P.128でワトスン医師が断言する)。通常、リアルさを追求するミステリーでは、死亡推定時間には一定の幅をもうけている。1時50分前後という驚くべき確度で死亡時間が推定できるものではないからだ。現に「夜歩く」か「魔女の隠れ家」のいずれかの作品では、死亡推定時刻に1時間程度の幅が与えられていたはずだ。対して、本書では死亡推定時間をかなり限定している事から、なんらかの時間トリックが仕組まれていると考えるべきだ。それこそが「被害者はロンドン塔で殺されていない」というものだ。

 借財を抱えて八方ふさがりになっていたダルライ青年は、古書収集家アーバーにドリスコル本人からだと思わせる電話をかけて、サー・ビットンが盗まれたポーの未発表原稿を売りつけようとする(P.367)。サー・ビットンの娘シーラが「フィリップだって、ロバートになりすまして電話してきて、警察に来てくれと頼んだことがあるのよ」(P.257)と証言したことから、フィル博士はドリスコルとダルライ両人の声は似ていたと推理し、ダルライがドリスコルになりすますことが可能だと結論づけた。

 事件当日、ドリスコルからダルライ本人に電話が来る。伯父のサー・ビットンから帽子と一緒にポーの原稿まで盗んでしまったと気づいて途方にくれた彼は、至急会いたいと言ってきた。二人はロンドン塔で待ち合わせをする。このときにダルライは、入れ違いにドリスコルのフラットを訪れて原稿を盗み出すことを思いつく。

 ダルライはロンドン塔の記録室から、ドリスコルのふりをしてパーカーに電話をかけ、自分自身に電話を回してもらう(P.372)。そして、ドリスコルからフラットに来るように懇願されたと嘘をついて、ロンドン塔を出る口実を作る。ダルライは、ホールボーンの修理工場に将軍の車を預けてから、フィリップのフラットに徒歩で立ち寄り、ドリスコルの留守をねらってポーの原稿を盗もうとする(P.372)。

 一時四十五分にロンドン塔のパーカーからフラットに電話がかかり、ダルライはうっかり出てしまう。しかし、この不注意が偶然にもダルライに〈完璧なアリバイ〉を与えることになる。予定外だったのは、ロンドン塔にいるはずのドリスコルが何故かフラットに戻って事だ。ダルライの狙いを知ったドリスコルと争いになり、あやまってドリスコルを死なせてしまう。争っている最中に、弓矢がドリスコルの胸に突き刺さってしまった。つまり、死因は事故死で計画殺人ではなかった。(P.375)

「あいつ(ドリスコル)がどうしてもどってきたのかわからない」(P.376)と嘆くダルライに対して、フェル博士は「今日何度も聞いた話だぞ」とハドリーに話を振ると、ハドリーは

「今日の午後は叔父さんが月に一度訪ねてくる日だったか」(P.377)

と合いの手を入れる。これは、伯父のサー・ビットンが月に一度ドリスコルのフラットを訪問するのが習慣になっていたという話なのだが、果たして本当にそうだっただろうか?僕たち読者の疑念は、この習慣に関する話を「今日何度も聞かされたかどうか」と「では、伯父が訪れる日は今日だと決まっていたか」という2点だ。

 この点は事件の核心部分を形作る伏線なので、フェアかアンフェアかの判断が重要なところだ。僕自身、本書のあちこちを何度も探してみたが、サー・ビットンの定例訪問に関する言及は、以下の2箇所しか見つからなかった。

(その1)P.27で、ハドリーたちが待つバーにサー・ビットンが姿を現した際に、帽子を盗まれた事に腹を立てながら、今日の用事の一つに「甥の定例訪問」が予定されていたと明かす。しかし、盗まれた原稿の件でそれどころではなくなって訪問を取りやめた事を口早に言い切って、それ以上詳しい事は語らなかった。これが後々重要な謎解きの核心になると見抜ける読者は、皆無だろう。

(その2)娘のシーラ・ビットンは、レスター伯父がドリスコルのフラットを訪ねるために父のサー・ビットンから鍵を借りたという話をした際に、こう言及する。「(父は)本気でうるさく訪ねるつもりはなかったの。だって月に一度しか訪ねなかったんですもの」(P.266)

 この2箇所から、事件当日が伯父の定例訪問日だったと記憶に印象づけるのは、かなりの難事業だ。たとえば、「定例訪問日は毎月第○土曜日だ」と書かれていればまだしも、上記のたった2箇所で「今日なんども聞いた話」と言われても、首を傾げてしまう。

 おそらく毎月のどの日に訪問するかの手がかりを、カーは与えていない。だから、冒頭でサー・ビットンが言った一言だけが、唯一最大の手がかりということになる。こういうところに、前述の「斜め読みができない」「読者に優しくない」というカーの文章の特徴がよく出ている。だが、くれぐれも言っておくが、「これではカーなんて読めない」と簡単に放りなげてはいけない。さもないと、カーの豊穣な作品群をみすみす読み損なうことになるのだ。

 結局サー・ビットンはドリスコルを訪問しなかったが、事情を知らないドリスコルは、浮気相手のローラ・ビットンとロンドン塔で逢い引き中に、叔父の定例訪問の件を思い出してしまう(P.399)。彼が大いにあわてたように見えたのは、当然だ。部屋には伯父から盗んだ2つの帽子と、帽子にくっついてきた原稿までが、誰にでも目に付くところに置いてあるからだ。

 ドリスコルはローラを置き去りにして、ウォーター・レーンをメインゲートと逆方向に歩き、脇門からテムズ河岸の道へと出た(一時三十分頃)。それにしても逆賊門が殺害現場だったとしたら、犯人が逃走用に使う道順としてハドリーやフィル博士がとっくに指摘してもいいはずだが、結末にいたるまで一切触れられない。いずれにしても、これ以降、謎解きは「アリバイ崩し」の様相を呈してくる。

 一般にカー評論家や愛好家の間では、「帽子殺人狂事件」は「○○○○もの」と伏せ字にされて言い慣わされている。ここで、はっきりと「アリバイもの」だとバラしておこう。そうは言っても、僕自身は本書を「アリバイもの」と見なすのには抵抗がある。いわゆる「アリバイもの」と言われるジャンルでは、最初から犯人らしき人が特定されていて「アリバイさえ崩せたら」という状況を前面に押したてた構成になっているはずだ。

 そういう意味では、本書は「アリバイもの」らしくない。ましてや「アリバイもの」の醍醐味を読者に提供しようと、著者が腐心したとも思えない。しかし、よくよく考えるとロンドン塔という、イギリス人(あるいはアメリカ人)であれば非常にポピュラーな観光地と、その周辺を殺人事件の現場として選んだことによって、本書は「ダヴィンチ・コード」などに継承されることになる「ミステリー・ツアーもの」の先駆ということになる。

 残念ながら一見してそう見えないのは、僕ら異国の者にとってロンドン塔近辺の土地勘がまったくないからであり、作中でもロンドン塔界隈を知らない読者を想定した配慮というものを、カーや出版社が一切していないからでもある。これは、アリバイものの先駆けであるクロフツの「樽」にも当てはまることだから、当時のミステリー界が、その後数百万部も売り上げることができるベストセラーにするためのテクニックに気づいていなかったということだろう。

 さきほど、本書を「アリバイもの」と見なすのには抵抗があると言ったが、ロンドン塔から真の犯行現場であるドリスコルのフラットをつなぐ移動手段として、地下鉄や将軍の自動車を利用した点が、結末にいたるまでほとんど言及されていない。唯一、ハドリーがローラ・ビットンを疑って、「地下鉄を使えば、ラッセル・スクエア(フィリップのフラットの最寄り駅)まで15分足らずで行ける」と推理するのだが、読者の誰もがローラを犯人だとは思っていないので、この推理は取るに足らないものとして投げ出される。ところが、フェル博士は、ハドリーの推理を逆手にとって、逢い引き相手のドリスコルだって同じように15分でフラットに戻ることが可能だと推理する。

 この推理自体は見事には違いないが、そこから一歩進んで「アリバイもの」と読者に言わしめるためには、作中に現れる地下鉄の駅やストリートの位置関係を、図や文章で立体的に指し示すぐらいの丁寧さがあってもよい。おそらく、カーには「アリバイもの」を書いたという意識があまりなかったという事だろう。

 そこで今回、GoogleマップとWikipediaを駆使して当時のロンドン塔界隈を再現してみる事にした。今だからこそできる贅沢なミステリー・ツアーだ。まず、ドリスコルはローラと分かれて「城外への脇門」からテムズ河岸の道にでる。そこから入り口方面に歩いてマーク・レーンという道にあった地下鉄の「マーク・レーン駅」(現在は廃駅)にたどり着く。現在、ロンドン塔の最寄り駅はタワーヒル駅やタワー・ゲートウェイ駅になる。

 当時の地下鉄はシティ&サウス・ロンドン鉄道で、マーク・レーン駅から反時計回りにぐるっと弧を描くように地下を走り、「キングス・クロス駅」に至る。ここでピカデリー鉄道に乗りかえて、テムズ河に近づくように移動して「ラッセル・スクエア駅」で下車する。ドリスコルのフラットがある「タヴィストック・ストリート」は、キングス・クロス駅とラッセル・スクエア駅の中間にある。なおラッセル・スクエア駅より一駅先に「ホールボーン駅」があり、そこから徒歩で「ディーン・ストリート」(現在の最寄り駅はトッテナムコート・ロード駅)に行けば、将軍の車を預けた修理工場がある。ここまでマップを作ると、読書が楽しくなってくる。

 脇門から城外を出たドリスコルはマーク・レーン駅から地下鉄を使い、ラッセル・スクエア駅で下車した後、歩いて一時五十分くらいにフラットに到着する。そこで原稿を盗みに訪れていたダルライと出くわして、争いになり事故死する。ダルライは一計を案じ、地下鉄でラッセル・スクエア駅からホールボーン駅に一駅移動して時間を稼ぎ、歩いて修理工場から車を受け取って、ドリスコルのフラットの中庭に乗り入れる。

 濃い霧に乗じて、ドリスコルの死体を車の後部座席床に引きづり込み、布をかぶせる。帽子をもって、原稿を暖炉で焼いてフラットを出ようとした際に、管理人に出くわす(P.382)。フィル博士の謎解きで、「あのフラットへは車で行ったことはない」とダルライは証言した事になっている(どこで言ったのか?)。また、ダルライはフラットに車で来ていた事を管理人が見ていたとハドリーが聞き込んだ事になっている(それはどこに書いてある?)。話のつじつまが合わなかったのでダルライが怪しいとフィル博士は目星をつけた(P.382)。

 ダルライの誤算は、途中でメイスン将軍と出会ってしまった事だ。将軍は車のフロントシート(助手席)に強引に乗り込んできた(P.383)。この時に後部座席に乗り込んでいたら、犯行は露見していただろうとダルライは振り返る。スリリングであるとともに、なんとも間の抜けた犯人の苦心が非常に面白い。ダルライは、ロンドン塔の人目に付きにくい場所に死体を捨てることができればいいと思っていたが、将軍が乗り込んできたので捨てる事ができない。隣にメイスン将軍、後ろには死体を乗せて町から帰ってくるなんて、さぞかし気が気でなかっただろう(P.385)。こういう殺伐としない殺人も、気楽なミステリー・ツアー向きの描写だと思う。

 二時三十分に車はロンドン塔に戻る。ブラッディ・タワー(血塔)の前で車を降りた将軍は、ブラッディ・タワーへ向かうアーチを通っていく。将軍がアーチの先にある坂を登ったのを確認したダルライは、アーチとは逆側にある後部ドアをあけて死体を引きずり出す。最近出版された創元推理文庫(新訳版)では、ロンドン塔の地図に「ブラッディ・タワー下のアーチ」と「逆賊門」とが道をはさんで両側にある事が明記されている。ところが旧訳版のロンドン塔の見取り図には、将軍がくぐったアーチが書き込まれていない。非常に不親切な対応だ(いったい誰に怒りをぶつければいい?作者?出版元?日本の出版社?)

 ダルライは逆賊門の「柵越し」に死体を放り投げた。折りよく濃い霧が柵向こうの下り階段と下の広場を覆っていたので、死体は目立つことなく隠れた。ブラッディ・タワーに行きかけたメイスン将軍は、逆賊門の上部を覆うセント・トマス・タワーに用事があることを思い出して引き返したところで、ドリスコルの死体を発見した。

 以上が「帽子収集狂事件」がアリバイものと言われる所以だ。確かに、ここまで理路整然と筋道を追っていけば、アリバイものという主張もうなづけない話ではないが、普通に読んだ僕の印象では到底アリバイものとは思えない。カーの地の文ではあまりに手がかりが希薄すぎる。

 さて、もう一つ重要な点を指摘しておこう。今回のミステリー・ツアーを完成させるために、僕はロンドン塔の写真がアップロードされているサイトを探しまくった。どうしても逆賊門を取り巻く関係者の動きが把握できなかったからだ。それというのも、旧訳も新訳もロンドン塔を真上から見た平面図しか載せていないので、何故死体が見つからない理由がわからなかったのだ。

 実はロンドン塔の公式サイトなるものは皆無で、イギリスの観光局のサイトなどで申し訳程度の画像が掲示されているだけなので、逆賊門がいかなる様子なのかなかなかつかめなかった。イギリスを旅してロンドン塔をじっくりと見てまわった方のデジカメの画像を入手して、死体が転がっていたという階段やその手前にあるという柵の様子もようやく把握することができた。

 ふむふむ、そういう事か。僕は平面図から見て、逆賊門とはアーチの下がトンネルのような通路になっているものとばかり思っていた。そこをアーバーやローラなどが通行していて、何故にドリスコルの死体が見つからないのかと、馬鹿な事を考えていたのだ。なんの事はない。逆賊門とは、セント・トマス・タワーの下の方に作られた、アーチ状にくりぬかれた扉付きのはしけだった。だから、ウォーター・レーンの位置からは掘り割りのように下がっていて、その堀(水は抜かれている)へと幅2mほどの階段が降りている。堀の手前は高さ1mに満たない柵があるため、観光客は階段を伝って下に降りる事はできない。

 現物をよく把握した上で本文に戻ってみると、確かにP.58〜P.61あたりに次のように描写されていた。

 石段の最下段近くに頭を右にむけて、てっぺんから転げ落ちたかのようにだらりと横たわっていた。(P.61)
 逆賊門の石段付近まで霧が深くたれ込めている。(P.58)


 こうして、あらかじめ十分に下調べをしてから準備万端ミステリー・ツアーにでかければ、なんの不思議な事はない。誰もがカーの傑作「帽子収集狂事件」の醍醐味を存分に堪能できることだろう。
posted by アスラン at 19:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 評論・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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