2011年05月16日

帽子収集狂事件 ジョン・ディクスン・カー著/三角和代訳(創元推理文庫,2011/4/27読了) 

 「カーの作品を読み通したいとかねがね思っていた。」と、僕は1998年の本書(といっても旧訳の方だ)の書評で書き出している。ちょうど今から13年前にジョン・ディクスン・カーの全著作を読破すると決意表明したわけだ。そして、どういう結果になったかと言えば、未だにすべてを読み尽くしてはいない。「なんたることじゃ!」とフェル博士、あるいはHM卿にののしられても仕方がない。

 しかし言い訳もそれなりにある。2000年に何度目かの入院をして、はじめて全身麻酔による手術を経験した。快復後にいまの妻にめぐりあって(といってもドラマチックな出逢いなど全くなく)、ありきたりな職場結婚をはたしたが、それからの人生はなかなかの山あり谷ありだった。子供も生まれて育児に追われ、親の介護の追われと、まぁ、2000年を境にいろいろと生き方が変わってしまった。だから13年たってもカーの著作読破を果たせなかった。と書けば、ちょっとは格好もつくだろうが、本当の理由はそこにはない。

 実を言えば、カーの著作は多すぎるのだ。ディクスン・カー名義だけで60冊、カーター・ディクスン名義で30冊弱。あわせて90冊の長編を読まねばならない。次に言えば、作品に出来不出来があって、なんども挫折を味わう。さらには歴史ミステリーのような探偵不在の作品が結構あり、なんども躓く。さらにさらに、当然のことながら絶版となった作品がかなりあり、入手する手間暇を掛けているうちに読む気が失せてしまう。おまけに一つの作品にタイトルのバリエーションがあって、すでに読んだ本なのか読んでいないのかが区別しにくい。

 そのうち、自分はどこまでカーの著作を読み切ってきたのだろうかと書棚を眺めても、書棚のあちこちに本が散らばって、自分自身を見失う事になるのだ。だが、13年前に作った古びた作品リストを、いまあらためて見ていくと、すでに残件を数え上げた方がいいくらいには作品を読み切っている。では残件を挙げてみよう。

疑惑の影(フェル博士もの) 1949年
喉切り隊長(歴史ミステリー) 1956年
ハイチムニー荘の醜聞(歴史ミステリー) 1959年
引き潮の魔女(歴史ミステリー) 1961年
Papa La−Bas(歴史ミステリー) 1968年
幻を追う男(ラジオ劇の長編化) 1994年
殺人者と恐喝者(HM卿もの) 1941年
騎士の杯(HM卿もの) 1953年


なんと残り8冊ではないか。やったぁぁ…。いや「疑惑の影」は読んでいる気がする。いやいや、あれは「囁く影」だったか。こういうふうに、読後タイトルで内容が区別つかなくなるのも、カー作品読破を遠のかせる大きな要因の一つだ。まあいい。とにかく残りは8冊だとしよう。その半分が歴史ミステリーというのは、なんともまずい。しかも3冊が入手できていないというのも困った話だ。できれば購入して手元に置いてゆっくりと読みたい。「Papa La−Bas」などは長らく未翻訳だったはずだ。最近翻訳されたはずだよなぁ。なんてタイトルだっけ?

 「はず、はず」で申し訳ないが、すでに最後にカーを読んでから4年は経っているのだ。すっかり気分は黄昏れたボケ老人のようだ。そこにきて、今回の「帽子収集狂事件」の新訳という、まさに事件が起きた。惚けた僕の頭をふるいたたせるには十分すぎるほどの「事件」だ。それには1998年当時の決意表明にさかのぼる必要がある。このとき、すでに「帽子収集狂事件」は再読だった。それなのに僕はこう書いている。

「…殺人現場の構図や、関係者の位置関係、時系列などが容易に想像しにくい。ロンドン塔の血塔のアーチでどのように殺人が行われたかが、フェル博士の解決を読んでもいまいちピンとこない。」


 要するに、殺人の不可能性をじっくりと味わえるほどには、現場周辺の状況が僕にはさっぱりのみこめなかった。その原因は大きくわけて2つあると思う。一つは殺人現場であるロンドン塔の見取り図の不備だ。旧訳ではロンドン塔全体を俯瞰する地図が附されていて、一見すると観光に使えそうな見やすさが感じられる。しかし、実際には、被害者の死体が発見された逆賊門を中心として、短時間にさまざまな関係者が入り乱れる錯綜したドラマを立体的に再構成できるようにはなっていない。致命的なのは、犯人が何故に逆賊門という衆人環視のスポットをわざわざ選んで死体を残していったのかを合理的に考えるための書き込みが、旧版の地図では省かれている。

 そういうわけだからか、新訳では冒頭に置かれた見取り図が全体図ではなく、逆賊門にズームした詳細図に変わった。さらには(1)〜(8)までのマーカーを立てて事件関係者の事件当時の位置関係や、各塔を移動する通路のありかなどが簡潔にわかるような工夫がなされた。この工夫の中に重要な手がかりがあると言ってしまってもネタバレにはなるまい。何故かと言えば、さきほど述べた原因の2つめにかかわってくる。早い話が殺人現場の見取り図がわかりやすくなったところで、著者の書き方が読者に優しくはないからだ。

 例えば僕などは、エラリー・クイーンの「オランダ靴の謎」を本作品との好一対として取り上げたい。あの作品でも犯行現場の麻酔室を含む病院の見取り図が挿入されている。そして、本文では、探偵を含む登場人物がどの径路を通って何をしたのかが一目瞭然であるように事細かに描写されている。それはある意味偏執的でうざったいくらいだが、当時のクイーンにとっては、自らの創出した謎解きを正当化するために不可欠な演出だった。

 しかし、カーはそうではない。いつまでいっても、どこまで深読みしていこうとも、犯行現場の逆賊門周辺は、ロンドン特有の深い霧と著者が作り出した深い闇に包まれていて、状況が判然とはならない。そう広くはないアーチ内をすれ違って、なぜに人々は死体の存在に気づかないのか。門とアーチ、あるいは柵とはどのような配置になっているのか。結末のフェル博士による解決を読んですら理解できなかった。今回の新訳では、読者にわかりやすいようにとずいぶん配慮された訳文になっているはずだが、どうしてもわからなかった。僕の頭が鈍いのだろうか。

 でも最近「エラリー・クイーン論(飯城勇三著)」という評論を読んで、目を開かされた事がある。クイーンの作品は「犯人当て」や「トリック当て」に主眼はなく、「論理的な推理当て」にこだわったために、唯一無二の作風が生み出された。クイーンのような作風はほぼ少数派であって、カーやクリスティのように、作者自身(探偵自身)が「犯人はあなただ」とか「この殺人を可能にしたトリックは、これこれだ」と宣言するタイプのミステリーのほうが非常にポピュラーであるという事に、13年前の僕は気づいていなかった。

 それさえわかっていれば、13年前に書いた書評で「殺人現場の構図や人物の位置関係、時系列などが容易に想像しにくい」とか「殺人がどのように行われたか解決を読んでもピンとこない」などと、あからさまにあげつらったりしなかったに違いない。

 カーは、そもそも優しく手がかりを提示しようなどとは思っていない。狐につままれたような謎を、怪しげな雰囲気を醸しながら、時には読者をはぐらかすように小出しにする。だからフェル博士の解決を読んでも、「そんなこと、一体どこに書いてあったの?」と思う事が何カ所もある。もう一度再読してみないとわからないくらい、重要な手がかりを何気ない会話や地の文に滑り込ませている事がしばしばだ。

 例えばフェル博士は、終盤で、重要な謎を解く根拠を列挙した後に、ハドリーに向かって「今日何度も聞いた話だぞ」(P.377)と言い放つ。それは、相棒のハドリー警部だけでなく僕ら読者にも注意を喚起するための台詞でもあろうが、いったいどこに書いてあったんだと面食らうこと請け合いだ。遡って記述を探してみたが、序盤に一箇所だけ見つかった。それも、本当に会話の中に埋もれるように控えめに言及されていて、ほとんどの読者は素通りして思い出す事はないはずだ。

 しかし、そのこと自体を「ずるい、アンフェアだ」などと言ってはカーの良い読み手にはなれない。それこそが、僕が13年かかって学んだことなのだ。カーがやろうとしているのは、一篇の長編の中で実現される大がかりなイリュージョンだ。最初に不可能な状況で殺人が起きる。それを読者に十分に味わわせておいて、結末で見事に手品の種明かしをしながら、さらにその上に「意外な犯人」を提示して、再び観客(読者)を驚かそうとしている。

 つまり、圧倒的なサービス精神に貫かれたエンターテイメントである事に気づけば、その間をつなぐストーリー運びでは、読者が真剣に謎を解くための段取りに費やされるよりも、よりいっそう結末の意外性を楽しんでもらうための様々な演出に時間が割かれている事に、僕らは素直に気づかねばならない。

(参考)
 とはいえ、やはり本書の面白さを理解するまでには地元人(イギリス人あるいはロンドン生まれ)しか分からない土地勘が要求される。そこで「ダヴィンチ・コード」でも同様な手法は欠かせないが、地図やガイドブックを片手に「帽子収集狂事件」を楽しむアプローチで、本作を解体してみた。すでに既読の方はこちらもどうぞ(「帽子収集狂事件」(創元推理文庫)ネタバレ解読)
posted by アスラン at 12:44| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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