2006年05月28日

クライム・マシン ジャック・リッチー

 あなたはジャック・リッチーを知ってますか?1922年生まれのアメリカの短編小説家で1983年に亡くなっています。

 あなたはミステリー好きですか?リッチーは1950〜80年代にかけて『ヒッチコック・マガジン』や『EQMM』などの雑誌に発表した350篇もの短篇ミステリを残しています。

 恥ずかしながら著者の名前も作品も知らなかったが、この本を読めば誰しも350篇という作品群をもっとかきわけたくなるのは必至だ。面白い!うまい!切味最高!

 いくら誉めすぎても誉めすぎではない。掛け値なしの面白さなのだ。もちろん今回の短編集が350篇から選んだ珠玉の作品なのかもしれないが、僕には他の大半の作品も面白いとうけあえる確信がある。

 著者も自らの才能を謙遜する気もなかったようだ。翻訳者のあとがきに書かれていたが、ビクトル・ユゴーが「レ・ミゼラブル」でパリの下水道を100頁以上かけて描いているのを著者は「自分なら1パラグラフで書いてみせる」と言い切っている。しかもユゴーよりうまくと。

 晩年、まだまだ自分の短篇は短くできるはずと、本当に1パラグラフの短篇を作っては推敲して「まだ短くできるはずだ」と言っていたらしい。その短篇はあとがきに載っているので読みたい方はまず本編で著者の技量をとくと味わってからにしよう。

 では本編だが、どんな顔ぶれか主な作品を簡単に見ていくことにしよう。

[クライム・マシン]
 殺し屋のもとに、タイム・マシンであなたの殺人現場を目撃したと言って男がゆすりにくる。証拠をせまる殺し屋に男は隠れ家においたタイムマシンを見せ異次元に消えてみせる。殺し屋はだまされていると読者はわかっていても落ちは小気味いい。クライム・マシンはタイム・マシンの語呂合わせだ。

[ルーレット必勝法]
 数学教授を名乗る男が、主人公の経営するカジノで必勝法をもって勝ちまくる。最初はあなどっていた主人公も毎日毎日勝ちまくる男の脅迫を呑むことに…。種明かしに度肝を抜かれることだろう。

[歳はいくつだ]
 殺す前に相手の歳を聞く主人公。礼儀をわきまえれば殺されずに長生きできたはずなにのと、主人公は刑事罰に当たらない悪事をはたらく人間を処刑する。クールでブラックなユーモアが光る。

[日当22セント]
 無実の罪で4年を刑務所ですごした男は、身の潔白が証明されて出所する。男は復讐をひそかに決意するが、偽証した証人二人は日当を無期限で出すから許してくれと提案する。こんな美味しい話はないと男は快諾するが、それにはある理由があった。

[殺人哲学者]
 哲学者の男は思索を続ける環境として刑務所が絶好の場所だと考え、理由もなく少女を殺す。自宅を訪れた刑事二人に堂々と自らの信念を語り出す。非道な殺人だが男の語り口は余裕綽々。しかし用意された落ちは男の意図を上回る皮肉なものになる。

[旅は道づれ]
 飛行機でとなりの席になった婦人二人は思い思いに自分の関心事をしゃべりちらすが、互いの言うことは少しも聞いてない。ところが自分の夫の事をしゃべりだすと二人にはある共通点が…。とっても愉快な落ち。

[エミリーがいない]
 ほとんど荷物をもたずにいなくなったエミリー。夫は周囲から疑われる。妻を殺してどこかに埋めたのではないかと。そしてエミリーの従姉妹は彼を誘導してエミリーの死体の在りかを探ろうとするが…。ストーリーの面白さ、切味がよくスキッとしたユーモア、結末の意外さ、どれをとっても申し分ない短篇。

[切り裂きジャックの末裔]

 切り裂きジャックの末裔だと自称する男が精神科医を訪れる。医者は彼を誘導して、自らの妻を殺すようにし向ける。しかし土壇場で妻がほのめかした言葉が意外な結末をもたらす。

[罪のない町]
 婦人会全国組織からその町の支部の運動が不十分だと指摘をうける。の町では中央部が毎回決めた不道徳な行為が一切起きていないと支部の女性は反論するが、その会話の中身を中央部の婦人が吟味するとおもいがけない犯罪の臭いが…。

[こんな日もあるさ]
 警部補シリーズ物。彼は犯罪のにおいをかぎ分ける才能がある。一見すると犯罪には見えないのに想像力を駆使して犯罪を再構成する。ただし現実には当たらないことが多い。彼の想像力がきっかけとなって周辺で別の人間の犯罪が立件される。「ピンクパンサー」のクルーゾー警部ばりの面白さがある。

[縛り首の木]

 警部補と別の刑事は地方への出張で道に迷う。そこは魔女が処刑された田舎町で、処刑に使われた縛り首の木にはひもがぶらさがっている。その晩、やむなく泊まったモーテルでは不穏な村人たちが彼らを襲う。ミステリーとはひと味違う怪奇小説。

[カーデュラの逆襲]
 カーデュラという名前や「カーデュラ救助に行く」「カーデュラの逆襲」といったタイトルからピンとくる人もいるだろう。ドラキュラが探偵というかなり異色のシリーズ。

 究敵ヴァン・イェルシング(!)がカーデュラを追っている。しかしカーデュラはある仕掛けをして、逆に彼が甥っ子に追われるように追い込んでしまう。その方法とは?バンパイア物のパロディにもなっていて楽しい。

[カーデュラと鍵のかかった部屋]
 カーデュラは美術愛好家から盗まれた絵の捜索を依頼される。容疑者は二人。どちらかが絵を隠しているはず。そしてその通り片方の男の鍵のかかった部屋から絵が見つかるが、探偵は何かがおかしいと気づく。その意外な真実とは?

[デヴローの怪物]
 デヴロー地方では怪物が村人たちを脅かすという現代の伝説が残っている。そして実際に怪物におそわれて亡くなった人が出る。それにはある名家の思惑が隠されていた…。
 単なるミステリーではなく地方の歴史・伝承を踏まえた豊かな味わいがある一編。

 ざっと見ただけでも、ミステリーありオカルトありゴシックホラーありSFありパロディありと、著者は多用な設定を駆使できるアイディアマンだった。

 当然ながら背景も50〜80年代の都会であったり田舎であったりホームズが活躍しそうな旧家だったり様々だ。これは様々な雑誌の要望に応えた短篇スペシャリストならではだろう。

 ちなみに著者は存命中に本を出していない。日本でも著者の作品集の出版は初めてだ。だから本書が気に入って他にも読んでみたいと思っても叶わない望みなのだ。

 実際、著者の名前で図書館の蔵書を検索すると本書以外に

「ミニ・ミステリー100」(早川書房)
「ミニミニSF傑作展」(講談社)

などに短篇が収録されているぐらいだと分かる。

 本人にその気がなかったのか出版社が関心がなかったのか分からないが、まさに職人気質を貫いた作家と言える。

 短篇創作の技量といいエンディングの切味といい、同じアメリカの大先輩O・ヘンリーと比較したくなる。あの有名な「賢者の贈り物」をリッチーならどう読んだだろうなどと考えると楽しい。

 つましい暮らしの中から互いに選んだクリスマスの贈り物がもはや意味をなさないという皮肉な結末に共感はしたかもしれないが、自分ならもっと度肝を抜く演出で読書をアッと言わせると言ったかもしれない。半分の枚数でねと。

 まあ心暖まる味わいはO・ヘンリーに軍配を上げるとしても、すっきりした読み応えとアッと言わせる手際はリッチーが上回るかもしれない。どうせかなわない夢物語だ。それならいっそ「短編レ・ミゼラブル」なんて作品を読んでみたい。短編ならユゴーよりうまく書いて見せると豪語した著者の才能の神髄が見られたかもしれない。
(2006年4月17日読了)


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posted by アスラン at 13:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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