2011年03月08日

E=mc2−世界一有名な方程式の「伝記」− デイヴィッド・ボダニス(2011/2/18読了)

 アインシュタインの「相対性理論」の核心をなす数式と言えばいいのか。あるいは僕ら一般人にとっては、彼が導いた真に偉大な〈達成〉すべてを象徴するモニュメントとみなすのがふさわしいのか。現代の神話となりつつあるアインシュタインの業績をいまなお取り沙汰するためには、このモニュメントには内実を伴った「物語」が必要だ。ハリウッド女優のキャメロン・ディアスがインタビューで戯れに語った「E=mc2がいったい何を意味するかを知りたい」という問いは、多くの人々にとって一度は抱いたことのある欲望に違いない。

 その欲望に真正面から取り組み、魅力的な物語に仕立て上げた本書は、「E=mc2」の誕生の瞬間がきわめて何気ない淡々とした状況で生じた事を見事に描写している。アインシュタインが、その知性を理解されずにスイスの特許局で不遇の人生に甘んじていたことは有名な話だ。神が与えたもうた才能とは無縁の仕事の埒外で、彼は奇跡のような〈収穫〉を着想から五、六週間でなしとげて「学術誌に寄稿した」。しかし、その論文に肝心の数式は登場しないと言う。

 論文に書き漏らしがある事に気づいたアインシュタインが、3ページほどの補遺を書き上げて追送した文章の中に、その数式はひっそりと産声をあげたのだ。その影響力を理解していた人は、この世界に誰一人としていない。まさに孤高の孤児の誕生だった。おそらくは生みの親ですら、その真価を想像できなかった。その証拠に「E=mc2」の伝記の序盤で早々とアインシュタインは姿を退く事になる。それ以後、「E=mc2」は正統な伝記にふさわしく、数奇な運命に翻弄される。アインシュタインは「神がわたしにいたずらを仕掛けているのかどうなのか」と自問したらしいが、「E=mc2」は、まさに時代の波にもまれながら運命のただ中を突き進む。

 本書で僕の胸を揺さぶる2つのエピソードがある。その一つは、「E=mc2」から帰結として得られる「核分裂」の効果を利用した新型爆弾(原爆)が、初めて日本の広島に投下される日を描いた『午前八時一六分、広島上空』という章だ。世界で唯一の被爆国で生まれた作家ならば、主観や感情を廃した記述は不可能であるがゆえに、その瞬間の描写は、肌をひりひりと刺激するようなジメジメした描写にならざるをえない。日本に原爆を投下する決定が歴史的な過ちであることを十分に理解している著者は、科学者としてのアプローチにふさわしく、徹底的に客観的な筆致で、原爆の生み出す苛烈な破壊力をあきらかにしようとする。E=mc2が生み出す理論上の数値を積み上げていくだけで、この地上で数式が果たした〈大仕事〉の残酷さが明確に浮き彫りにされていく。この章の描写に圧倒されない日本人はいないのではないか。感情に訴えないが故に、原爆の惨禍への有無を言わせぬ批判となっている。そんなことを感じた。

 そしてもう一つは、もちろん生みの親アインシュタインの再登場だ。アインシュタインの晩年は、故国から遠く離れたアメリカに亡命してプリンストンで暮らす、一見すると穏やかな日々だった。しかし「アイビーリーグを気取ったプリンストンの雰囲気はどうしても好きになれなかった」ようだし、原爆投下にGoサインを与えた大統領への親書を生涯後悔し続けた。

 そして、精神の衰えを感じ始めた彼は、「大きな発見は若者のものだ」と助手に語ったと言う。一時期は自らが時代の寵児となり、あっと言う間に過去の存在となっていった実父は、一人の穏やかな老人となり、人生の黄昏を、もう一度、何事をも読み解けるという「神の図書館の蔵書」を読む事を夢見ながら過ごした。実父の記憶をいまだ現代に再生しながらも、E=mc2というモニュメントは、永遠にも似た輝きを僕らに向けて放ち続けている。
posted by アスラン at 19:09| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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