2010年11月08日

よく帰ってきたね、はやぶさ!(その1)

現代萌衛星図鑑 しきしまふげん(2010/7/18読了)
はやぶさ−不死身の探査機と宇宙研の物語− 吉田武(2010/8/27読了)
はやぶさの大冒険−小惑星探査機− 山根一眞(2010/10/11読了)
探査機はやぶさ7年の全軌跡−世界初の快挙を成し遂げた研究者たちのドラマ−(2010/10/30読了)


 今年の5月ごろから、Webの新聞記事がそわそわし出した。自宅で新聞をとらなくなって久しい僕は、新聞サイトサーフィンを日課としているのですぐに気づいた。小惑星探査機「はやぶさ」が7年ぶりに地球に帰還する事が「ほぼ確実になった模様」という妙な記事だ。短いながらの説明をじっくり読むと、どうやら「はやぶさ」(という名前も初耳だ)は、数々のトラブルに見舞われて地球への帰還が危ぶまれていたようだ。そんな事はまったくしらなかったし、第一「はやぶさ」という探査機が、はるか遠い宇宙に打ち上げられていたことすら知らない。個人的には結婚と子育てのちょうどあいだの時期に打ち上げられていた。新たな生活の組み立てに追われて諸事忙しく、見逃してしまったらしい。

 だがそもそも、僕は日本の宇宙開発・宇宙探査の現状についてどれほどの事を知っているのか。はなはだ心許ない。小学生の時に米国のアポロ計画が実行されて人類が月面に着陸した。計画の中盤で未曾有の宇宙事故が起きたが、なんとか回避するというドキュメントもリアルタイムで体験した。以来、宇宙はアメリカのもの、あるいはソビエトのものという思いがあった。NASA信仰はスペースシャトル・チャレンジャー号の事故が起きるまで続いたし、その後であっても、日本はNASAを頼って日本人を宇宙に送り出しているだけであって、自前の技術など何ほどのものではないのだ、と思い込んでいた。

 そういった自虐観が育つのを手伝ったのは、観測衛星用ロケットの打ち上げ失敗の記憶だ。いまでも覚えているのは、気象衛星ひまわりの後継機を載せたロケットの打ち上げに失敗し、さらには国内調達をあきらめて海外のロケット会社に切り替えても、またもや失敗するという悲惨な時期を知っているからだ。まだまだ日本の技術は未熟であり、米国やロシアに遠くおよばないと思い知らされた。しかし今回、吉田武の「はやぶさ」を読んで、日本が着実に積み重ねてきた宇宙開発の歴史を知った。自らの自虐観、いや日本人の多くが抱いてきたであろう自虐観が無用のものだとようやく納得できた。それも、はやぶさの活躍があったればこそだ。

 あれよ、あれよという間に2010年6月13日がやってきて、はやぶさは帰ってきた。いや、正確には、はやぶさは大気圏で自らの寿命を全うし、我が子にも等しいカプセルを地上へと向けて送り出した。幾多の荒波を乗り越えた〈小惑星探査機はやぶさ〉は、最終目的であるサンプルリターンの大成果を、いや大成果の一歩手前までを果たした。もちろん最後の一歩は、カプセル内から小惑星イトカワの痕跡が見つかる事で果たされる。それは人類にとっての「大きな一歩」となるだろう。だが、僕にとってそんなことは二の次だ。科学史上空前の成果よりも、今の最大の関心事は、一瞬の光跡を残して大気圏で燃えつきた「はやぶさ」の存在そのものにある。

 日本国中、いや世界中で盛り上がりを見せた「はやぶさの帰還」にはどんなドラマが隠されているのか。恥ずかしながらこの時点で僕はまったく何も知らない。ならばなんとしてでも、はやぶさのドキュメントを我がものとしたい。そう思っても、NHKでも民放でもいいが、真っ当な科学ドキュメンタリーは今にいたるまできちんと放映されていない(ように思う)。あの狂乱の6月13日周辺で特集されたものをのぞけば、NHKですら「はやぶさ」の7年間の完全ドキュメントを放映できていないからだ。できないのは注目していなかった証拠だ。おそらく日本のテレビ局がまとまったドキュメントを放送できないのは、明らかに準備不足だったからではないだろうか。

 ググって確かめてみると、NHKは帰還当日の生中継すらしなかったそうだ。自分の恥を棚上げするようだが、天下の国営放送ですらこの有様だったわけだ。「はやぶさ関連」の特集があれば、すべて見るつもりで番組表をなめるように確認しているが、今のところ年末の回顧枠に期待するしかない。寂しい状況だ。そこで、日本の宇宙開発で何がおきていたのか、はやぶさとは何か、はやぶさは何をし、僕らにどれほどのドラマを残してくれたのかを、自分でたどる事にした。

 帰還に合わせてさっそく店頭に並んだのは「はやぶさ−不死身の探査機と宇宙研の物語−(吉田武)」だ。6月の時点で図書館の蔵書検索でひっかかったのは、この本と「現代萌衛星図鑑」ぐらいしかなかった。「はやぶさ」の方は2006年出版なので、今店頭に並んでいるのは帰還までの顛末を追加した改訂版なのだと思い、川崎図書館で最新版の行列を待ち、立川図書館で数人待ちの2006年版を借りる事にした。でも先に入手できたのは「現代萌衛星図鑑」だった。

[現代萌衛星図鑑(しきしまふげん)]
 これは変わった本で、これまでに日本で打ち上げられた衛星すべてを萌え系少女に見立てたイラストがふんだんに盛り込まれている。表紙だけ見ると小中学生向けに書かれているようにも見えるが、実際には幅広い読者に応えられるように書かれた初心者向け衛星ガイドブックだった。年配のかたには不謹慎ではないかと怒り出す人がいるかもしれないが、僕はこの本から日本の衛星の歴史の基本をひととおり教えてもらった。それに著者は、衛星を萌少女に見立てる事を「はやぶさ」のプロジェクトマネジャー川口淳一郎さんに許可をもらっている。きちんと取材した上で実機の特徴をうまく少女のコスチュームにデフォルメした「萌衛星」は、見立てた以上の「わかりやすさ」を僕ら読者に提供してくれた。

 何よりも秀逸なのは、それぞれの衛星や探査機に託した関係者の思いが、擬人化された萌衛星に乗りうつるところだ。はやぶさのドキュメント本を何冊も読んできて意外だったのは、「必ず帰ってこいよ」「よくぞ帰ってきたな」「ありがとう、お疲れ様」のように、いずれの本もはやぶさに対してあたたかい言葉を掛けて物語を締めくくっている点だ。はやぶさを開発した担当者でさえそうなのだから、僕ら一般の人間が感情を込めて「がんばったね」と声をかけたくなるのは当たり前だろう。「萌衛星」の最前線であるはやぶさの物語がまさに進行形で書かれていることに、僕はしょうじき度肝を抜かれた。こんなドラマを僕は7年も知らずに過ごしてきたのか。なんたる事だ。

 萌衛星ならぬ萌探査機はやぶさは「こっちを振り向いてごらん」と地球から命じられて、おずおずと振り向く。そこには息をのむほどに美しい地球が見える。はやぶさが地球を離れる前に、姿勢を反転させて撮影した画像データを元に作られた美しいエピソードだ。そして、たどり着いたイトカワに着地してサンプルを回収した(と思われた)直後に、はやぶさは事故に見舞われる。着地したはずの時間の記憶をすべて失ってしまい、片手に握りしめた手の中身を「こ、怖くて見られない」と怖じ気づくはやぶさ。サンプルは回収されたのかされないのか、彼女自身も不安なまま、地球へとひた走る。この図鑑のクライマックスは、彼女(はやぶさ)の両親らしき男女が「帰ってくるでしょうか」「きっと帰ってくるさ、私たちの娘だもの」で終わっている。今目の前で起きているはやぶさの帰還が、よりいっそう胸に響いてきた。

[はやぶさ−不死身の探査機と宇宙研の物語−(吉田武)]
 次に読んだのは、この本。2006年に出版された内容をそのままに店頭にならべただけなので、図書館で初版を読んでもなんら問題ない。2006年時点では、はやぶさはイトカワへの着地・離脱後に一月ほど音信不通になり、イオンエンジンの不具合とあわせて地球への帰還予定が3年以上も延びる事が発表された時点だ。おそらく、この当時でもそれなりに話題になったに違いないが、僕は全く記憶にない。

 この本では、はやぶさの7年にわたるドラマが、さかのぼること太平洋戦争以前に日本が生んだ一人の天才的な科学技術者のドラマでもある事を詳しく紐解いてくれる。はやぶさが到達し、着陸し、サンプルを回収した(かもしれない)小惑星イトカワの名前の由来となる技術者・糸川英夫の生涯は、なかなかにドラマチックだ。戦時中に陸軍の戦闘機・隼の設計にたずさわり、戦後は東大生産技術研究所で独創的なペンシルロケットの開発を進めた。当時は馬鹿げていると揶揄されもした超小型ロケットが、着実にサイズを上げていき、たどり着いたのがラムダロケット、そしてはやぶさを宇宙に送り出したM-V(ミューファイブ)ロケットだ。タイトルにある「宇宙研」とは、東大生産技術研のロケット開発部門が文部科学省の所属に移されて誕生した「宇宙科学研究所」の略称だ。

 のちに宇宙研は、行政改革の一環として宇宙開発事業団と統合されて「宇宙航空研究開発機構(JAXA)」となる。しかし、はやぶさの成功を生んだ技術の多くが、宇宙研が体現してきた「逆転の発想(糸川)」によるものであることを僕は初めて知った。小型だからといって何もできないのではなく、小型だからこそ(そして予算が少ないからこそ)、アイディアと知恵で幾多の困難を乗り越えてきたという歴史があったのだ。そうか、僕の「日本の宇宙開発不信・不振」は知識不足にすぎなかったのかぁ。2006年に書かれたこともあって、その後の感動的なドラマが欠けているのが残念だが、はやぶさの技術解説や果たした成果の意義などがみわたせる良書だ。

[はやぶさの大冒険−小惑星探査機−(山根一眞)]
 あの「変体仮名の研究」で一躍名をあげた山根一眞さんがタイムリーで書き上げた、はやぶさドキュメントの決定版だ。日本の科学技術にも造詣が深い筆者ならではの先見で、はやくから取材に乗り出していた。計画段階で主要な関係者に話を聞いていただけあって、技術者たちとの信頼関係は抜群だ。例えば地球に帰還する途中で、メインエンジンである4機のイオンエンジンの最後の一つが故障して万策尽きたと思われたとき、出力機と中和機とを別々のイオンエンジンから利用するという離れ業を「ようやく試すときがきた」とエンジン開発者の國中さんが語る時なども、山根さんを前にリラックスしたムードで冗談口をたたきながら、会心の一手を用意できた事の奇跡をインタビューアーと一緒になって味わおうという雰囲気に満ちていた。関係者の生の声が聞ける(読める)臨場感は本書ならではだろう。

 はやぶさが見舞われた数々の危機当時に、日本では何が起きていて僕ら日本人は何をしていたのかを、著者はさりげなくドキュメントに挿入している。はやぶさの物語を日本人すべてが共有するための、著者会心の工夫だ。「あぁ、あのときだったのだな」と、僕らははやぶさや関係者たちの苦労を感慨深く振り返り、いままで知らずにいたことを深く恥じ入るのだ。

 はやぶさ帰還、カプセル回収までのルポは、もう著者の独壇場と言っていい。なにしろ日本では、降ってわいた「はやぶさフィーバー」に対して準備万端で報道できるテレビ局は皆無だった。オーストラリアのウーメラ砂漠では、カプセルが無事回収された事を報告する記者会見が開かれて世界中のジャーナリストが集まる一方で、日本からのジャーナリストがほとんど来ていないことに山根さんは呆れかえった。いや憤った。彼には、日本でのはやぶさの認知度の低さを嘆く資格がある。すでに書き上がった原稿をすぐにでも出したいという出版社に待ってもらい、はやぶさの最後を是非とも見届けねば、この本は完成しないと直感で知ったからだ。カプセルを分離したのちに一条の閃光をオーストラリア上空に残して燃えつきたはやぶさの最後の姿を、著者は確かに目に焼き付けた。

 はやぶさを追体験する僕の旅もこれで終わった。ダルマに両目が入った気がした。山根さん、ありがとう。

[探査機はやぶさ7年の全軌跡−世界初の快挙を成し遂げた研究者たちのドラマ−(ニュートン特別号)]
 最後は、雑誌ニュートンのはやぶさ特集号だ。はやぶさがもたらした成果を、僕ら素人がじっくりと手に触れる事ができる企画本だ。保存版として一冊買い求めたかったが、何しろ高い。お値打ち品だとは思うが、買えなかった。だからこそ、店頭で見つけて図書館で借りられるまでのタイムラグがじれったかった。

 ふんだんに掲載されたはやぶさからの画像。小惑星イトカワの全体像から、地表のさまざまな形状を映し出した画像。ひとつひとつは素人にとって何んの意味もない岩の塊にすぎないが、そこに名前が付けられ、整理され、詳細が説明されるだけで、宝物に見えてくる。地球スウィングバイの際に振り向いたはやぶさが写した地球の画像。イトカワへの着陸リハーサルで、思いがけなくイトカワの表面に映り込んだはやぶさ自らの影。そして88万人の名前が仕込まれたターゲットマーカー。どれもこれも文章で感動した内容が、現物となって目の前に立ち現れてくる。

 そして、そして…。姿勢を維持するための万策が尽きたはやぶさは、カプセル放出後に大気圏で燃えつきる運命にあった。技術者たちの依頼に応じて調査データを次々と地上に送り続けたのち、最後の最後にはやぶさが送ってきたのは自らが見た地球の姿だった。本雑誌の、いや今回紹介した4冊の本のクライマックスを飾るにふさわしい画像だ。何が感動的と言って、データを転送しきれず事切れたはやぶさの〈今際の一言〉が、この画像の中に永遠に封じ込められたのだ。

 本当にありがとう。僕も遅ればせながら言おう、「よく帰ってきたね」と。でも、はやぶさの感動は、まだまだ終わらない。

追記(2010/11/18)
 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、はやぶさから回収されたカプセル内に見つかった1500個の微粒子が小惑星イトカワ由来のものであることを11/16に発表した。地球外の天体から直接構成物の一部を回収したのは、あのアポロ計画で宇宙飛行士が採取した月の石以来の事だ。しかも小惑星からの構成物となると人類史上初だそうだ。

 この記事では書ききれなかったが、川口プロジェクトマネージャーが考えた「はやぶさ」の採点表は500点満点だった。通常、100点満点でも十分に意義ある実験が、主立ったものだけで5つもあり、500点満点の採点表なった。それがなんと満点で返ってきたわけだ。すごいぞ、はやぶさ。

本当に、まだまだ「はやぶさ」の感動は終わらない!
posted by アスラン at 13:19| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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