2006年06月03日

「ジャッキー・ブラウン」「ウインター・ゲスト」(1998年4月30日(木))

 丸の内ルーブルで「ジャッキー・ブラウン」(no.62)を観る。

 タランティーノの新作だが、「パルプ・フィクション」ほどの骨太な力強さはない。

 ちょっとマニアックな仕上がりで、ジャッキーが警察も密売人のボスもだまして、金を奪いとろうとするところがクライマックスだが、その部分が複雑でわかりにくい。おまけに登場人物それぞれの思惑が錯綜し、それぞれの視点から見た現場のシーンが何度も繰り返されるのも、如何にもマニア好みではあるが少し面白みに欠ける

 すごくサスペンスを感じさせるストーリーの筈なのに雰囲気作りに失敗している感じがする。それと実はジャッキーとマックスのラブロマンスめいたものもあるんだけど、描き方が中途半端なのでラストの別れがあまり効いてこないなぁ。

 シャンテ・シネで「ウインター・ゲスト」(no.61)を観る。

 人は、ひとりでは生きていけない。

 この使い古された言葉の意味を淡々とした日常を生きる4組の人々を通してさりげなく描いている。事件らしい事件は何も起らないが何かが確実に彼らの内面に訪れている。

 それは老いにおびえながらも先立つ友人の葬儀に立ち会う事を日課にしている老婦人たちであったり、見えない未来への入り口を前にたじろいでいる少年たちであったりする。どれも見につまされるというような大其な描き方はしていないが、ひたひたと胸にしみてくる

 特にフィルダ・ローとエマ・トムプソンの演じる親子のやりとりが見事だ。やはり実際に親子だけあって芯が強くて頑固そうなところがよく似ている。

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posted by アスラン at 02:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評(1998年) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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