2006年04月13日

沖で待つ 絲山秋子

 二月前ぐらいに書店に単行本が並んだ。前回の芥川賞受賞作が店頭に並んだのは受賞からどれくらいたってからだったろう。芥川賞作品は純文学の傾向が強いので、一般向けでないという理由から受賞時には本になってない事がある。

 今回はそれでも刊行が早かったように思う。ちょうど社会問題化しているニートを題材にしてタイトルもそのものズバリの小説「ニート」が話題になっている作家でもあったからいずれ出版予定だったのかもしれない。

 僕は初出の雑誌「群像」を借りて読んだのだが頁数にして二段組で30〜40ページぐらいだろうか。長めの短編だ。たぶん二時間足らずで読めた綿矢りさ「蹴りたい背中」より短い。あっという間に読める。

 気になって書店で単行本を調べたら「勤労感謝の日」という作品が別に入っている。それにしてもニートと勤労か。「働く」という事について対極にあるテーマを題材にしている。しかも「沖で待つ」もまた、「働く」を題材にした小説なのだ。

 この「働く」を題材にしたとはどういう意味か。流行の職業がテーマでもないし、企業戦士の人間ドラマでもない。ライバル同士の競い合いもなければ同僚とのラブストーリーもない。ましてや上司と部下との不倫なんかどこにもない。文字通り、どこにでもあるような職場の風景でありどこにでもあるような同僚との関係が小説になっている。これはちょっとした驚きではないだろうか。

 主人公の私は、同期入社の太っちゃんの単身赴任先のマンションに向かう。彼に頼まれていた事を果たすためだ。彼から渡されていた鍵を使うまでもなくいるはずのない彼が私を迎え入れる。「なんでいるのよ?」私の思わずあげた声に答えるでもなくいつものようなのんびりした調子で彼は言う。

 「しゃっくりが止まら、ないんだ」と。

 太っちゃんは事故で亡くなっていてゴーストらしからぬ姿を私に見せている。間違ってはいけないが「黄泉がえり」「いま会いにいきます」のような死者が会いにくる話ではない。一見すると太っちゃんが幽霊のように出てくる必然性など見当たらないのだ。

 私と太っちゃんが交した約束はどちらかが死んだら残った方が相手のPCのHDDを読めなくするというものだ。見られたらヤバイものが互いにあるだろうと変な理屈を納得させられた上で、私は部屋の鍵とHDDを開けるためのドライバーを渡される。

 だったらちゃんと約束を果たすかどうか心配で化けて出てきたかと言えばそうでもなさそうだ。私がちゃんとHDDと格闘して内部にあるキラキラと虹色に光るディスクに傷をつけた上で、PCが起動しないことを確認した後でも太っちゃんは姿を消さない

 本当を言えば私が太っちゃんに会いたいから出てきたと言えない事もない。つまりは私が見ているのは幻覚かまぼろしだ。でもそうなると太っちゃんの「しゃっくり」が止まらない理由が存在しない。そもそも何故しゃっくりが出る幻覚を見るのか

 となると残された解釈はこれしかない。太っちゃんが姿を現した理由は当人にはない。そもそも会いに来るならば愛する妻の元に化けてでるのが普通だろう。太っちゃんに理由がなければ私にもない。理由があるのは誰だろう。もちろん作者だ。作者はここで私と太っちゃんを会わせたいのだ。それも女と男としてではなく、女と幽霊として。僕は変な事を言ってるだろうか。おそらくそうだろうとも言えるが、そうでないとしたらこういうわけだ。

 私と太っちゃんは同期で、入社早々に東京から福岡に配属される。そこで都落ちの悲哀も、思いがけない福岡の居心地の良さも一緒に味わい、さらに人並みの社会人へと成長する貴重な数年を共有した。その間に太っちゃんは社内結婚した。私と太っちゃんの間には世の中にありがちな女と男の関係は育たなかった。ただ同期である事で同じ歳を重ねて同じ時代の雰囲気を共有して、さらには同僚として入社以来同じ配属でキャリアを積み重ねてきた。

 この私と太っちゃんの繋がりは、最後まで男女の愛情ではなくて会社を支点とした緩やかだがかけがえのない信頼関係にまで育った。たとえ私が埼玉へと転勤し、数年後に太っちゃんが東京へと単身赴任したとしても、互いを頼む関係は消える事がない。言ってみれば作者は、「同期の同僚」の奇跡のようなきずなを色恋で染め上げたくなくて、私と太っちゃんを女と幽霊として出会わせているのだ。

 「沖で待つ」

 最愛の妻に太っちゃんが送り続けた下手で意味不明な詩の一節。妻が「笑っちゃうでしょ」とこっそり明かした愛の詩が、太っちゃんのPCにはいっぱい詰まっているのかと私は内心アホくさと独りごちる

 しかし、作品終盤に太っちゃんのしゃっくりがなだらかに止まっていくのを見て、私と太っちゃんだけの繋がりが確かに存在した事に私も読者も改めて気づかされる。それは家族や恋人や親友の繋がりとはまったく違うし、ひょっとすると深くも固くもないきずなかもしれない。しかしHDDの処分を頼める人はおまえ以外にいないと太っちゃんに言わせるほどに、会社の同僚は時として不思議にしなやかな関係を築く。その奇跡的な光景を本書は見事に切り取っている。
(2006年3月30日読了)


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posted by アスラン at 01:30| Comment(0) | TrackBack(1) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Excerpt: この本を読み終えた瞬間、古い記憶が怒涛のごとく頭の中になだれ込み、脳がフリーズした。 そんなこと言ったって、このブログを読んでいる皆さんには訳がわからないと思うけど、このまま私の超・個人的な昔話..
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