2011年04月14日

ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業(上/下) マイケル・サンデル(2011/3/20読了)

 NHK教育で昨年の春ぐらいに集中的に放送していたTV番組を見たのがはじまりだ。こういった専門分野の啓蒙番組を熱心に見ることになったのは、かのガルブレイス「不確実性の時代」以来ではないだろうか。あの番組も、まだ当時ビデオレコーダーさえなかったので、一生懸命深夜の再放送を書かさず見ていた記憶がある。


 それに比べると、いまや僕を含めて現代人は怠惰になったものだ。「白熱教室」の集中放映をまるまる録画して、その後サンデル教授来日を記念して東大で開催された講義の様子を収めた特別編も追加で録画した。しかし、そこからいろいろと遠回りするのが、それこそ「僕の悪い癖」だ。

 まずは『これからの「正義」の話をしよう』を読み、他の専門家の考えとサンデルの主張を比較したくて加藤尚武『現代倫理学入門』を読み、そしてこの講義録を読み終わった。するとわかったことは、僕はテレビの「白熱教室」の最初の数回までしか見ていないということだ。NHKでも視聴者の要望が高いこの番組を何度も何度も放映しているので、そのたびにちょいちょい見ている。決まって最初の方の回を見ていたようだ。そのせいでおなじみになったのは、ベンサムの「功利主義」への逆説的な批判が展開される初回だ。それこそ超面白い設問(5人と1人のどちらを助けるかという究極の問い)を中心に講義が進行するところは、なんど見ても飽きないし、目が離せない。

 「列車を止められない運転士が線路上の5人を助けるために、引き込み線上の1人を犠牲にするべきか」という設問にどう道徳的に答を与えるかという場面がそれだ。日本の学生よりも自説を主張するのに慣れていると思わせる学生もいれば、やはり考えが浅くて大学生らしいと思わせる意見を述べる学生もいる。サンデルは、あらかじめ想定していた考え方の中に、そっと彼らひとりひとりを導いては分類する。そのうえで、何が公平であり、どう選択すべきかを、学生自身に考えてもらう。

 まるであらかじめ仕込まれているかのように、最終的にはサンデル教授が進めようとしている内容に沿って、講義は進行していく。その小気味よさに、学生だけでなく参観している僕ら視聴者も、サンデル教授の話術にはまっていくのだ。

 その後、功利主義者と対立するリバタリアンの考え方の長所と短所が浮き彫りにされ、さらにはカントの説いた「自由」や「自律」の概念から人間の尊厳の重要性が見いだされていく。そこでは「尊厳」と対置された「功利主義」の安っぽさが露呈される。だが、カントの「自律」ですら説得力ある対応ができない現代的な課題には、いまでは見向きもされなくなったギリシャ哲学の雄アリストテレスの思想が今なお有効である事を、サンデル教授は高らかに宣言する。

 これらはどれもこれもおもしろい。『これからの「正義」の話をしよう』を読んだ時には、前半の功利主義やリバタリアンへの詳細な批判に比べると、後半の自説を含めた論旨がうまくまとまってないような感じがした。少し散漫な感じがしたのだ。同時に結論を導くところが多少強引な感じもしていた。ところが、「白熱教室」の放送をそのまま再現した本書を読むと、それぞれのエピソードが、それぞれの哲学者の思想が、比較対照されながらじっくりと検討されているので、ようやく満足感が味わえた。

 惜しむらくは、学生とサンデル教授との真摯な議論の合間に絶妙なタイミングで放り込まれる教授のユーモアに満ちた一言のおもしろさが、番組を見ない人には十分に伝わらないだろう。教授が演台からお得意のしぐさで学生を指さし、指さされた学生は緊張しながら、会場にいる大勢の学生の前で自説を唱える。その独特の雰囲気のなかで、教授の愉快であると同時に的確な主張を込めた冗句に、指さされた学生も会場の学生も一挙にリラックスする場面が随所に見られる。この番組の、隠れたみどころの一つだ。

 番組をみた人ならば、本書にもそのシーンが言葉で再現されているのを見てとって、思わずほほえむだろう。たとえばサンデル自身がハーバードの学生だった当時、ハーバードの女子寮ではいまだに異性を宿泊させる事が禁止されていたが、時代の流れで「そんな規則を守る学生はいなかった」と言った後で、ちょっと間をおいて「と僕は聞いていた。」のように、人ごとにしてしまう。会場が思わずドッとわいて緊張感が解き放たれる。こういうところがあるからこそ、僕らは結構難しい話題を真剣かつ気楽に楽しむ事ができる。

 もちろん、実際の放送をみた方が何倍も楽しい。でも見る時間がない人にはお手軽な再現ドキュメントになっていることもまた確かだ。そして、見た人が、もう一度名場面を見直すための絶好のガイド本としても使い道がありそうだ。
posted by アスラン at 12:56| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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