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    2006年06月06日

    幸せな動物園 旭山動物園監修

     平日に上野動物園を訪れたことが何度かある。平日の動物園は静かだ。午後3時ごろに入園するとかなり空いている。

     正面入り口すぐ左にあるパンダ舎の前でさえ人影が見えないことがある。パンダと言えば初めて中国から日本に送られたランラン・カンカンの人気は大変なもので当時のパンダ舎の前は大行列が出来た。

     大混雑に恐れをなした小学生の僕は、大学生になってようやく永年の希望を果たした。さすがに長蛇の列ではなかったがそれなりの行列が出来ていた。肝心のパンダは奥の方でグースカ寝ていて、みんな起きるのを今か今かと待ち受けて立ち止まる。しかしパンダは午後2時過ぎないと目覚めないのだ。それを知らずに午前中に見に来た僕らこそいい面の皮だった。

     あのカンカン・ランランから何匹めになるか分からないくらい亡くなっている上野動物園のパンダの檻は冷暖房完備のマンションの一室と言っていい。運動不足やストレスの解消のための大きな庭が用意されてはいるが、あのワンルームに眠るパンダを見るたびに過保護ではないか、過保護が上野のパンダの短命の原因ではないかといらぬ詮索をさせる。

     のどかなのは入口のパンダからトラやゴリラなどの檻をつなぐ道すがらに配置された鳥たちの檻だ。飛ぶには小さすぎるスペースに小さな鳥から大きな鳥まで様々な檻がズラリと勢揃いしている。

     ハゲタカや大鷲といった日頃間近で見ることのできない鳥たちの唖然とするくらいの大きさを目の当たりにできる幸せが、ここにはある。

     幸せ。そうだ。この幸せは僕ら人間たちのもので、僕らがのどかな気分で幸せに浸れるのも、これら動物たちのおかげなのだ。鳥の檻ののどかさは実は見た目だけのもので、鳥たちは遠くまで飛びたたないように羽の一部が切り取られる事が動物園の常識であるようだ。

     先月フジテレビで放映された「奇跡の動物園〜旭山動物園物語〜」を見た。途中から見たのでどの程度旭山動物園の真実に迫っていたのか分からない。事情通には有名な、飼育係たちが描いた理想の動物園のスケッチ12枚を園長が市長に見せると一目で乗り気になり、次のシーンでは予算が降りるというご都合主義を見ただけで、ああこれは事実に基づいたフィクションだなあと思った。もちろんそれが悪いわけではない。フィクションである限り脚色は当然だ。ただタイトルに比して中身が物足りないだけだ。

     そのあとで前から撮り貯めしておいたNHKのプロジェクトXの旭山動物園の回をようやくの事で見終えた。こちらはもちろん事実を追っていくのだが、フィクションでないにしても演出過多で、入場数がどん底にまで落ち込んだ1980年代から「奇跡」の復活をとげるまでのエピソードの中で最もドラマチックな部分をつまみ食いしているという感じだった。

     どちらにも違和感があったのは、本書を昨年11月に読んでいたからだ。この本は、本と言うより判型B5の写真集のような体裁になっている。しかし中身を見てみると、動物の活き活きとした写真(若木信吾撮影)だけでなく獣舎の完成図が柔らかいタッチのスケッチ(はまのゆか画)で示されている。旭山動物園に行ったことがない人でも写真とスケッチを組み合わせると、見どころの一端に触れる事ができる。

     しかしこの本の素晴らしさはそれにとどまらない。1997年から始まった9つの新獣舎計画が一体どのような構想に基づいて実現されたかを分かりやすい文章で紹介していくのだ。

     例えば1997年4月に完成した「こども牧場」では訪れた子供達が日頃触れることのない小動物たちに直に触れることで、生き物の素晴らしさ、大切さを育んでもらおうと企画された。この一見すると地味で当たり前のような発想から、言ってよければ旭山動物園の「快進撃」は始まったのだ。

     次の完成は「ととりの村」。上野動物園で僕がのどかだと思いこんだ鳥たちの檻とは全く異なる発想で、広範囲の敷地を背の高い網でおおい、その中を鳥たちは自由に飛び回る。人間は鳥たちのために用意された空間(村)におじゃまする事になる。

     ここで読者はある重要なキーワードに出会う。「形態展示」と「行動展示」という二つの動物園用語だ。例えば従来の動物園のあり方は形態展示であって、人は動物園に動物の姿かたちを見に行く。そのために相応しい見せ方として人が見やすいように動物と正対するような檻を作る事が多い。例えば最初に書いた上野動物園の鳥たちの檻がまさにそうだ。

     この展示手法は博物学的な啓蒙装置としての動物園の役割からすれば当然であったのかもしれない。しかし人にとっては幸せでも動物にとっては無視できないストレスを与える展示手法でもあった。

     これに対して、動物の本来持つ行動特性や能力を見せるのが行動展示である。旭山動物園が目指しているのがこの展示手法であり、この場合に大切なのはありのままの姿を見せるという点だ。動物の活き活きとした姿を見せるだけでなく、動物が人間たちに見られる事にストレスを感じることなく、自然の中で暮らすのと同じようにリラックスしている姿をいかに見せるかが旭山動物園にとっての行動展示のポイントとなる。

     次にできた「もうじゅう館」では、トラなどの猛獣が昼間は眠ってばかりいる習性を逆手にとって、人の目線より高いところに昼寝しやすい場所を作る。トラ自身が人より優位にたっていると思えるし、こちらからは寝ているトラの肉球が見える面白いビューポイントができた。

     動物を飽きさせない工夫という意味では、例えばあざらし館でアザラシが水槽からのびたチューブを縦にくぐる仕掛けは単なる視覚的演出ではなく、好奇心旺盛なアザラシたちが逆に人々を見にくる習性を巧みに利用している。

     ほかにも、さる山では水や餌を手に入れるには少しだけ段取りが必要なように工夫する事で、猿たちが退屈しないようにしている。

     ぺんぎん館はドラマでもプロジェクトXでも取り上げられたから特に言わないでもいいだろう。ただ冬場の園内散歩が入場者のための演出ではなく、ペンギンの運動不足解消を目的に始まった事は書いておきたい。

     つまりはこの本を読めば、決して今の旭山動物園は「奇跡」でもなんでもないと分かる。ひたすら関係者の創意工夫が活かされた当然の結果なのだ。そしてその大元となるのが本書の後半に掲載されている「旭山動物園基本計画書」だ。

     この基本計画書は20年も前に作成された。この中に例の飼育係たちが描いたスケッチを現実の獣舎に立ち上げていくためのプランが詰まっている。これを作った関係者たちも見事だが、当時どん底にあった動物園に多大な予算を割り当てた行政責任者たちにも先見の明があったと言う事だろう。もちろん基本計画書はプロジェクトXみたいに安易な人間ドラマを語りはしない。

     幸せな動物園。旭山動物園は人にとっても動物にとっても幸せな動物園だろうか。そうとも言えるしそうでないとも言える。人は生きる事に幸せという物差しを持ち込むが、動物には通用しない。あくまで人の自己満足に過ぎないのだ。

     しかし人は動物園の動物から恩恵を受けている。これだけは忘れるべきではない。人の欲望を満たす装置として動物園がある事を、そしてそのために動物たちが自然から連れてこられた事から目を背けてはいけない。

     ならば旭山動物園は日本で最も幸せな動物園と敢えて言おう。もちろん人にとってだ。そして動物が人間にとってかけがえのない存在である事を改めて僕らに問いかけてくれる施設であること。それこそが僕らにとっての「幸せな動物園」なのだ。

    [本書刊行時に完成済みの9つの新獣舎]
    こども牧場 97年4月
    ととりの村
    もうじゅう館
    さる山
    べんぎん館
    おらんうーたん館
    ほっきょくぐま館
    あざらし館
    くもざる・かぴばら館

    (2005/11/08読了)


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    posted by アスラン at 12:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
    この記事へのコメント
    これは、前々から気になっていた本なので、図書館から借りてきて読んでみようと思っています。周りでも興味を持っている人が多と思われるので、購入してもいいかな。お値段と相談します。

    でも、この感想文を読めば十分かも知れないw
    Posted by rago at 2006年06月10日 07:54
    ragoさん、こんにちは。

    おお、やっとragoさんが読みそうな本とマッチしたぞ。パチパチ!
    お値段は1680円だそうです。表紙はシロクマが水槽にダイブしたところですね。たしかに幸せになれる表紙です。

    この感想文で十分と言われると、しまった。もうちょっと小出しにしとけば良かったと思いました。
    でもオランウータンのスカイウィークを作るときの何を苦心したとか、書いてませんから、是非読んでください。
    Posted by エラリー at 2006年06月11日 14:22
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