2011年01月20日

et−128件の記号事件ファイル− 松田行正(2010/11/4読了)

 何故、単位のm(メートル)を日本語の略号で記述すると「米」なのか。深夜に見ていた「お願いランキング」(テレビ朝日)の「ドラちく」のコーナーで初めて知った。ドライブの時にうんちくを披露する企画で、うんちくの内容は「米」ではなく「瓦」に関するものだった。1g(1グラム)を日本語の略号表記すると「1瓦」になる。これも実は知ってそうで知らなかった。何故かと言えば、メートルもグラムも正式には「米突」「瓦蘭姆」と書くそうで、その頭文字をとって単位の略号としたのだと言う。長年の「メートル=米」の不思議が氷解したのは拾い物だった。そんな話を同僚に得々と解説していたら、「だったらアメリカはどうして米国と言うの?」と言われてしまった。それは…どうしてだろう?

 調べればたちどころにわかるのがインターネット時代にいいところだ。「アメリカは亜米利加と書くので、略して米国となった」そうですと同僚に伝えると「なぜ、頭文字の『亜国』じゃないのかな」などと聞かれる。Yahoo!知恵袋の同様の問いに対するベストアンサーは「幕末から明治にかけてアメリカンのなまりでアメリカのことを『メリケン(米利堅)』と言っていた。米国はその略称だ」という解説だった。いったい「亜米利加」なのか「米利堅」なのか。こういう真なる問いに答えが見いだせないのが、ネット時代の悪いところだ。どこを見ても自分でもちあわせた知識の開陳ではなく、単にネットで調べたことを横流しした回答しか得られない。

 いずれが先かは未確定としても「米」の文字がキーとなって、米国という略称が作られたということは言える。このように記号というものは、実際の意味から乖離したシンボルとして使われる事が多いので、普段は何故そういう形なのかなどとは考えないものだが、時にじっと見つめれば見つめるほどに、どうしてこういう形(文字)が採用されているのかと不思議に思う事がある。それは記号だけに限った事ではない。漱石の「門」という作品の冒頭でも主人公の宗助が、見慣れた文字が見慣れないものに変わってしまい困ったとぼやく。

「この間も今日(こんにち)の今(こん)の字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違ったような気がする。しまいには見れば見るほど今(こん)らしくなくなって来る。」


 これは誰しも経験があるのではないか。心理学的に認知科学的にも解明されている現象のようだが、通常は文字や記号(表記)と表記内容とはかたく結ばれているはずなのに、疲れていたり、繰り返し表記を眺めていくうちに、表記が解体されてそれぞれのパーツと相関のある心的内容とが前面に出たりすることで、全体としての「表記と内容との関係」が疑わしくなっていく。

 そんな状況で、記号の事を真っ正面から考え続けた人が本書の著者だ。この本は著者の興味から、通常ならば疑問をいだかずに使い続けている記号を起源までさかのぼって変遷をイラストとコメントで一目でわかるようにデザインされている。こういう本は、ほんとに僕ら読書好きを幸せな気分に浸らせてくれる。あとは、もう説明などいらない。とにかく手にとって好きなページを繰ってもらえばそれでいいのだ。

 僕が気に入った記号を紹介しておこう。いや、記号が気に入ったのではない。記号が原義から移り変わっていく変遷をチャートにしたデザインとコメントが魅力的だったものを紹介していこう。

 まずは、著者も魅せられたに違いない。扉にもイラストされ、冒頭でも紹介される「+」と「−」。なぜ加算記号と減算記号はこれになったのか。やはり源はラテン語にあった。

 元々は「3と2で5」というように「と(アンド)」を意味するラテン語が「et」だった。このetが次に縦に配置され、そこからそれぞれの文字が「f」あるいは「t」になる。どちらの文字にもクロスがあることから、最終的に「+」になる。+に統一される以前の数学者たちはさぞかし数式を書くのに苦労したことだろう。

 「−」も同様だ。ラテン語で「減らす」はminus。その頭文字mがやがて波のように横に広がる。そして「〜」になる。ここまできたらいっそのこと「−」にしてしまえば書きやすい。

 「√」はラテン語のRadix(根)からきている。RadixからRxだけが略号として取り出されて、エックスの斜線の一方が延びてルートの長いスロープと屋根を作り、もう一方の斜線は縮んでRの右下の”払い”と接続する。R本体はルートの左端の短い折れ曲がりに単純化される。

 文章で説明するのはなんとももどかしい。こういう変形は漢字を使っている僕ら日本人にはおなじみで、一つの漢字がどのような象形からできあがったのかをたどると、まさかそういうふうにできあがってきたのかと驚かされることがしばしばある。アルファベットを使う言語圏の人々には無縁の驚きだと思っていたが、実は意外と身近なところで「驚き」が共有できたわけだ。

 %はパーセント記号である事は誰もが知っていよう。でも原義が「per cento(100について)」である事に思い至った人はどれだけいるだろう。これは「P℃」と略される(書けないの嘘を言ってます。正しくは小文字のcの真上に小さな丸が乗ります)。そこからPが取れる。小文字のcが6を右に傾けたようになり、「小さな○」と「/」と「小さな○」になって「%」ができあがる。

 日本の地図記号でも面白い変遷が見られる。たとえば郵便記号の〒はなんだろう。ポストの形?いえいえ。元々は郵便を意味した「逓信」という言葉を冠にした省庁「逓信省」の「テ」の字をかたどった記号だ。

 地図記号と言えば、「発電所あるいは変電所」の記号の変遷はめまぐるしく、そしてあきれるほどに楽しい。「発電所」の記号では○から等間隔に8本の電線が延びている。そして左右の電線だけ直角に曲がっている。右が上向き、左が下向きに曲がる。ところが「変電所」の記号も必要だということで「発電所・変電所」共用の記号として新たな記号に生まれ変わる。なんと左右の曲がりが従来の「発電所」記号とは入れ替わって「右が下向き、左が上向き」になる。なんと安易な!

 ところが共用記号は使いにくいというわけだろうか。発電所は従来どおりの「右が上向き、左が下向き」に戻され、この発電所記号から斜めに延びる電線4本を削除した記号を変電所として採用する。うーむ、なんなんだ、これは。

 ところが、ところが、再び「発電所・変電所」共用の記号に統合されるのだ。しかも元の共用記号に戻るわけではなく、「変電所」の記号(中央の○から4本の電線が延びたもの)が共用記号に格上げされる。なんたること!「発電所」の面目まるつぶれではないか。

 しかし、再び「発電所・変電所」の記号は、元の8本電線の記号に戻されて今に至る。いや、一つ前の「発電所」記号に素直に戻されたのではなく、左右の直角に曲がる線が長くなって、どっしりとした記号になった。

 ふー。記号を見てもらえば一目瞭然なのだが、言葉で説明すると以上のようなだらだらとした文章になる。おまけに自分で書いていて意味不明な文になってしまう。仕方ない。あと、3つほど是非とも紹介して終わるとしよう。

 生物学上の女性記号「♀」と男性記号「♂」は何から来ているのか。想像もつかないだろう。これはギリシャ神話の神にちなんで作られている。女神アフロディーテの別名フォースファロスの頭文字がギリシャ文字のΦ(ファイ)で、軍神アレース(いわゆるマルス)の別名トゥーリオスの頭文字がΘ(シータ)になる。ここからそれぞれの記号にたどり着くまでは並大抵ではない。Φは「○の下に縦棒」という虫眼鏡のような記号になる。これで記号としては充分だと思うのだが、何故か「アフロディーテの生まれた島キュプロスの頭文字K」が縦棒と組み合わさって変化を続け、最終的に「♀」になる。

 ΘはΦを右に傾けた形の記号になる。こちらも「軍神マルスの生まれた月(3月)のシンボルであるγ」が組み合わさって変化を続け、Φの先端に矢尻のようにくっついて「♂」になった。いずれの記号も、リンネが18世紀に女性(雌、めしべ)記号、男性(雄、おしべ)記号として利用するようになって広まった。

 新大陸にやってきたスペイン人は、スペインの通貨ペソを流通させた。PとS。これを重ねる。PがSを貫く。Pのループの部分が省略されて「$」になる.アメリカの通貨ドルはペソが化けたものだったのだ。

 最後の最後に、ローマ人の傲慢さが記号の変遷に大きく痕跡を残している例を挙げておこう。ギリシャ文字から近代のアルファベットへと移行する際に、いくつかの文字(BやCやE)は、元元の形を反転した。これは文字を書く方向が変わって左から右になったからだ。しかし、Gという記号だけは成り立ちがきわめて特殊だ。本書では、こう説明されている。

 ローマの最初の私立初等学校の校長「なんとか」さんは、g音を表す文字がないのをなんとかしようとして、すでにあったCを反転させてカギをつけて「G」という文字を作った。ここまでは偉い人もいたもんだな、で終わるところだ。ところが、Gが出来たことに気をよくした校長先生は、アルファベットの7番目にあったZを末尾に追いやって、Gを7番目の文字に据えたそうだ。なんて勝手な事を!だからローマ人は嫌われるんだ。

 というわけで、特に書評というほどの内容はない。つたない解説でイライラさせられた方は、是非とも本書を探して読んで(いや見て)楽しんでください。
posted by アスラン at 19:37| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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