2012年01月16日

ハイゼンベルクの顕微鏡 不確定性原理は超えられるか 石井茂(2006年5月28日読了)

 ハイゼンベルクとは何者か?
 不確定性原理とはなんだろうか?
 何故今、ハイゼンベルクの不確定性原理なのだろうか?

 もちろん高校の物理学でも熱心に勉強した人なら一度は聞き及んでいるはずだ。少々荒っぽい言い方をすれば、師匠格のボーアとともに現代物理学の中心にある量子物理学の礎を築いた科学者だ。

 本書はかなり分かりやすく書いているとは言え、もともと極めてむずかしい話なので僕の要約はポイントを外しているかもしれないので、そのつもりで割り引いて読んでほしい。

 アインシュタインは、特殊相対性理論、一般相対性理論を打ち立てて光速度とエネルギーにE=mc2の関係がある事や、ニュートン以来手つかずだった重力が時空の歪みとして記述できる事などを明らかにして宇宙全般を支配している物理現象の一端をほぼ独力で解明していった。

 しかしその一方で、物理学の関心の中心は物質を構成する量子の実相を明らかにする事に移っていった。例えば光は古典物理学では波だと考えられているが、やはりアインシュタインが明らかにしたように光は光子という単位から構成されている事が判明した。

 そうなると光は波でもあり物質でもある事になる。これは古典物理学ではありえない。新しい理論が必要だった。

 ボーアは「相補性」という概念を導入して、量子が波の性質と物質の性質を合わせもつものとして再定義しようとした。要するに古典物理学ではありえないことが「ありえる」と宣言したようなもので何故そうなのかは問わないという事だ。

 問題なのは物質の構成単位である量子がそういうものなら、例えば原子の周りを回っている電子の位置を正しく観測できるかが問われる。物質なら位置や速度は測定できるが電子が波の性質を合わせもつならば位置も速度も確率的にしか記述できない。

 そしてその後の量子物理学の道筋を決定づけたのがハイゼンベルクの提唱した不確定性原理だった。ハイゼンベルクは量子の性質を特徴づける際に

  (位置の不確定さ)×(速度の不確定さ)=一定値(プランク定数)

になる事を示した。

 これがどういう意味をもつかというと、量子の位置と速度を同時に決定できないという事だ。つまり位置を確定しようとすると(位置の不確定さ)は0にかぎりなく近づく。すると(速度の不確定さ)は無限大になる。つまり速度が決まらない。速度を確定した場合も同様に位置が決まらない。

 こんな変な事が起こるのは原子や電子といったミクロの世界だけだ。僕らの直観が当てになる現実の世界では、自動車の速度と位置は同時に決定できるのは言うまでもない。ハイゼンベルクが考えた不確定性は僕らの目に見える事象にとっては無視できるほど小さいからだ。

 このボーアとハイゼンベルクの考え方を量子物理学の前提としようと言うのが、初めて彼らが提唱した会議の場所を冠して「コペンハーゲン解釈」と言う。

 これに噛みついたのがアインシュタインで、ここで例の有名な「神はサイコロを振らない」というセリフが出てくる。つまりアインシュタインはあくまで物質を記述するのに確率でしか決定できない理論に不満足だったのだ。

 その後様々な思考実験が双方から提出され、お互いの主張を打ち負かすために議論が続いた。しかし次第にボーア・ハイゼンベルクの主張が受け入れられていく。

 ここで思考実験と言っているのは、実際に実験で検証できないような事を机上で考えて、従来の理論で説明がつくか考えるというものだ。ここらへんが門外漢には分かりにくいところだが、いくら思考実験を重ねても実際に検証出来なければ正しいとは言えないはずだ。しかし理論物理学者にとっては、とりあえず理論を先に進めるためには思考実験は重要なプロセスであるらしい。

 とは言え、不確定性原理やコペンハーゲン解釈の「原理」や「解釈」という言葉を見ると、演繹された理論ではなくてあくまでもうまく当てはまるからとりあえずこれでいきましょうというニュアンスが漂う。

 そもそも不確定性原理は、位置の不確定さと速度の不確定さをかけると一定値になるという実は意味がよくわからない式である。これは当初、不確定性原理を支持する科学者からも定義が曖昧だと言われたようだ。その後、量子の位置と速度を「観測」するという事を厳密化する事で、

 (量子の位置測定誤差)×(量子の速度測定誤差) => 一定値

という不等式を導出する事で、不確定性原理は電子や素粒子などの観測の限界を示す式として一般化されるようになった。(フ〜。ここまで合ってるだろうか?)

 で、ようやく冒頭に挙げた最後の問いかけに戻る。

 何故今、ハイゼンベルクの不確定性原理なのだろうか?

 実は日本人の物理学者小澤正直教授が最近「小澤の不等式」と呼ばれる式を導出した。そこにはハイゼンベルクの不確定性原理が破れている事が証明されているのだ。この不等式の説明は僕の説明能力を超えるので簡単に結論だけ言ってしまえば、不確定性原理やさきほどの不等式には隠れた項があって、それをきちんと記述した「小澤の不等式」を使えば、

 量子の位置測定誤差も速度測定誤差もいくらでも小さくできる

という結論(!)になる。

 この結論はよっぽど今の物理学者には受け入れがたいものらしく、小澤氏は最初に投稿した論文をある米国の学会誌から拒否され、やむなく別の学会誌に投稿している。

 重要なのは、この結論が及ぼす影響である。さきほどハイゼンベルクの不確定性原理は観測の限界を示すものだと述べたが、これは何も例のノーベル物理学賞を受賞した小柴東大名誉教授が尽力したスーパーカミオカンデのような素粒子の検出のような特殊な観測にしか意味をなさない他人事ではない。

 近年コンピュータの性能は日進月歩と呼ぶには足りないくらいの飛躍的な進歩をとげ、いま各家庭で使っているパソコンの性能さえちょっと前まではスーパーコンピューターが持っていた性能と等しかったりする。しかし問題はこれ以上CPUの速度を上げてチップの集積度を高めていくと、いずれ電子のレベルで不確定性原理の壁が立ちはだかる事になる。

 現に、最新のコンピュータとして量子コンピューターというアイディアが研究されている。これはまさに量子物理学の最新理論をCPUに応用するというものだが、その際にも当然ながら不確定性原理による観測問題が立ちはだかる。しかし小澤の不等式の意味するところは、結局のところ量子コンピュータの実現を阻む制約はないという事だ。

 夢のような話ではあるが、もし小澤氏の考え方が正しければ同じ日本人としてハイゼンベルクに次ぐ偉業を成し遂げたという事は誇らしい。しかし残念ながら、今のところ小澤の不等式は検討され始めたところという事のようだ。

 つい最近、科学雑誌「Newton」で量子力学の特集が組まれていたので書店でパラパラとめくってみた。もし小澤の不等式まで載っていたら購入しようと思ったのだが、小澤氏の名前すら載っていなかった。つまりはまだ科学誌で紹介するほど主流になっている考え方ではないということだろう。

 だが、この「小澤の不等式」が正しいと実証されたならばノーベル物理学賞は間違いないのでないか。そんな嬉しいニュースが飛び込むのはまだまだ先のようだが気長に待つこととしよう。
(2006年06月10日初出)


[追記(2012/1/16)]
 ついに「そんな嬉しいニュース」が飛び込んできた。今朝見た読売新聞(YOMIURI ONLINE)の記事「不確定性原理に欠陥…量子物理学の原理崩す成果(2012年1月16日08時12分読売新聞)」がそれだ。記事によるとウィーン工科大と名古屋大の共同研究によって、「中性子の2種類のスピン」を測定したところ、不確定性原理から導出される測定誤差(最小値)を下回る結果となった。この2種類のスピンは、不確定性原理で言うところの位置と速度に相当するそうだ。つまり本文でも書いたように不確定性原理の数式に誤りがあることになる。

 なんと共同研究者の一人が小澤正直・名古屋大教授なのだ!なるほど、国際学会が認めてくれない理論であれば、これはもう実証するしかない。ウィーンの大学との共同研究という点も素晴らしいが、どうやらウィーン工科大に日本の准教授が在籍している事も、事態を好転させた理由ではないだろうか。あとは「小澤の不等式」が再評価される事を、心から待ちたいと思う。もう気長に待つ必要もないだろう。
posted by アスラン at 12:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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