法案の詳しい内容は知らないが国民投票という国の総意を国民の直接投票で決める前代未聞の投票に関する法案が、一市民が十分知らされてもいないうちに通過したかもしれない事にいまの国会の不健全さを感じる。
同じように考えたのが著者で、本書はこの法案が通過した後の近未来いやまさに今の日本を描いている。村上龍の作品になぞらえて言えば「五分先の世界」だ。
「五分後の世界」のように特定の日(終戦)を境にパラレルに存在しうるリアルな世界ではなく、今ある世界をちょっと先に進めるとぼんやりと存在するかもしれない輪郭の曖昧な未来だ。
なぜ60年も前に起こり得た事がリアルで今ちょっと先が曖昧かと言うと、人間にとって未来は永遠に存在しないからだ。僕らには今この時この場所しか存在せず、未来とは今に対する漠然とした不安や期待にすぎない。漠然としたものを無理矢理太い線で輪郭付けようとすると、たちまち嘘くさい未来が現れる。
だから本書で描かれている事はどこか嘘くさい。主人公である青年が危惧しているのは戦後60年経って再度「全体主義の道に踏み出そう」としている日本の姿である。青年は自分以外には誰も気づいていない事に苛立つが、彼の不安の実体は神経症にしか見えない。というのも著者は提示した未来がリアルなものに見えるようには努力していないからだ。国民投票法案もカリスマ性を持った政治家の出現も現実を踏まえたものであるにも関わらず、この程度の設定でファシズムが現実味をおびる事はありえない。
そこで著者は主人公に不思議な能力を与える。離れたところにいる人物に対して念じて言葉を発すると、その人物は意識する事なく同じ言葉を口にする。どうみてもすごい超能力には違いないが、著者には超能力物を書くという意図はない。ただ嘘くさい現実にさらに嘘くさい設定をほんのちょっと付け加えただけだ。
著者の意図をなぞるように、青年は力を持つに至った原因には無関心でもっぱらこの力に何の意味があるかを考えるようになる。そしてテレビでしゃべっていたカリスマ政治家を眺めているうちに、彼が日本を全体主義に導くと直観して男を失脚させる事が自分の使命(もしくは運命)であり、そのために自分に力が備わったのだと思い込む。
すると行きつけの喫茶店(バー?)のマスターにも同様な能力が備わっていて青年とは逆に政治家を陰ながら支えている事が読者にわかり初めて青年の不安が被害妄想でないことが知れる。
もちろんだからと言って青年の不安に共感できるようになるわけではない。嘘に嘘を重ねても本当らしくはならない。では著者は一種の寓話を書いたのだろうか。寓話にしては本当らしく現実の物語としては嘘くさい。著者の最初に抱いたはずの現実に対する違和感は作品のどこに回収されたのだろうか?
そんな事をとりとめもなく考えるうちにハタと気づいた。今僕たちが身を置いているこの世界や社会こそが自分たちが考えてるほどにはリアルではないのではないか。つまり嘘くさいのだ。
映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で30年後の未来からやってきたマーティがドクに「大統領は誰だ?」と聞かれて「ドナルド・レーガンだ」と答える。二流のアイドル俳優レーガンが大統領なら首席補佐官はエリザベス・テーラーに違いないとかなんとかドクは嘘くさい話に突っ込みを入れ、観客の爆笑を誘った。現実の嘘くささを揶揄したジョークに観客は喝采を送ったわけだが、さて果たしていつの世でも現実はそういうものではなかったか。
小泉首相がアジア諸国との外交への影響を無視して個人的な信条を貫くのを見るとつくづく漫画のヒーローだなと思う。彼が国内に向けてひたすら分かりやすい政治家の一面を見せ「型破り」な総理大臣を演じ続ける事に人々が違和感を感じないとするならば、よっぽどTVや映画や漫画に描かれるフィクションに慣れすぎてしまったからに違いない。
一国の首相の存在がまるで漫画だとしたら、作品のリアリティなど意味をなさないだろう。嘘くさいこと現実っぽくないことがまさにリアルだという奇妙なねじれが起きるからだ。
そして著者は嘘くさい事の連鎖を描くことによって未来を輪郭の曖昧なままにすくいあげていく。青年の使命感は、裏切られる形で青年の弟に引き継がれていく。その先はやはり見えない。曖昧なままで物語は終わるのだ。
ところでこの書評を書いている間に与党(自民、公明)だけで国民投票法案を提出する事になったと新聞は伝えた。まったくもって未来は曖昧なものだ。
法案の内容も分かった。シンプルなものだ。
(1)投票権者は「20歳以上」を維持する
(2)対象は憲法改正に限定する
(3)過半数の定義は「有効投票総数の過半数」とする
これだけだ。これだけだが憲法で定められた「日本国民の過半数」を大きく踏み出した内容であることは間違いない。かくもやすやすと日本国憲法の理念を解体できるのかと思うと、まさにこれは漫画と思わざるを得ない。しかしどんなに嘘くさくともこれが現実であり、漠然と迫る未来なのだ。「魔王」の存在を信じたくもなろう。
(2006年4月13日読了)




TBどうもありがとうございました。
よろしくお願いします。
>今僕たちが身を置いているこの世界や社会こそが
自分たちが考えてるほどには
リアルではないのではないか。
これ、ハッとしました。
流されるのではなく、自分の頭で考えよ。
そんな声が聞こえてくるような作品でした。
どうしたら「流されないで自分の頭で考え」られるようになるんでしょうね。今の世の中、考える余裕も与えられていないような気がします。日々の暮らしの追われる毎日があるだけ。
しかし、そんな状況をなんとか抜け出そうとする気持ちが大切なのかもしれませんね。