2010年08月10日

ゲゲゲの女房−人生は…終わりよければ、すべてよし!!− 武良布枝(2010/6/14読了)

 現在、NHK朝のテレビ小説で放映中のドラマの原作になる。漫画家・水木しげるの妻・布枝さんがつづった「夫である日本を代表する漫画家の伴侶となった人生」がさらりと描かれている。

 もちろん、今まで文章など書いたこともない作者が、急に文章達者になるわけではないので、実際に最終稿を仕上げたのは協力者(著者名に併記されているのでゴーストライターではない)だろう。だが、語り口のトーンは、作者である布枝さんからの聞き取りに基づいているはずだ。文章から立ちのぼってくる慎ましやかな性格は、まぎれもなく作者自身のものだろう。

 こういう人でなければ、とてもじゃないが水木しげるの人生に付き添えなかったように思う。水木しげるがきわめて悪い夫、悪い父というわけではないが、太平洋戦争で片腕を失い、戦後は貸本屋を営むがうまくいかず、貸し漫画のマンガ家で糊口をしのぐというどん底の生活に、著者は半ばだまされたも同然に上京して夫婦生活を始める。東京都は名ばかりの田舎然としたボロ住まいに唖然としながらも、すぐに「ここしか自分の生きる道がない」と決意して、夫を支えていく。

 水木しげる曰く「この人は生まれたから生きるという人だ」というとおり、人生をネガティブにもポジティブにも生きる事はない。まさにニュートラルな人生を作者は選択していく。ここが何事も押しつけがましくなくて好感が持てる。低視聴率で始まったドラマが、あれよあれよと勢いを盛り返したのは、ここに理由がありそうだ。

 だが、なんといっても感動的なのは、妻である作者が水木しげるの才能と努力に素直に尊敬をいだく場面だ。最初こそ、水木独特の作風にたじろぎ、「墓場鬼太郎」のおぞましさに見るのも嫌と思い込み、「なぜ水木はこんな漫画を描くのだろう」とまで恨み言を言いたくなる著者だが、明け方まで仕事というだけでなく熱心にマンガを描く事にのめり込む水木の姿に打ちのめされる。「自分が水木の作品を後押ししないで、どうする」と考えなおす。この場面に、水木しげるのマンガで育った世代の僕らは、とにかく胸打たれた。

 どうしても売れなくて、あの「悪魔くん」さえも出来はいいのに人気がでない。講談社の「鬼太郎」も今ひとつ上向かなかった頃、ようやく実写版の「悪魔くん」がテレビで放映されるところは、ひとつのクライマックスだ。テレビ用にアレンジされた「悪魔くん」は、世界観は確かに水木ワールドそのままに、妖怪たちが立体化して動き回る。そのことにテレビの前に集まった家族やスタッフが驚き、そして拍手する。思わず僕も本の前で手を打ってしまった。

 しかも、子供向けでもあるのに「悪魔くん」は怖い。いや「悪魔くん」も、その次の「河童の三平」もとにかく怖かった。いまだに思い出すと怖くなる。今見ればそれほどではないと、あらためて見直すと、やはり怖い。なんだろう、モノクロが持つ光と闇の効果だろうか。おそらく色がない分、想像力を過剰に刺激するのかもしれない。おまけに当時とてつもなく怖かった記憶が、まざまざと思い出されるから、怖さも倍加される感じだ。

 その後は、テレビアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」が大ヒット。何度もリメイクされ、水木しげるは日本を代表する売れっ子マンガ家になる。貧乏は大変。でも売れっ子になって生活は安定したものの、締め切りに追われる人気作家時代は、もっと大変だった。時に「生きる喜び」を手放し、身をけずり神経をすり減らす水木と家族の間には溝が出来る。どの家族でも一度や二度は経験する事かもしれないが、水木のそれは程度が激しい。

 それでも、なんとか乗り越えてきたのは、やはり水木の才能と努力と、それを支え続けた作者の存在があったればこそだろう。著者に感謝したい。僕は、水木しげる原作の実写版「悪魔くん」「河童の三平」をテレビで見て育ち、少年マガジンの「ゲゲゲの鬼太郎」の壮大なエンディングに感動した。「墓場鬼太郎」も小学生の当時に本屋で立ち読みし、少年雑誌連載のそれとはひと味もふた味も違う作画の凄さに驚かされ、同時に作家としての水木の執念にうならされた。

 久しぶりに、また読みたいなぁ。
posted by アスラン at 19:58| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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